インタビュー

第2回「よい提言出すために学習も」(金澤一郎 氏 / 日本学術会議 会長)

2009.01.08

金澤一郎 氏 / 日本学術会議 会長

「社会の期待にこたえるアカデミーに」

金澤一郎 氏
金澤一郎 氏

持続可能な社会、持続可能な地球をつくるために、知を再構築し幅広く活用することが強く求められている。科学者の役割が一段と高まっている時代と言える。「社会のための科学」を明確に打ち出した「科学と科学的知識の利用に関する世界宣言」(ブダペスト宣言)が、世界科学会議で採択されて今年はちょうど10年目にあたる。日本の科学者を内外に代表する機関である日本学術会議は、アカデミーに対する国民の期待にどのようにこたえようとしているのか。金澤一郎・日本学術会議会長に聞いた。

―「日本の展望」をつくる作業の進め方と、盛り込みたい内容について、もう少し詳しくお話し願います。

議論の進め方としては、縦糸と横糸の構造で、と言っております。学術会議はそれぞれの学問分野で一流の専門家が集まっていますが、1人1人の考えを聞いている余裕はこれまであまりありませんでした。学術会議には分野別の委員会があり、さらに分科会もあります。そこでの議論が縦糸です。例えば、免疫学で近視眼的に見た場合の問題、遠くを見た場合の問題、それぞれ何が問題か。こうすれば夢を実現できるということを専門家として議論してもらうということです。それぞれの分野で今後20年先、30年先を見たときに、どういうことが問題になっているか、必要なときにパッと見ることができるような状態にしてほしい、とお願いしています。

しかし、それだけでは単なるごった煮になってしまい、社会の要請にはすぐこたえられません。そこで人文・社会科学、農学を含めた生命科学、理学・工学それぞれの立場の人が、意見を出し合い、知恵を出すことによって広い範囲の問題への対応を考える。それを横糸としたいということです。その横糸としては、学術会議として展望を出せるようなテーマを10個選びました。「世界およびアジアの中における日本の位置」では、短期的、長期的に見てどうかを展望します。「社会の構造」にかかわることでは、個人と全体の権利の問題、「大学の在り方」では当然、教育も含まれます。

大学に関しては、リベラルアーツの問題が当然出てきます。文部科学省に聞けば、「自分たちにそんな意図などなかった」というでしょうが、大綱化によって、かつて多くの大学に存在していた教養学部というのは大体消滅してしまいました。大学の現場は教養学部がなくなることがよいことだとは思っていなかったはずですが、ではどうしたらよいかとなるとよい知恵がなかったということでしょう。一方、大学の教育期間を延ばせばよいかというと、それほど単純なことではないと思われます。あるいは、教えたい知識はどんどん増えて行くのだから、本当は伸ばした方がよいという考えもあるかもしれません。工学系では修士が当たり前になって、実質的に教育期間は延びていますから。

大学の教育に関しては、2008年5月に文部科学省の高等教育局長からも、「大学教育の分野別質保証の在り方」についての審議依頼を受け、議論しているところです。学部教育を保証するコア・カリキュラムをつくることについて検討してほしいと言うことです。大学の学部卒にはこういうリテラシーを持たせて世に出してほしい、ということですから大変な議論が必要です。

「日本の展望」については、2009年4月に、一部を取りまとめる予定にしており、これを第4期科学技術基本計画の策定作業に利用してもらうことを期待しています。また、展望はその時点の展望ですから、最終報告が2010年にまとまったとしても、それは2010年における展望でしかありません。2020年には当然、大きく変わっているでしょう。ですから、6年に一度くらいは見直す必要があると言っております。

―学術会議の基本的な在り方について伺います。中立的な組織といっても現状では制約がありすぎる、という指摘があります。

発言したことが、どう社会に役立っていけるかということで、これは難しい問題ですね。元々この組織が持っている問題点だとも言えますし、アカデミーという性格上、持って生まれた制約だとも考えられます。これが正しいと言っても社会がなかなか理解してくれない。つまり学問的にはどうしようもない面もないとはいえないんです。もちろん社会が理解してくれれば、すぐに反応がある場合もあります。

生殖補助医療に対する回答 などは大変なリアクションがありました。法務大臣、厚生労働大臣からそれぞれ審議依頼を受けて討議し、2008年4月に提言として回答しました。詳しい審議結果も対外報告という形で公にしております。学術会議が提言や答申するたびに政策に取り入れられるというのも、また、毎日のように学術会議の報告などが新聞沙汰になるのもおかしなことではないでしょうか。よい提言などを出したときだけ、非常によい反応が返ってくるというのが望ましいのではないかと思います。政府も含めてですね。学術会議が自分たちだけを利するような発信をしていたら、だれも見向きもしなくなります。学術会議も学習しながらいろいろな要請にこたえる必要があります。幸いにもよい提言がいくつか出ていると思っております。

(続く)

金澤一郎 氏
金澤一郎 氏

金澤 一郎 氏のプロフィール
1967年東京大学医学部卒業、74年英国ケンブリッジ大学客員研究員、76年筑波大学臨床医学系講師、79年同助教授、90年教授、91年東京大学医学部教授、97年東京大学医学部附属病院長、2002年東京大学退官、国立精神・神経センター神経研究所長、03年国立精神・神経センター総長、06年から現職(08年10月再任)。総合科学技術会議議員。02年から宮内庁皇室医務主管。07年から国際医療福祉大学大学院副大学院長も。専門は大脳基底核・小脳疾患の臨床、神経疾患の遺伝子解析など。

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