「ジェンダーとダイバーシティ推進を通じた科学とイノベーションの向上」をメーンテーマに国際会議「ジェンダーサミット10」が5月25、26の2日間、科学技術振興機構(JST)と日本学術会議などが主催して東京都内で開かれた。「社会・文化的性差」であるジェンダーの視点から社会のあり方を議論するジェンダーサミットは2011年にベルギー・ブリュッセルで第1回が開かれた。以降年1〜3回開催されて今回で10回目。日本初開催となった今回は23カ国から600人近くが参加した。合わせて12のセッションではジェンダーやイノベーションから「国連の持続可能な開発目標(SDGs)」にわたるさまざまな課題について活発な議論が行われた。26日夕には、ジェンダーの平等が持続可能な社会や世界の人々の幸福に不可欠であることを世界に向けてアピールする提言をまとめるなど、大きな成果を上げた。また議論の中で「ジェンダー問題の取り組みで日本は遅れている」との指摘も出されて今後に向けた課題も明確になった。意義ある国際会議となった「ジェンダーサミット10」を振り返る。
浸透していない日本は継続した取り組みを
JSTの濵口道成理事長は会議後のプレスセッション(記者会見)で「日本はジェンダーの問題への取り組みがまだ不十分であることを痛感した」と述べている。多くのセッションで「ジェンダーの平等を、ダイバーシティ(多様性)を尊重、重視する視点から捉えて達成することは持続可能な社会や世界の実現に向けて大切である」との考え方が共通認識となった。だがこうした考え方が国内に十分浸透しているとは言えない。今回会議で指摘された課題について国内の多くの組織が継続して真剣に取り組んでいくことが求められている。
日本国内で「ジェンダーの平等」の言葉が語られる時、「男女共同参画の問題」と考える人が多い。「ジェンダーの問題」とは、例えば「女性の研究者採用率が少ない」とか「女性の社会進出を促進する政策が足りない」といった課題で議論されるケースが多い。もちろんこれらもジェンダーの問題の重要な課題なのだが、生物学的性差である「セックス」に対して社会・文化的性差であるジェンダーが未来社会における重要な要素、要因であるとの考え方が十分に認識されているとは言えない。
こうした日本の現状があることから会議の事務局であるJSTダイバーシティ推進室(室長・渡辺美代子副理事)などによると、「ジェンダーサミット10」が目指したのは、「ジェンダー視点の有無は、科学技術だけでなく、政治や経済、社会や文化などあらゆる場面で多様性を左右し、その先に生まれるイノベーションの質を大きく変える。それを科学的かつ実証的、かつ具体的に議論しながら、現代世界に果たす科学技術の役割と責任を再検証して世界に発信する」ことだった。
「ジェンダーに基づくイノベーション」は「世界標準」
米スタンフォード大学教授で「ジェンダーに基づくイノベーション」という概念、考え方を10年以上前に提唱したロンダ・シービンガー氏は今回の会議にも参加した。こうした概念について同氏は昨年3月にJSTで行われた講演で「ここ数年間に影響力を発揮するようになった。欧米、カナダなど世界で新しい政策として導入され、さらに世界に広がりを見せている」と語っていた。ジェンダーを意識した科学技術イノベーションはいまや「世界標準」になっていることを印象付けた発言だった。
シービンガー氏は講演や著書の中で、ジェンダーを考慮しない医薬品、さらにシートベルトなどの身近な器具類、社会インフラなどの危険性や問題点を指摘する一方で「ジェンダーに基づくイノベーション」の重要性と可能性を再三強調している。同氏は「ジェンダーの平等」とは「男女の社会・文化的性差を単純に同一に扱うものではない」と言う。「一人の人間には生物的な性差であるセックスと社会・文化的な性差であるジェンダーの両方があり、一人一人はその組み合わせで成り立っている。ジェンダーというと女性の問題、と単純に考えるのではなく、男性、女性の両方を考えてほしい。女性の中にもいろいろな違いがあり、男性の中にもいろいろな違いがある。つまりダイバーシティ(多様性)の豊かさの大切さを認識してもらいたい」(3月のJSTでの講演から)と多様性の重要性を訴えている。
「一人一人の異なる人生経験がイノベーションを生む」
今回の会議でも「ジェンダーの平等」について、多様性を重視する視点から捉える議論や発言が目立った。会議初日の5月25日に行われた最初の主要(プレナリー)セッション「ジェンダーの歴史と未来」で、IBMフェローの浅川智恵子さんは、14歳の時にプールでの事故で失明した後、生きるための基本的な情報にアクセスしにくくなった辛い経験も話しながら、渡米後IBM研究員として革新的な製品開発を行ってきた経緯や具体的事例を紹介した。その際にも多様性の大切さについて以下のように発言した。「一人一人の異なる人生経験のギャップがイノベーションを生むが、日本はまだそうしたダイバーシティを活用できていない」「私は女性、視覚障害を持つ研究者、日本人という3つのダイバーシティに属している。皆さんもそれぞれの視点、見方を持っている。それが強さになる」。
浅川さんは会議2日目の26日に行われたプレスセッションでも「米国では女性だから、障害者だからと特別な扱いを受けたことはなかった」と語りながら多様な国から研究者を受け入れて平等に扱う米国の研究機関のあり方に触れて「日本の研究機関は男女を問わずもっと外国から研究者を受け入れる必要がある」と研究分野での多様性の大切さを強調した。浅川さんの視点は、ジェンダーを平等に扱う前提として多様性を重視し、尊重することに基づいていた。
ジェンダーの問題は女性の問題だけでなく男性の問題でもある。会議のパラレル(サブ)セッションでは「男性、男子にとってのジェンダー平等」というテーマでの議論も行われて初等教育での男子特有の問題も扱う重要性などが指摘された。
低い女性比率だけでなく細かな分析を
今回のジェンダーサミットでは多様性の視点から女性参画によるイノベーション上の利点についても議論された。日本は女性の研究者採用率が低いことは事実だ。3月にオランダの学術出版社エルゼビア社が「学術論文を2011年から5年間に発表した研究者のうち女性が占める割合は日本の場合20%で、調査対象12カ国・地域で最低だった」などとするレポートを発表して話題になった。JSTダイバーシティ推進室長で今回会議の組織・運営委員会委員長だった渡辺美代子副理事は、女性研究者の少なさだけを単純に指摘するのではなく、研究現場に女性が参画することの利点を認識し、女性研究者が少ない実態をきめ細かく分析することの重要性を指摘している。
渡辺副理事によると、エルゼビア社のレポートも精読すれば、日本の女性研究者は一人当たりでは男性より多くの論文を発表し、女性研究者による特許出願率は高いこと、さらに海外に出る女性研究者は多いが日本に来る外国の女性研究者は少ないことなど、注目すべきポイントが分かるという。同副理事は企業の研究所の女性登用率が特に低いことを指摘して「ジェンダーに基づくイノベーション」の観点からの女性登用の大切さを説いている。
求められる企業の積極的取り組み
会議後のプレスセッションでJSTの濵口理事長は、日本を代表する研究支援機関としてジェンダーの問題で立ち遅れている状態を改革していくために積極的に取り組んでいく姿勢を、また日本学術会議の井野瀬久美惠副会長(甲南大学文学部教授)も今回会議で明らかになった課題を整理しながら日本学術会議としても継続して議論する方針をそれぞれ明言した。日本で初めて開かれた「ジェンダーサミット10」には大学や学会に加えて多くの企業が協賛し、協賛組織数は110を超えた。協賛企業は今回の会議参画を契機に「ジェンダーに基づくイノベーション」にこれまで以上に具体的に取り組んでいくと期待されている。
このレビューの最後に世界に向けて発信された3項目の提言(英語) 「Tokyo Recommendations:BRIDGE」の邦訳を記載する。
1、ジェンダー平等は持続可能な社会と人々の幸福に不可欠な要素であり、科学、技術及びイノベーションが人々の生活をどれくらい良いものにできるか、その質を左右する。それは、男女間の機会均等に加え、ジェンダーの科学的理解とジェンダーの差異が科学技術の主要因と捉えられ分析されてこそ社会にイノベーションをもたらし得る。
2、ジェンダー平等は17あるSDGsすべての実践に組み込まれることが必要であり、科学技術イノベーションと共に歩むジェンダー平等はSDGsのそれぞれと結びつき、17すべての目標の実現を促す架け橋となる。
3、SDGsに掲げるジェンダー平等は、社会における多様性、とりわけ、女性や女子、男性や男子、民族や人種、文化等が果たす意味や役割を社会がどのように認識して定義しているか、その関係性を考慮して進める必要がある。それはジェンダー平等2.0として、産業界を含むすべての関係者にとって自らが取り組む持続的課題のひとつとすべきである。
(サイエンスポータル編集長 内城喜貴)
関連リンク
- ジェンダーサミット10・ホームページ