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ひとりひとりの人間の違いを大切に(ロンダ・シービンガー 氏 / 「性差に基づく新しいイノベーション論」を提唱した 米スタンフォード大学歴史学部教授)

2016.03.23

ロンダ・シービンガー 氏 / 「性差に基づく新しいイノベーション論」を提唱した 米スタンフォード大学歴史学部教授

科学技術振興機構(JST)主催「ダイバーシティセミナー」(2016年3月16日)から

ロンダ・シービンガー 氏
ロンダ・シービンガー 氏

 今日は同じ性差でも生物的な「セックス」と「ジェンダー」という二つのことばを使う。ジェンダーは社会的につくられた性で社会的な捉え方だ。社会のすべての局面で人々の行動や態度に影響を及ぼすのがジェンダーだ。人々はセックスとジェンダーの両方を持っている。「ジェンダード・イノベーション」(性差に基づくイノベーション)は、ここ数年間に影響力を発揮するようになった。欧米、カナダなど世界で新しい政策として導入され、さらに世界に広がりを見せている。例えば米国内ではシリコンバレーに広がり、私が勤めるスタンフォード大学でも行われている。グーグル、フェイスブックなどの企業がジェンダード・イノベーションという概念を導入し、商品の研究、設計、開発段階から投入するようになっている。マイクロソフトもジェンダー分析をすべての商品に反映させている。日本では来年「ジェンダーサミット」が予定されていることもあり、今後日本での広がりを期待している。

イノベーションの将来に関わる重要な側面

 欧米の大学や政府では、男女平等のために三つの戦略的アプローチをとってきた。一つは参加する女性の数を増やすこと。二つ目は職場や機関の構造改革をして女性が関与する機関・組織を変えること。そして三つめは「知識」を正すこと。この三つ目がジェンダード・イノベーションで、科学、工学のイノベーションの将来に関わる最も重要な側面だ。

 (ジェンダーの考え方を無視して)研究開発を間違って行うと生命も資金も犠牲になる。最近、米国の医薬品市場から10の薬が消えたが、そのうち8つは女性にとって危険なもので、女性のジェンダーを無視した結果だった。何にせよ開発の当初からきちんとした研究をすることが重要で、これこそがジェンダード・イノベーションの目的だ。ジェンダー分析が新しい発見につながる。商品開発で失敗したもののうちの多くは女性を対象にしたものだが、理由は、開発研究がオス、男性を前提にしていたものが多かったからだ。2011年の研究データで、実験動物の性別は、ほとんどがオスだった。免疫と生殖だけがメスを使っていた。オス、メスの記録さえもないものが多かった。同じ2011年の研究で、ある幹細胞に関する研究で実験動物の記録そのものが残されていなかった。その細胞を持つ個体の性別が大事だが、研究では考えられていなかったのだ。オスの方が多く死んでいてもその理由をその後調べても分からない。これは研究データの無駄だ。

 医学分野で男性の骨粗しょう症を例に考えたい。多くの人はジェンダーというと女性の問題と考えるがそうではない。ジェンダーは男性の問題でもある。骨粗しょう症は女性の問題と考えられてきたが、今やその前提が問題になっている。診断も女性中心だが高齢化が進むと男性の問題にもなる。最近ではジェンダード・イノベーションの考え方を通じて男性の準拠集団が作られ男性向きの診断が作られた。

写真 3月16日にJST東京本部(東京都千代田区四番町) で開かれた「ダイバーシティセミナー」
写真 3月16日にJST東京本部(東京都千代田区四番町) で開かれた「ダイバーシティセミナー」

さまざまな分野を横断するテーマ

 ジェンダード・イノベーションはさまざまな科学の分野を横断するテーマだ。コンピューターサイエンスの分野で自動翻訳の事例を示す。グーグルの自動翻訳があるが、私に関する記事の翻訳が、「彼が」になっていた。グーグルの自動翻訳は男性系に初期設定されていた。機械によって私のアイデンティは消されたのだ。基本的な間違いだった。無意識のうちに女性のジェンダーを差別していた。スタンフォード大出身が多いグーグルでもこんな問題があった。工学部ではジェンダーの問題が教えられていなかったのだが、今では工学部でもカリキュラムに取り入れられた。そして今ではグーグルもジェンダード・イノベーションの重要性を認識している。

 土木、公共交通の分野の事例だが、事前のデータ分析にジェンダード・イノベーションを取り入れ、それを設計に生かすことが重要だ。以前は人々の移動に関するデータでは、職場に行くことが一番重要で、ほかに学習や購買、余暇などがデータ分析の対象だった。私たちは介護や世話に関するデータを入れた。同じように家から職場に行くのでも、直接行くのと介護施設に寄ってから行くのとではパターンが変わる。移動に関してもジェンダーを考えると、よりよい「生活の質」に関するデータが得られる。高齢化社会の中で高齢者への支援技術としてのロボット技術は重要だが、ここでもジェンダーの差をみることが大切だ。

 すべての女性が、男性が、「同じようになろう」とは思っていない。女性、男性といっても、一人一人の違いを考えることが重要だ。(商品は)いろいろな人を満足させなければならないからだ。ジェンダーの違いを開発の最初の段階から考慮するということがとても重要で、そうすることで開発された商品がユーザー向けに成功することにつながる。

このチャンスを無視する手はない

 政策提言も重要で、資金を提供する機関が公的資金を提供する際にジェンダー分析を義務付けることができるし、義務付けを働きかけることも大切だ。欧州委員会やカナダの公的保健機関での実例があるし、米国立衛生研究所(NIH)も新しい方針にジェンダー分析を取り入れている。また研究論文を審査する組織にとっても、ジェンダー分析を取り入れることは重要で、既に著名な論文雑誌編集委員会で素晴らしい例がある。大学の世界では、教員が学生に教える中でジェンダーの考え方を取り込むことが非常に重要だ。特に医学部では極めて重要で、工学、基礎科学の分野では既にジェンダー教育の動きが出ている。

 企業にとってはジェンダー分析を取り入れることが新しい市場を開発することにつながる。国際競争力、(企業活動の)持続力を高めるし創造性も高める。新しい視点で新しい研究分野ができる。ジェンダード・イノベーションを使わない、チャンスを無視する手はない。

男性、女性の両方を考えること

(会場質問への応答から)

 一人の人間には生物的な性差であるセックスと社会・文化的な性差であるジェンダーの両方があり、一人一人はその組み合わせで成り立っている。ジェンダーというと女性の問題、と単純に考えるのではなく、男性、女性の両方を考えてほしい。女性の中にもいろいろな違いがあり、男性の中にもいろいろな違いがある。つまりダイバーシティ(多様性)の豊かさの大切さを認識してもらいたい。どうしたらより多くの人を支援し、助けることができるかにつながるか、を考えてほしい。多くの人が単純に女性を増やせばいいと、それによって新しい視点が開けると思っているが、必ずしもそうはならない。多様性が大事だ。

 (さきほども話したが)ジェンダーの役割を考える上で教育はとても重要だ。教育により(社会を)変えることができる。教育の中でも小さい時から、幼稚園のころから、小学校のころからジェンダーの考え方を教えることが大切だ。メディアの役割も重要だ。ハリウッドの映画でジェンダーをどう描くかで男性、女性のイメージを変えることができる。インターネットの影響はあまりに大きいがインターネットの力でジェンダーの考え方を変えることができる。

「ダイバーシティセミナー」で講演中の写真

 ジェンダー研究の中で(性同一性障害などの)「トランスジェンダー」や「インターセックス」の研究もある。「男性らしさ」「女性らしさ」というくくりはもうやめて、人間としての特徴を考えることだ。男女のくくりをなくす中でこうした問題を考えることもできる。もっとオープンに考えたい。つまり人々が自らの行動の問題を考えることだ。ジェンダーや多様性を考えるとさまざまなことに対する選択肢を開放することになる。男性にも女性にも誰もがさまざまな分野に関われる。これが目標でもある。

選択の自由はあるべき

 (日本には男らしい女らしいことを美しいと考える伝統的文化があるが、との質問、指摘に)日本には素晴らしい文化がある。ただ美徳には多様なものがあっていい。自由があっていい。日本の女性が男性のように行動したいのならその自由はあるべきだ。文化の美しさを保ちつつも同時に選択の自由もなければならないと思う。私には二人の息子がいるが自由な選択を大切にしながら育っていくことが大切だと思っている。一人の人間であるとの意識を持つと、心や気持ちを変えることができる。

 (日本の実情に関して)スウェーデンではコミュニティが子どもを育てている。(ほかの国でも)男性が主体的に育児に関わるケースも徐々に増えている。スタンフォード大学で女性は育児をするから長生きするという研究があり、男性も育児をすべきと話も出ている。社会が育児を支えていれば男性も女性も誰もができるようになる。社会のプログラムができればそういうこともできる。新しいジェンダーの役割が見られるようになってきている。変化が今、起きている。

(内城 喜貴)

ロンダ・シービンガー 氏
ロンダ・シービンガー氏

ロンダ・シービンガー氏プロフィール
1974年米ネブラスカ大学リンカーン校英語学科卒。77年ハーバード大学大学院歴史学科修士課程修了、84年同博士課程修了。同年スタンフォード大学講師、2004年同大学歴史学部ジョン・L・ハインツ科学史教授兼「女性とジェンダー」研究所所長。主な著書に「女性を弄ぶ(もてあそぶ)博物学」「科学史から消された女性たち」「ジェンダーは科学を変える!?」「植物と帝国」などがある。

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