インタビュー

第1回「生徒・子供主役の授業目指し」(秋山 仁 氏 / 東海大学 教育開発研究所 所長、NPO法人 体験型科学教育研究所 理事長)

2011.03.11

秋山 仁 氏 / 東海大学 教育開発研究所 所長、NPO法人 体験型科学教育研究所 理事長

「無から何かつくる能力を子供に」

秋山 仁 氏
秋山 仁 氏

「忘れられた科学」として数学への関心の低さが問題視されて数年がたつ。最近は社会のさまざまな課題を解決するために数学の力を活用しようという動きも伝えられるようになった。一方、知識を問う選択形式の問題には世界でもトップクラスの成績を示すが、考える力を問う自由記述形式の問題に対しては世界のトップクラスとまだやや差がある、という経済協力開発機構(OECD)の国際学習到達度調査(PISA)の結果も公表されている。テレビの数学講座や本だけでなく実践的な出張授業などでも数学の楽しさ、奥深さを分かりやすく伝え続ける秋山 仁・東海大学 教育開発研究所 所長に、数学・理科教育の重要性について話を聞いた。

―理事長を務められておられるNPO法人 体験型科学教育研究所の活動から伺います。

体験型科学教育研究所の創立は2008年の4月です。科学の授業を生徒主役、子供主役に変えていこうではないか。そして感動を体験するため、体で学ばせよう。例えば重力について勉強するならば、重力を実際に肌で感じるように子供たちに学んでもらおう。そんな狙いから始めた活動です。翌2009年3月には2008年度の全米最優秀教師に選ばれたマイケル・ガイセン先生が来日されました。愛知県の東海市立加木屋中学校に体験型授業を実践したいという先生たちを教育委員会に集めてもらい、実際にガイセン 氏に授業をやってもらいました。氏だけではなく、坪田耕三・筑波大学教授が算数、滝川洋二・東京大学特任教授が理科、そして私が数学の授業をしました。このような試みを、全国いろいろなところで実践しています。

準備は確かに大変です。仕込みも大変です。大変だけれども、生徒たちはもう本当に「あっと言う間に50分が過ぎてしまう」と喜んでくれますし、われわれも子供たちの反応はよく分かります。

理想的には授業は感動の連続でありたいわけです。連続とまではいかなくても、50分の授業に1つか2つ感動の瞬間がないと、子供たちは退屈しおしゃべりを始めたりして、授業に積極的に参画しません。子供の能力もいろいろあるわけですから、なるべく多くの子供たちが参加できるようにするためには、実験や物作りなどの共同作業が必要です。座ってただ一方的に聞いているだけでは、子供たちの思考も停止してしまうのです。手を動かし、そして体を動かしながら、みんなと一緒にやっていく。そうすれば生徒が先生になって、生徒同士で学び合うといったこともできるのです。算数の時はこの子が先生、国語はこっちの子、体育はまた別の子とか…。

子供というのは皆、違った個性を持っており、給食の時だけ頑張る子とか、放課後になると元気になる子とか、いろいろいるわけです。それが世の中というものです。

「個に応じたきめ細かい教育を」というのは、文部科学省もある時から推奨していますが、それは個の違いを認め合うということが前提になります。なるべく授業は体験的に、ということは結局、生徒、子供が主役の授業に、ということです。そのためにわれわれがやっていることは、大きく分けて3つあります。

実験や観察、取材あるいは栽培や飼育といった体験を通した教育というものは、手間暇がかかるので、これまであまり行われていません。ですからそれも踏まえ、かつそれが単に「面白かった」という体験に終わらないように能力を育てる教材やルーブリックを開発することがまず大事です。米カリフォルニア大学バークレー校のローレンスホール(科学教育研究所)で開発している体験型の理科教育の研究成果を、日本の教育にかなった格好に手直して紹介しています。

それから、そういう体験型の授業というものを子供のころあまり体験していないということに関しては、先生や親も同じです。この世代もまた、幼少のころから例えば小学校の高学年になったら塾に通い、一方的に授業を聞いて、模擬試験などを受けていたのです。だから、体験型の授業を運営していくというのはどういうことなのか、もっと先生たちに知ってもらわなければなりません。新しいタイプの授業を実践するための力量を高めてもらう必要がありますので、指導者を育成するための研修を先生たちに行っています。ドイツに倣ってマイスター制度というものを取り入れました。研修を受けた先生たちに初級、中級、上級の認定証を激励のため出しています。何の権威もないのですけれど(笑い)。

それから3番目は、学校訪問をして生徒の興味、関心を引きつける出前授業を行っています。

こうした3つを併せると年間200日ぐらい活動していますが、十数人でやっていますから容易ではありません。

―皆さん手弁当なのですか。

そうです。

―行政の支援は全くないのですか。

財政的にはほとんどありませんが、幸いなことに企業が全面的に応援してくれているのです。東芝から年間数千万円を支援していただいています。科学技術の教育はCSR(企業の社会的責任)の一環ということで支援していただいているのです。理事の方々も古在由秀先生(群馬県立ぐんま天文台台長、国立天文台名誉教授)はじめ立派な方ばかりです。研究だけしているのではなく、少し大げさですが、将来の人類の幸せのためには若者たちに科学の芽を植えつけることが大切と考える人が集まっているのです。だから、教育にも非常に造詣が深く、子供たちのことをよく知っている方ばかりです。立花隆さんのような異色な方もおられますし。

―この活動は将来、どこまで発展させたいとお考えですか。

出前授業は、結構いろいろなところで頑張ってくださる方が増えてきました。これは一過性のものです。普段の学校の授業が体験的になるのが望ましいのです。しかし、普通の学校の先生は通常の業務が多忙で、なかなか研究する時間が持てません。われわれがある程度、成功するというのは当たり前ですが、先生方がいつも行っている授業をスリルとサスペンスに満ちあふれたものにするというのは大変なことです。

ですからわれわれでないと、なかなかできないところは何かと考えると、より重要なのは指導者の育成と教材開発という側面からの支援です。マイスター制度のようなものは、将来は文部科学省にも応援をしていただきたいのですが。

NPO法人 体験型科学教育研究所を将来どうしたいのか。皆さんによく聞かれますが、本当のことをいうと、日々の学校の授業が、子供たちに楽しく、かつ学校での学びが彼らの将来に大いに役立つものになるように、理数系教育の改革を果たすことです。

(続く)

秋山 仁 氏
(あきやま じん)
秋山 仁 氏
(あきやま じん)

秋山 仁(あきやま じん) 氏のプロフィール
駒場東邦高校卒。1969年東京理科大学 理学部応用数学科卒、72年上智大学大学院理学研究科数学専攻修士課程修了。ミシガン大学数学客員研究員、米国AT&Tベル研究所科学コンサルタント(非常勤)、日本医科大学助教授、東京理科大学教授などを経て、2007年から東海大学教育開発研究所所長。理学博士。専門はグラフ理論、離散幾何学。工夫された教材を使った独特の授業で知られ、08年にNPO法人「体験型科学教育研究所」を設立、理事長に就任。現在、NHK高校講座「数学基礎」の講師も務める。著書は「数学に恋したくなる話」(共著、PHPサイエンス・ワールド新書)、「こんなところにも数学が!」(扶桑社文庫)、「知性の織りなす数学美-定理づくりの実況中継」(中公新書)、「秋山 仁の放課後無宿」(朝日文庫)など。

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