インタビュー

第2回「有限と無限をつなぐ架け橋」(秋山 仁 氏 / 東海大学 教育開発研究所 所長、NPO法人 体験型科学教育研究所 理事長)

2011.03.19

秋山 仁 氏 / 東海大学 教育開発研究所 所長、NPO法人 体験型科学教育研究所 理事長

「無から何かつくる能力を子供に」

秋山 仁氏
秋山 仁氏

「忘れられた科学」として数学への関心の低さが問題視されて数年がたつ。最近は社会のさまざまな課題を解決するために数学の力を活用しようという動きも伝えられるようになった。一方、知識を問う選択形式の問題には世界でもトップクラスの成績を示すが、考える力を問う自由記述形式の問題に対しては世界のトップクラスとまだやや差がある、という経済協力開発機構(OECD)の国際学習到達度調査(PISA)の結果も公表されている。テレビの数学講座や本だけでなく実践的な出張授業などでも数学の楽しさ、奥深さを分かりやすく伝え続ける秋山 仁・東海大学 教育開発研究所 所長に、数学・理科教育の重要性について話を聞いた。

―これからの教育の方向についてのご提言をお聞かせ願います。

日本の教育は、かなり成功していたと言えるでしょう。敗戦であのような状態になったにもかかわらず、戦後60数年、日本はこれだけの復興を遂げました。現在、いろいろ問題は抱えていますが、戦争に負けた国が短期間でこんなに回復したというのは、やはり日本の教育全体がよかったからでしょう。狭い国土で資源がない国であることを踏まえ、若者たちの頭脳を資源化したことで、科学・技術に立脚した日本の現在の繁栄があると思います。

しかし今、さらなる時代の試練にわが国の教育は直面しています。グローバル時代やIT時代が一気に到来したからです。グローバル時代の到来とIT時代到来は相互に関係しており、世界を急速に小さくしました。かつては日本で1番の製品をつくればよかったのですが、今は世界で1番を求められています。というのは、例えば、新しく開発された製品には国際特許が取られ、2番手ではその製造さえ許されない時代になってしまったからです。さらに、インターネットで簡単に、世界最高の製品を買うこともできる時代になっているのです。こうした現実が、ありとあらゆる分野に浸透しています。

教育もその例外ではありません。日本で一番の大学より、世界で一番の大学へ優秀な若者たちは進学するようになりつつあるからです。経済協力開発機構(OECD)が2000年から3年に一度、15歳の若者に対し国際学力比較を行っていますが、あと数年のうちに大学生レベルの若者に対しても同様な調査を実施する予定です。そうなると、世界の大学間での競争にはより拍車が掛かり、世界中で淘汰(とうた)される大学が多く生ずることになりかねません。

世界中の学生たちは少しでもいい教育を受けたいと考えているわけですから、そのニーズに応えられる、世界でトップクラスの質の良い教育や研究を提供できる大学が将来、生き残ることになります。そういう意味で今までの日本の教育、特に高等教育は大改革を迫られることでしょう。まずは、教授たちは教育術を磨き、若者の能力を真に向上させることができなくてはなりません。また、研究については、国家が協力して、世界と戦えるレベルまで持ち上げることが肝要でしょう。まずは、日本が得意とする分野から、このことを始めるべきです。

―数学も日本の得意とする分野でしょうか。また、なぜ、これからの時代、特に数学が必要なのでしょう。

日本人は元来、数学に秀でた国民であったと言えるでしょう。江戸時代には関孝和に代表される和算家が、微分積分に関する概念をはじめ、高度で、かつ、独自の研究をいろいろしていました。すなわち、ニュートンと同時代に、ニュートンと同レベルの研究をしていたわけです。

また、数学のノーベル賞と言われるフィールズ賞を、日本人は過去3人が受賞しています。3人というと少ないと思われるかも知れませんが、これは米国(13人)、フランス(11人)、ロシア(9人)、英国(6人)についで5番目です。数学研究者の卵たちも健闘しています。世界の中高校生たちが数学の能力を競う、国際数学オリンピック(IMO)では、近年、日本チームは参加国・地域100カ国くらいの中で、トップクラスの成績を収めています。

次に、数学がこれからの時代、特に重要になってくる理由を説明しましょう。これからの教育の課題は、無から何かをつくり出す、そういう能力を持った人間を育て、不可能なことを可能にしていく技術を開発しなければならなくなっています。

何か全くなかったものから無限のものを、または、永遠に続くようなものを人類の知恵でつくり上げていかない限り、人類の存続は危ういという気がしてなりません。地球もかなり疲れてきて、資源も無くなってきつつあるわけですから。無から何かをつくり、かつ不可能を可能にしていくアイデアを持てる人を育てられる典型的な教科が数学だと思います。

数学における歴史的に大きな成果、業績というのは、ほとんどすべてが“有限と無限をつなぐ架け橋”みたいなものです。無限にあるものを有限個に分類したり、または有限個のものを無限化する。これは理論の上だけでしているわけですが、それが人類の営みの中に適用できるようにすることで人類を救い出す、存続させる一つの大きな鍵に成り得るのです。

例えば、コンピュータがなければ、今の人類の生活はあり得ません。コンピュータは不可能を可能にした人類の英知の結晶だと思います。そのコンピュータの数々の理論は数学によって構築されています。世の中を変える、有益なものをつくり出す、思考の訓練をする、そうしたことのための非常にいい教科が数学だ、と私は思っています。

(続く)

秋山 仁氏
(あきやま じん)
秋山 仁氏
(あきやま じん)

秋山 仁(あきやま じん)氏のプロフィール
駒場東邦高校卒。1969年東京理科大学 理学部応用数学科卒、72年上智大学大学院理学研究科数学専攻修士課程修了。ミシガン大学数学客員研究員、米国AT&Tベル研究所科学コンサルタント(非常勤)、日本医科大学助教授、東京理科大学教授などを経て、2007年から東海大学教育開発研究所所長。理学博士。専門はグラフ理論、離散幾何学。工夫された教材を使った独特の授業で知られ、08年にNPO法人「体験型科学教育研究所」を設立、理事長に就任。現在、NHK高校講座「数学基礎」の講師も務める。著書は「数学に恋したくなる話」(共著、PHPサイエンス・ワールド新書)、「こんなところにも数学が!」(扶桑社文庫)、「知性の織りなす数学美-定理づくりの実況中継」(中公新書)、「秋山 仁の放課後無宿」(朝日文庫)など。

関連記事

ページトップへ