レビュー

社会のための科学

2009.01.08

 「社会のための科学」を明確に打ち出したことでしばしば引用されるブダペスト宣言からことしは10年目となる。宣言を採択した「ユネスコ世界科学会議」で基調講演を行った吉川弘之 氏・日本学術会議会長(当時、現・産業技術総合研究所理事長)と、現在、宣言を実行に移す責任を持つ金澤一郎・日本学術会議会長に元旦のサイトに登場願った。

 早速、NPO法人サイエンス・コミュニケーションの榎木英介代表が、吉川 氏の言葉などを引用して、ブダペスト宣言の意義について5日付の「SciCom News」巻頭言で取り上げている。榎木 氏は次のように書いている。

 「そもそも私たちのような団体が誕生したのも、サイエンスカフェをはじめとする科学コミュニケーションが今活況を呈しているのも、第2期科学技術基本計画(2001年)に『科学技術と社会のコミュニケーション』が明記されたことが大きな影響を与えている。これは1999年のブダペスト宣言を受けてのことだという」

 科学技術官僚として第2期科学技術基本計画の策定作業にかかわり、科学技術白書の中にも初めて「社会のための科学」という主張を盛り込んだ有本建男・社会技術研究開発センター長によると、「社会」と「科学」を結びつけることに対し、当初、自民党国会議員から抵抗があったという。その理由が「科学的社会主義」を連想させるからだった、というのが面白い。

 榎木 氏も引用しているように、当サイトの1月1日付オピニオン「持続性のための科学研究」の中で、吉川 氏は次のように言っている。「ブダペスト宣言によって、この方向へと科学は変わりつつある。しかしもう一つの重要なことがある。それは方向だけでなく速度も重要だということである。政治、経済、そして環境の問題のすべては、緊急の対策を必要としている」。「社会のための科学」の重要性はますます大きくなっているということだろう。

 では、「社会のための科学」であるために不可欠とされている「科学技術と社会のコミュニケーション」の方はどうか。サイエンスコミュニケーターの活躍や、サイエンスカフェの活況は、一昔前には考えられなかった。役割はますます大きくなると思われるが、当サイトに毎月報告を送ってくれる英国在住のフリーランス・コンサルタント山田直 氏は「英国大学事情2009年第1号」の中で、次のように書いている。

 「従来から実施されてきた大学の『技術移転:technology transfer』活動は、近年では、科学技術に留まらず、人文・社会科学を含む大学の総合的な知識を社会に移転する意味で、『知識移転:knowledge transfer』活動として拡大してきた。最近になっては、『知識移転』から更に一歩踏み込み、一般市民からのインプットも重要視する広義の社会連携活動という意味で、『知識交換:knowledge exchange』という言い方が使用されるようになってきた」

 専門的な知識を持つ人=研究者に代わって、一般市民へそれを分かりやすく教えるというだけでは、サイエンスコミュニケーターは十分な責任を果たしたことにならない、ということだろう。一般市民からのインプット、つまり社会が何を求めているかを研究者に伝える能力も持たなければ、いまや速度も問われている「社会のための科学」を実現することには貢献できないということではないだろうか。

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