レポート

科学のおすすめ本ー ウナギ 大回遊の謎

2012.07.19

推薦者/サイエンスポータル編集長

ウナギ 大回遊の謎
 ISBN: 978-4-569-79670-3
 定 価: 本体900円+税
 著 者: 塚本勝巳 氏
 発 行: PHP研究所
 頁: 238頁
 発行日: 2012年6月29日

今夏の「土用の丑(うし)の日」(7月27日)を前に、ウナギ(ニホンウナギ、Anguilla japonica;日本沿岸や朝鮮半島、中国沿岸の東アジアに分布)の価格が高騰しているという。稚魚のシラスウナギが獲れなくなっていることが原因らしい。

シラスウナギは高値で業者に引き取られ、養鰻(まん)場で養殖された後で、町のウナギ屋さんが仕入れ、蒲焼にされる。これが食材としてのウナギの一生だが、“天然もの”の生活史はよりドラマチックだ。

ウナギは海で生まれ、川にのぼって、再び海に戻る「回遊魚」だ。海で卵からふ化すると「プレレプトセファルス」さらに「レプトセファルス」という透明な柳葉状をした幼生(仔魚、しぎょ)となる。これが海流に乗って日本などの沿岸に運ばれ、姿を変えた(変態した)のが「シラスウナギ」だ。透明なシラスウナギが河口域で生活し始めると、体の色素が増して「クロコウナギ」となる。クロコウナギは川を遡上して、定着生活を始める。この時期のウナギが「黄ウナギ」と呼ばれ、背はグリーン、腹は黄味がかった白色をしている。その後、河川や池で成長する。

「ウナギの七不思議」の1つとして、“ウナギ博士”の著者(東京大学大気海洋研究所教授)が挙げているのが「性の謎」だ。シラスウナギを養殖すると、ほとんどがオスになる。天然ウナギの場合は、河川の上流にいるのはメスが多く、下流や河口域にいるのはオスが多い傾向がある。ウナギの性は遺伝的に決まっているが、環境やストレスによって、遺伝型はメスであっても、容易にオスに分化するのだという。

天然ウナギのオスは淡水域で数年、メスは10年前後成長し、その後、秋口の季節に「銀化(ぎんけ)」と呼ばれる変態をして、体の色が黒く、金属光沢を帯びた「銀ウナギ」になる。そして秋から冬にかけて、オス・メスが河川の増水とともに川を下り、海に出る。外洋の産卵場に帰り着いた銀ウナギは産卵し、一生を終える。

では、銀ウナギは外洋のどこで産卵するのか? 実は、「七不思議」の第一番目に挙げていたのが、この「産卵場の謎」だ。世界には19種・亜種のウナギがいるが、産卵場が特定されたものはなかった。ニホンウナギについても、1975年ごろまでに台湾周辺でレプトセファルスが採集されたことから、産卵場は「台湾東方海域」とだけしか分かっていなかった。採集されたレプトセファルスも全長50-60㎜と、発育の進んだ大きなもので、生まれてから長い間海流に流され、本当の産卵場から遠く離れて採れたものと推定される。

そこで著者らが1986年から、再びウナギの産卵場調査に乗り出す。より小さなレプトセファルス、さらに小さな(ふ化後間もない)プレレプトセファルスを求めながら産卵場に近づき、プレレプトセファルスの耳石の「日周輪」を数えてふ化日(ウナギは受精後36時間でふ化する)と産卵ポイントを絞り込む。そして2009年5月22日、西マリアナ海嶺南端部の海山域で、ウナギの卵の採集に世界で初めて成功した(22-23日に計31個採卵)。親ウナギの捕獲は、近くの海域で前年(08年)6月4日に成功しており、ついに世界で初めてウナギの産卵場が特定された。

そればかりか、ウナギの産卵は4-6月の「新月」の2-4日前に、水深150-200メートルの比較的表層近くで行われること、北赤道海流域に東西方向に形成される「塩分フロント」(塩分濃度の高い水塊と低い水塊が接する境界)のすぐ南が産卵ポイントになることなどを、著者らは明らかにした。

こうした“人類の快挙”に至る科学者たちの洞察力や努力、苦労や喜びが、まるで1つの冒険物語のように描かれている。が、著者は「サイエンス・アドベンチャーの時代は終わった」と述べ、「世界的に激減しているウナギ資源を保全するために、早急に資源変動メカニズムを解明しなくてはならない」と警鐘を鳴らす。特に、最後の第10章「資源と保全」で著者は多くの問題点を指摘し、重要ないくつかの解決策を提言している。

もはや「丑の日に、ウナギが高くて食べられない」どころの話ではなくなった。

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