レビュー

遺伝か環境か 二者択一ではないことが分かった意義

2009.12.10

9日都内で脳科学と教育に関するシンポジウムが開かれた。社会技術研究開発センターの研究開発事業である「脳科学と教育」の2002年度採択課題が5年間の研究期間を終えるにあたり、その成果を報告する会だった。

 採択課題6つのうちの一つは「双生児法による乳児・幼児の発育縦断研究」で、その成果が研究代表者である安藤寿康 氏・慶應義塾大学文学部教授から報告された。首都圏に住む1,600組を超す乳児双生児の発達と発育環境との関連を追い続けてきた研究だ。

 研究で明らかになったことの一つは「遺伝と環境の影響は発達とともに変化する」ことという。生まれた直後はもっぱら遺伝の影響しか受けないが、成長とともにさまざまな環境の影響が大きくなる。このように考えている人が大半と思われるが、結果は逆だ。例えば、出生直後は母親の胎内環境の影響を強く受ける、つまり遺伝よりもその家族が共有している環境の影響が強く出るということが分かった。遺伝の影響は、立って歩き出すといった自らの力で環境に立ち向かうようになったときから強く現れ始めるということだ。

 もう一つ分かったことは「遺伝と環境は交互作用する」ということ。落ち着きがなく注意を集中しにくいといった多動・不注意傾向が遺伝的に強いとみなされる子どもは、冷たい態度や厳しいしつけなど親のネガティブな養育行動が引き金となって問題行動を引き起こしている。他方、遺伝的に多動・不注意傾向が弱い方の子は、子どもの問題行動が親のネガティブな養育行動を引き出している、といった傾向が明らかになったことなどを指す。

 明らかになったことの3つめは「遺伝とは独立の環境の影響がある」ことだ。「1歳半の時に親が子どもに読み聞かせをした子どもほど2歳時の認知能力が高い」「3歳半時点の仮名文字の読み能力ももっぱら共有(家庭)環境による」などである。

 結局、安藤教授が研究結果から強調していたのは、「人間の心身の発育・成長に及ぼす影響は、単純に遺伝か環境かと二分できるものではないことが、具体的に明らかになってきた」ことだった。「脳科学と教育」の領域総括を務める小泉英明 氏・日立製作所役員待遇フェローも「遺伝と環境の影響が相互にかかわり合っており、かつそれが時とともにかかわり方が違うことを示した研究はこれまでなかった。遺伝と環境の関連は複雑だということを明らかにした意義は大きく、今後の研究の突破口になる」と語っている。

 子どもの発育については、相変わらず「遺伝か環境か」という二者択一の問いとしてとらえられがちで、専門家ですらしばしば一方だけを強調した言い方をすることがあるという。こうした現実の中で、こどもの教育が常に政治的な問題となっていることなどを考えると、議論の根底となる基礎的データを提供するこうした研究の重要さは容易に理解されるのではないだろうか。ただし、簡単に結果が得られる研究ではないということも。

 今回の研究は、5年間の調査の前にまず1年半かけて、東京、埼玉、千葉、神奈川ほとんどすべての自治体に足を運び、住民基本台帳から同一世帯で誕生日が全く同じ子ども(双生児)を抽出することから始まった。それぞれの世帯に協力を呼びかけ、家庭訪問をし、同意を得られた家庭では脳内の酸化へモグロビン変化量検査などを実施している。調査対象となった双生児1,600組というのは、対象となった1都3県に存在する双生児の半数強。国内の双生児研究としては最大規模で、乳児・幼児の縦断コホート研究としても例のない規模という。

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