レポート

《JST共催》「多様性の推進が私たちの閉塞感を打破する」−「ジェンダーサミット10」フォローアップ・フォーラムでパネル討論会

2018.06.28

内城喜貴 / サイエンスポータル編集長

 「ジェンダーとダイバーシティ推進を通じた科学とイノベーションの向上」をメーンテーマに日本で初めて開催された「ジェンダーサミット10」から一年余りが経った。この間のさまざまな活動や取り組みを振り返り、今後の課題を確認するフォローアップ・フォーラム「ジェンダー視点が変える科学・技術の未来」が6月14日、日本学術会議が主催、科学技術振興機構(JST)が共催して東京都港区の同会議講堂で開かれた。

 昨年のジェンダーサミットでは、ジェンダーの平等が持続可能な社会や世界の人々の幸福に不可欠であることを世界にアピールする提言をまとめるなど、多くの成果を上げた。その後、「誰ひとり取り残さない」を理念に掲げる国連持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けたさまざまな活動が国内外で展開された。しかしその一方で国際的には「一国主義」や「排他的外交」の傾向も見られ、「ジェンダーの平等」を重要な柱にするSDGsを取り巻く状況については必ずしも楽観視できない。そうした中で開かれた今回のフォーラムでは「私たちを取り巻く現在の状況は閉塞感に包まれている」という時代認識を仮定、前提にしたパネル討論会が企画された。キーワードは「ジェンダーの平等」。討論会では直裁な発言や問題提起が出て、閉塞感を打破するためにもジェンダー平等をダイバーシティ(多様性)の視点から捉えることの大切さを確認した。討論会のやり取りを中心にレポートする。

写真1 山極会長のあいさつ中にスクリーンに映し出されたフォーラムタイトル「ジェンダー視点が変える科学・技術の未来」
写真1 山極会長のあいさつ中にスクリーンに映し出されたフォーラムタイトル「ジェンダー視点が変える科学・技術の未来」
画像1 ジェンダーサミット10報告書の表紙
画像1 ジェンダーサミット10報告書の表紙
写真2 2017年5月25日に東京都内で開かれた「ジェンダーサミット10」の開会セッション
写真2 2017年5月25日に東京都内で開かれた「ジェンダーサミット10」の開会セッション

 パネル討論会は6月14日の午後4時ごろから始まった。パネリストは日本学術会議会長の山極壽一京都大学総長、JSTの濵口道成理事長、髙橋裕子・津田塾大学学長(日本学術会議連携会員)、小林いずみ・ANAホールディングス、三井物産、みずほフィナンシャルグループ各社外取締役(日本学術会議特任連携会員)の4人。ファシリテーターは日本学術会議副会長でもある渡辺美代子・JST副理事が務めた。

 冒頭、渡辺さんは「女性を対象にしたジェンダーの平等はもちろん基本だが、私たちはもう少し概念を広げて多様性という概念(ジェンダー・イコーリティ2.0)を提唱し、その概念で捉えるようにしてきた。人種、文化の問題、地域、宗教など、いろいろなことが相互に関係している。そういう関係性をよく考えながらジェンダーの平等を進めることが大切だと思う」と口火を切った。

 そして「ジェンダーサミット10の前後からさまざまな、また積極的な活動があったが、日本の意識はどのくらい変わってきたかを共有したい」と博報堂生活総合研究所による「生活者の意識と欲求」と題した調査結果を紹介した。渡辺さんは調査結果データを示しながら「意識は少しずつ変わってきてはいるがそれでも例えば、若い人は女性上司に対する抵抗はないが、年齢が高くなると男女とも、特に男性は抵抗があるようだ」と指摘し、米国のNSF(米国立科学財団)は理事長以下ほとんどの管理職が女性であるという日本と対象的な実例を挙げた。

写真3 ファシリテーターを務めた渡辺美代子さん
写真3 ファシリテーターを務めた渡辺美代子さん

人間は本来一人一人が固有性を持った多様性のかたまり

 この後、パネリスト全員が自己紹介を兼ねて発言。JST理事長の濵口さんは医学生だった時代から現在までを振り返って「日本は物質的には豊かになったが、私のような人間には息苦しい世界になっているように感じる。その一つにジェンダー問題が解決しないことがあるのではないか。多様性を認めない社会になっているのではないか。それは表明的なものだけでなく意識下にも出ているのではないか。ジェンダー問題を解決することは日本をどういう方向にもっていくかという大きな問題だ」と問題提起した。

 小林さんは「30年近く外資系企業や国際機関に務めていたので自分が女性であることを意識する場面は比較的少なかった。ただその前に社会人になって日本の大手企業に勤務した時は絶望的な感じがした。それで外資系に移った」などと自己紹介。山極さんは「一度も女性が会長になったことがない日本学術会議の会長だが、副会長3人のうち2人は渡辺さんを含めて女性で、ひしひしといろんなことを感じている」。髙橋さんは「津田塾大学の学長は私で11代目だが、そのうち10人は女性。でも女子大学全体を見ると(学長が主に女性であることは)まだ一般的ではない。当大学でそれが可能だったのは創設者の津田梅子がいろいろなことを仕掛けたから」と自己紹介しながら説明した。

 次に渡辺さんが「私たちの社会は閉塞感で満ちているのではないか」「多様性(に富む社会を目指したに向けた動き)を進めるとその閉塞感を打破できるのではないか」という前提、仮定を討論に向けて設定したことを説明してパネリストにいま閉塞感を感じているかどうかをたずねた。

 髙橋さんは「閉塞感は感じている。女性だけでなく若い男性にも失敗を恐れずにリスクを取ることをしないとこの閉塞感は打ち破れないと思う。日本では少しでも失敗するとバッシングする。そういう文化も変えていかなくてはいけない。リスクを取っていこうというメッセージを若い人に出していく必要がある」と述べた。

写真4 パネリストの濵口道成さん(左)と小林いずみさん
写真4 パネリストの濵口道成さん(左)と小林いずみさん

 小林さんは「個人も社会もリスクがないところに成長はない。日本ではリスクマネージメント、イコール、ノーリスクだが、リスクマネージメントとはリスクをマネージしながらどうやってそのリスクを取ってそこからリターンを得るかということだ」と語った。

 山極さんは「今ものすごい閉塞感がある」とずばり。その上で「閉塞感の大きな原因は1990年代初めに市場原理を導入して大学間を競争させた。大学を企業のようにしようとする方向性があったが、組織対組織の競争の中で大学が疲弊した。競争に評価が入った。政策誘導により厳密な評価が行われるようになった。これは自由な競争を阻害するものだったと思う。評価は方向性を定めて一律化させる方向に向かう。日本の大学がその方向に流れた。これは日本社会の一つの側面を表している」。「自分の能力とは選抜試験を通ることではなくて、自分の能力を生かして長い人生の中でいかに成果を上げていくかが大事だ。そう捉える文化を若い人に与えてこなかった。評価主義に基づいて資金を集中的に投下してきたために多様性が失われた。わたしはその閉塞感だと思う」と直裁に述べている。

 濵口さんは「人間は本来、多様性のかたまりだと思う。工学の時代だった20世紀に標準化が進んだ。しかしその後世界は欧米による一極支配が終わり、ソ連が崩壊して中国をはじめとするアジアやアフリカが台頭して変わっている。それでも日本は20世紀的な世界観に浸っている。これがリスクではないか。その範ちゅうで大学評価を行っているとスロットが狭くなる。ダイバーシティを生かしてどういう活力を描いていくかという議論にならない。我々がそれを議論していかなくてはならない。その大前提がダイバーシティだと思う」。

 山極さんは「人間は一人一人が個性を持ち固有性を持った存在で、そこが他の動物と違うところだ。違うのは人間がことばを持っているからで、ことばで相手とコミュニケーションできる。そこからさまざまな個性が出る。しかし今の世界はグローバル化が進んでフラットになっているから自然に個性が失われる傾向にある。そうした中で人間が持っている基本的な前提を守ろうとすると、発想を豊かにし、知識や経験によって自分を確立していかなくてはならない。そういうことが今できていないという懸念がある」と指摘した。

 また小林さんは「日本では企業も社会も何でも箱に入れようとする傾向にある。働き方にしてもルールを作ってそれに皆が従うようにする。そこが閉塞感の原点かと思う」と述べている。

写真5 パネリストの山極壽一さん(左)と髙橋裕子さん
写真5 パネリストの山極壽一さん(左)と髙橋裕子さん

「女性は自覚的に大志を抱いてリスクをとることを怖がらないで」

 閉塞感をめぐる議論が続いた後、髙橋さんが山極さんや以前名古屋大学総長を務めた濵口さんに「京都大学や名古屋大学ではいつ女性の総長が出ますか」とたずねた。これに対して山極さんは直接は答えなかったが「大学のトップマネージメントに女性をどんどん参画させている。総長はやはり経営力が求められるから今から準備をしなければならない。私の研究分野である霊長類研究では、1970、80年代は研究者のほとんどは男性だったが、その後まず欧米で女性研究者が増えて日本でも増えてきた。そうすると繁殖とか子育てといった研究テーマが出てきて研究が変わった。男性研究者もそうしたテーマが社会の根本にあることに気がついた。大学のマネージメントも女性の目で見ると変わって見えるのではないかと思うようになった」。

 濵口さんは「学長、総長を選ぶのは投票なので女性が(教員の)マジョリティにならないといけないがそれは当分難しい。一つの方法として大学附属病院の多くの看護士は女性なので彼女たちに投票権を与えたら状況は変わる。米国では、学長はボードメンバーが選ぶが、投票まで時間をかける。そのための調査をするし、長期的にトレーニングをして(女性の)専門家を育成している。日本はこうしたことが足りない」と発言。髙橋さんは「高等教育機関間の異動が米国では頻繁にあるが日本はそこが決定的に違う」。小林さんは「女性だから(自動的に)トップにするという判断をしてはいけないが、国際機関のトップを決める時は候補者に必ず女性を入れる。候補者として認知されることでトップに女性がなりやすくなるということがある」などとそれぞれ強調した。

 また髙橋さんは「企業であろうと教育、研究機関であろうと女性を(トップに向けて)育てる意思があるかどうかをしっかり見極めることが大事で、私たちはそれができる消費者に、また教員にならなければいけない」と語り、津田塾大学創立者の津田梅子さんが2度目の米国留学中に「自分が得た経験を後輩たちも経験してもらいたい」と考えて自分に続く後継者をつくるための奨学金制度など、さまざまな仕組みをしっかり考えていたことを紹介した。

 山極さんによると、大学の女性教員比率を上げるためには、工学部など女性研究者が少ない分野の女性研究者をまず増やす努力が必要だ、という。濵口さんは「議論が学長選びに関係する50代の話になっているが、若い30代ぐらいを見るとだいぶ事情は違う。 JSTでは30代の人がたくさんいるし元気もある。そういう女性は確かにいる」とした上で「既存のシステムに浸ってきた男性にはできない、女性にしかできない展開の仕方やチャンスが今はある」と述べている。ダイバーシティの観点から考えた場合は、女性比率を上げることだけを目指すのではなく、男性が考え及ばない分野に女性が進出し、実績を上げることの重要性を指摘した発言と言える。

 最後に渡辺さんが4人に「(現状を変えるために)これから何をしたらいいのか」をたずねた。

 髙橋さんは「リスクということばをもっとポジティブな意味で使うような文化を私たちがつくっていく。そして女性に自覚的に大志を抱き野心を持ってもらい、リスクをとることを怖がることを止めようと言っていくことだ」。山極さんは「ジェンダーサミット10で言おうとしていたのは、女性を男性に近づけることではなく、女性の存在を男性も女性も等しく認めることだった。男性と女性がこぶしを突き上げて互いに楽しく職場を分かち合うことだった。重要なのは女性を理解する男性をつくることだ。今女性はどんどん元気になり、男性はどんどん元気でなくなっている。その亀裂が広がっているという懸念さえある。男女共同参画を理念的に見直して構築し直す時期に来ていると思う」。

 小林さんは「ジェンダーの問題はダイバーシティの入口でしかない。ダイバーシティを促進していくためには、どうしたら一人一人の個人の力を組織の中で伸ばせるかを徹底的に見ていくことだ。そのことがジェンダー問題の解決や、若手の活用にもつながって閉塞感を打破することになる」。濵口さんは「今は、みんな自分がふつうに生きることに喜びを感じていないのではないか。自分がふつうに生きることに価値を見いだす。そこに戻ることが、ダイバーシティが自然に生まれ、女性がもっと生きがいをもっていけることにつながるのではないか。女性活躍(の実現)は時間がかかるかもしれないが歴史的な必然だ。その時間を短くする知恵を出すことがわれわれの仕事だと思う」とそれぞれ結んだ。

 渡辺さんは来年もジェンダーサミット10のフォローアップの場を持つことを宣言して討論会を終えた。

写真6 パネル討論会の様子
写真6 パネル討論会の様子

ジェンダーを意識した科学技術イノベーションはいまや「世界標準」

 このパネル討論会は「ジェンダーサミット10」フォローアップ・フォーラムのメーンイベントとして企画された。フォーラムは、松尾由賀利法政大学理工学部教授(日本学術会議第三部会員)が司会・進行役を務めて午後1時開会した。主催者を代表して日本学術会議会長の山極さんが、共催者を代表してJST理事長の濵口さんがそれぞれ今回のフォーラムの目的や狙いなどを説明するあいさつをした。続いて来賓の武川恵子・内閣府男女共同参画局局長と佐野太・文部科学省科学技術・学術政策局局長がそれぞれあいさつした。政府の立場からあいさつした2人は、これからの日本社会や科学技術イノベーションのあり方を考えた場合、男女共同参画の推進や女性活躍の実現が極めて重要であることをあらためて強調していた。

 この後、米スタンフォード大学教授のロンダ・シービンガーさんが「Genderd Innovation in Medicine, Machine Learning, and Robotics」と題して基調講演した。

写真7 基調講演をしたシービンガーさん
写真7 基調講演をしたシービンガーさん

 シービンガーさんは「ジェンダーに基づくイノベーション」という概念、考え方を10数年も前に提唱。これまで何度も来日し、講演などを通じてジェンダーを考慮しない医薬品やシートベルトなどの身近な器具類、社会インフラなどの危険性や問題点を指摘。ジェンダーを意識した科学技術イノベーションはいまや「世界標準」になっていることを強調している。また、「ジェンダーの平等」は男女の社会・文化的性差を単純に同一に扱うものではないとし、ダイバーシティの豊かさの大切さを説いてきた。

 この日の講演でも、人工知能(AI)技術で注目されている「機械学習」のほか、ロボットや医薬品開発といった分野を例に、ジェンダーを意識し、ジェンダー要素を分析する手法が今や世界のイノベーション現場の最前線では「世界標準」になっている具体例をデータを示しながら紹介した。

ジェンダーサミット後の積極的活動を報告

 続いてさまざまな立場、視点から「各種報告」があった。この各種報告について、パネル討論のファシリテーターを務めた渡辺さんは「ジェンダーサミット10の後、みなさんがそれぞれの立場で積極的に活動してきたことがよく分かった」とコメントした。またジェンダーサミット10で出された「ジェンダーサミット東京宣言:架け橋(BRIDGE)」について「ジェンダーとイノベーションは別ではなくここをつなぐことが大事であること。この概念がSDGsのすべての目標をつなぐことができること。そして世界のすべての人をつなぐことになること。東京宣言ではこの3つの『つなぐ』を出している」などとあらためて紹介している。

 パネル討論に先だって行われた各種報告のテーマと報告者は以下の通り。

  • 「ダイバーシティ推進に関する評価手法」:藤井良一・情報・システム研究機構長(日本学術会議第三部会員)
  • 「女性参画拡大により期待されるイノベーション上の利点」:行木陽子・日本アイ・ビー・エム株式会社技術理事(日本学術会議特任連携会員)
  • 「日本学術会議の取り組み」:三成美保・奈良女子大学副学長・教授(研究院生活環境科学系)(日本学術会議副会長・第一部会員)
  • 「JSTの取り組み」:安孫子満広・JSTダイバーシティ推進室調査役
  • 「人文社会科学系学協会男女共同参画推進連絡会の取り組み」:井野瀬久美惠・甲南大学文学部教授(日本学術会議連携会員)
  • 「LIXILの取り組み」:藤森義明・LXILグループ相談役
  • 「男女共同参画学協会連絡会(理系)の取り組み及び清水建設の取り組み」:寺田宏・清水建設株式会社建築営業本部副本部長(男女共同参画学協会連絡会委員長)
  • 「産学連携(大学と企業の共同研究等)の好事例」:工藤眞由美・大阪大学理事・副学長
    (日本学術会議連携会員)

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