インタビュー

第1回「根拠に基づく社会支援に必須」(安梅勅江 氏 / 筑波大学大学院 教授)

2008.10.21

安梅勅江 氏 / 筑波大学大学院 教授

「政策決定の科学的根拠に -コホート研究の役割」

安梅勅江 氏
安梅勅江 氏

景気停滞に加え、世界的な金融システムの混乱が輪をかけ、財政もますます厳しさを増しつつある。政策の優先度をつけ、国民の多くが納得する行政を展開するためには、公費を投入する明確な根拠を示すことが、これまで以上に求められている。それを可能にするデータを提供するコホート研究に対する関心が世界的に高まっている。日本ではまだ耳慣れないコホート研究とは何か、安梅勅江・筑波大学大学院教授に聞いた。

―まず、コホート研究とは何か、から伺います。

コホート研究とは、大勢の人を追跡調査する研究手法です。コホート研究としては健康面の影響を見た報告はたくさんあります。喫煙とがんのリスクについては、1900年代の初めからありました。ただ、たばこの害というのは結果がシンプルです。がんが起きるかどうかを単純に追いかけていけばよいからです。しかし、子どもの成長発達に何が影響するかといったことになりますと、何が起きるか分かりませんから、複雑なものになり、実施するには学際的な知恵が必要になってきます。現在、国際的に関心が高くなっているのは、喫煙とがんというように最初から狙いが明確な対象ではなく、どういう影響が起きるか分からないものが対象となっている調査です。コホート研究は、先に何が起こるか分からないものにも対応できる、というのがメリットの一つなのです。

最初に始めたのは英国でした。1947年のことです。戦後すぐ、非常に恵まれない境遇にある子どもたちにきちんとスポットを当て、どのようなサポートを行えばすくすく育っていくのか、を知るために始まりました。貧困という子どものせいではない環境で育った人が、大人になったときに平等なチャンスを与えられるようにするにはどうしたらよいか。それを知るための社会政策として始めたわけです。

米国もケネディ大統領の時代に、貧困家庭の子どもにどのようなサポートをしたらよいかを知るためにコホート調査が始まりました。横断的に見てもこれは分かりません。調査対象の人々をずっと追いかけて、こういうサポートをしたらこのように変わった、サポートをしなかったら変わらなかったということがわかって、初めて根拠になりえます。

このように縦断的なコホート調査というのは、社会問題から発しているのです。最初に始めた英国は、生まれたときから追いかけてデータを取っています。

2000年代に始まったコホート研究のほとんどは遺伝情報も調べています。英国で1947年に始まったコホート研究の対象者についてみると、子どものころには遺伝情報を取っていませんが、今は取っています。環境汚染物質もきちんと調べて、それがどう影響しているかを見て、子どもたちのよりよい環境につながる指針をつくろうとしています。

日本は、ちょっと遅れました。理由は、子どもは親が責任を持って育てるべきで、社会が子育てに関与する必要はない、という考え方が根強かったためです。コホート研究以前に、血縁や地縁を重視する子育て観があり、子育て家庭への社会支援は欧米に比べて低い水準にありました。

ところが、今の日本の現状を見ると、欧米並みになってきていますね。少子化がどんどん進行し、また残念なことに家族機能の低下、虐待やドメスティック・バイオレンスなどの数が増加しています。もはや家族だけに頼ってはいられない。社会全体で子どもを支える仕組みが必要、という考え方が強まってきました。社会的な課題として、コホート研究がほとんどの先進国できちんと行われるようになったわけです。

こうした社会的サポートもさることながら、昨今のいろいろな環境問題、脳科学研究なども、ネズミなど動物でやった実験結果をそのまま人間には適用できません。人間にとってはどうなのか確認するためには、対象者を時間軸にそって追跡するコホート研究が必須です。コホート研究で本当に人間ではどうなのかを証明しないと、科学技術の成果を人間社会に真に還元することはできない、ということは明らかです。

(続く)

安梅勅江 氏
(あんめ ときえ)
安梅勅江 氏
(あんめ ときえ)

安梅勅江(あんめ ときえ)氏のプロフィール
1984年東京大学医学部保健学科卒、1989年東京大学医学系研究科大学院博士課程修了、1989年厚生省国立リハビリテーション研究所1992年米国社会サービス研究所客員研究員、95年東京大学医学部講師併任 1999年イリノイ大学客員研究員、2001年浜松医科大学教授、06年から現職、ヨンショピング大学客員教授も。専門は発達保健学。保健学博士。国際保健福祉学会理事、日本保健福祉学会理事。

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