オピニオン

いつどこでも医療を受ける平等の権利を - 電子診療鞄の離島実証実験(山家智之 氏 / 東北大学加齢医学研究所 心臓病電子医学分野 教授)

2010.11.12

山家智之 氏 / 東北大学加齢医学研究所 心臓病電子医学分野 教授

東北大学加齢医学研究所 心臓病電子医学分野 教授 山家智之 氏
山家智之 氏

 東北地方のようなへき地の多い地域や、離島の多い島嶼(とうしょ)地域では、医師不足による病院の崩壊は大変大きな問題になっています。地域医療の崩壊や医師の偏在の問題の存在は、既に広く国民の皆様にも知られてきてはいますが、全国レベルでのきちんとした統計調査はこれまで行われていませんでした。ここまで大きな全国的課題に公式な統計調査が行われていなかったことは、行政における大きな問題だと言えます。2010年9月29日、厚生労働省の調査の結果がやっと発表されました。この統計で初めて公式に明らかになったように、日本では医療資源配分の地域偏在が著しく、地域医療格差が大きな問題になっています。

 東北大学は、モバイル環境において高画質映像など生体情報を伝送できるシステムを開発し、これを過疎地医療、訪問診療・集団検診・救急現場・災害時などでユビキタスに使用できるようにするコンソーシアムを設立して研究を進めてまいりました。このたび東北大学大学院医学系研究科倫理委員会の承認を得て、遠隔地における診療支援のための「電子診療鞄(かばん)」の臨床試験を10月19日から沖縄県の離島、宮古島の「うむやすみゃあす・ん診療所」などで開始いたしました。

 「電子診療鞄」はモバイル通信系により、いつでもどこでも医療情報を伝送することができる遠隔医療システムです。医師の代わりに看護師がこれを持参して患者宅に赴き、病院や診療所にいる医師に患者の高画質映像と生体情報をリアルタイムオンラインで送ることにより、対面診療に近い環境をつくることができます。

 電子診療鞄のコンソーシアムは、東北大学、ソニー、フクダ電子、オムロンヘルスケア、本多電子、ウィルコム、ネットワンシステムズ、スリーリンクスなどで構成され、2009年度には第1号試作器を用いた在宅医療現場における実験を仙台で行っています。2010年度は改良型第2号試作器(P2)を完成させ、代表的なへき地の一つである沖縄の離島で実証実験を開始する運びとなりました。

 近年、わが国では高齢者人口の増加による医療費増大が課題となり、特に東北地区では多くの地方中核病院が医師不足によって存立の危機に陥っています。そこで、これらの問題の解決策として有効であると注目されているものが、医療における情報通信技術(IT)の活用です。

 このような状況から東北大学加齢医学研究所では、へき地、離島における遠隔医療実現に向けた研究に取り組み「広域仙台地域知的クラスター創成事業(第Ⅱ期)」(文部科学省)、「地域見守り創出調査研究事業」(経済産業省)や「救急車用高度医療情報伝送システム開発研究」(総務省)などを推進してきました。電子診療鞄は、固定インターネット回線は利用できないもののモバイル通信が可能な場所からの伝送ができることが特徴で、特にへき地、離島、救急車、災害現場などでの幅広い利用に適しています。これらのうち離島環境では地理的条件により医師の訪問診療が困難な場合が多く、電子診療鞄の必要性が高くなります。電子診療鞄の実証実験は、模擬患者ばかりでなく実際に在宅患者を対象として、その有効性と問題点を明らかにすることを目的としています。

 へき地の診療所では医師は1人が多く、孤独感、疎外感、専門外の患者も診なければならない不安もある中で24時間、365日の診療を強いられています。非人間的とも言える過重労働の中、地方医療に貢献する医師は加速度的に減少しつつあり、この現状を放置すれば近い将来、過疎地域には医療機関は一つもなくなってしまうことでしょう。

 そこで、へき地医療において、せめて往診などにかかわるコスト、時間が削減できれば、崩壊しつつある地方の現場の医師の問題点の相当の部分を解決できます。看護師が電子診療鞄を持参し、ITで医師と相談しつつ往診と同等の医療を展開できれば、へき地、離島医師の過剰な負担の軽減につながります。また専門外の場合でも、本土の基幹病院へデータ伝送し専門医の意見を仰ぐことができます。

 さらに重症で搬送しなければならない場合には、本土の基幹病院に患者のリアルタイムデータを送るとともに、船舶やヘリコプターによる搬送の手配をすることも可能になります。またモバイル通信環境下で使用できることから、患者宅にインターネットアクセス環境がなくても携帯電話やPHSで患者データが伝送でき、さらに救急車などで患者を搬送中であってもリアルタイムで患者の状態をモニタリングすることができることも重要な利点です。

 システムを組み上げ10月19日から離島における在宅医療の実証実験を開始いたしました。宮古島は、ところどころ携帯のアンテナが立っていない情報通信環境です。まず訪問先、往診先における通信状況の確認からウィルコムあるいはイー・モバイルの選択を行うシステムで回線速度の調査を行いつつ、研究を進めています。また、宮古島は台風の多い地域なのでコンクリート造りの頑丈な家が多く、在宅医療のための往診では携帯回線の接続状況が大きな課題になっていることも判明してきました。

 10月末までに、宮古島の現実の在宅医療の現場で電子診療鞄の情報伝送を試みてきましたが、フォーマかイー・モバイルのどちらかでは、なんとか回線を維持して診療行為が可能なことも分かってきました。電子診療鞄にさえ情報をアップできれば、画像情報などは例え地球の裏側にいる専門医にも原理的には助言を求めることが可能です。うむやすみゃあす・ん診療所は脳神経外科が専門なので、脳卒中後のリハビリなどでは患者さんの身体の動き、可動域の情報も貴重で、診療で重視される所見です。医療の世界で映像情報の生きる典型的な例だと言えます。

 電子診療鞄のシステムでは、患者情報は静脈認証装置で登録され、たとえ同姓同名でも情報が識別されます。登録されたパソコンだけが接続できるのでセキュリティ対策も確保されています。今後、全国的に電子カルテの形式が統一されれば医療情報共通化にも貢献できるでしょう。ネット回線で世界のどこにいる専門医にも原理的には助言を求めて情報を共有化し、意見交換を行うこともできるので、地域医療の質向上にも効果が期待できる可能性があります。

 このプロジェクトは、以下の方々と共に進めています。

 東北大学サイバーサイエンスセンター 吉澤誠教授、同大学院工学研究科 杉田典大・助教。東北大学加齢医学研究所 金野敏・助教。うむやすみゃあす・ん診療所 竹井太・所長。

 日本人には「いつでもどこでも医療を受ける平等の権利」があるはずです。地域医療の加速的崩壊の荒波の中で、日本人の基本的人権を守ることに貢献できるようこれらの方々と電子診療鞄による研究を引き続き進めて行きます。

東北大学加齢医学研究所 心臓病電子医学分野 教授 山家智之 氏
山家智之 氏
(やんべ ともゆき)

山家智之(やんべ ともゆき) 氏のプロフィール
宮城県仙台第一高校卒。1985年東北大学医学部卒、89年東北大学大学院医学系研究科修了。92年東北大学抗酸菌病研究所助手、96年東北大学加齢医学研究所 講師、99年同助教授、2004年から現職。医学博士。専門は循環器内科学、胸部外科学。最近の研究分野は人工臓器開発、心臓病診断など。

関連記事

ページトップへ