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JSTのプラットフォーム-高齢化社会(北澤宏一 氏 / 科学技術振興機構 理事長)

2010.09.06

北澤宏一 氏 / 科学技術振興機構 理事長

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏

 科学技術振興機構(JST)の研究は好奇心でスタートするものではなく、社会や産業への応用を目指す課題解決型基礎研究からスタートする。そして、応用を目指しながらも基礎研究に戻る理由は大きなブレークスルーが生まれる確率を高めたいからだ。最近の山中伸弥先生のiPS細胞、細野秀雄先生の透明トランジスタや鉄系超伝導、審良静男先生の自然免疫などが世界を走らせたその例といえる。

 高齢化社会ではニーズの質が変わり、解決すべき課題が変わる。多くの人が長くなった寿命をまっとうするその日まで、機能の下がった自分のパーツをいたわりながらその機能を補いつつ生きていくことになる。体の内、外側からの支援や補強が喜ばれるだろう。補強が間に合わない時には、すでに目の機能を付加的に補う老眼鏡、耳の機能を補う補聴器などの補助具がよく使われている。今後はさらに人工関節や歯など身体の代替物や補助移動具など広範囲に及んでくる。

 移動には室内も戸外もある。さらに、補助コミュニケーション具といった分類を行ってみると、高齢者の生活の質を高めて行く技術開発につながる。さらには交通方式や住み方の変化といった社会生活の複合的な面にまで高齢化社会は構造的なニーズ変化を与えるように思う。私自身はレンタルで必要期間借りることのできる高齢者用のユニットルームが欲しいと思っている。

 高齢者が社会からリタイアする年齢が10-20年延びつつある。人は命ある限り周囲の社会に役立ちたい。その精神は、日本のような社会では理解しやすいように思われる。そして凛(りん)とした誇りを保ち、「白露や死んでゆく日も帯締めて」という三橋鷹女の句のごとく生きたいものだ。技術がそれを可能にしていく。

 高齢化社会のもう一つの大きなニーズは健康だ。どうしたら、寿命をまっとうするその日まで病気にならずにいられるかという課題に応えることだ。これまでの医学は「病気を治す」ということだった。高齢化社会最大のニーズは「元気:病気にならない」ということであり、これまでの「病気を治す医学」から「予防医学:病気にしない医学」へと医学が進化しなければならない。このための研究はなかなか難しいが、JSTでもまず「健康の観察」から技術開発が進み始めている。

 例えば毎日のトイレや血液の簡便な検査のためのセンサー、それを記録分析し、必要とあればかかりつけの医者に通信・相談するシステムを考える。さらに病気の一歩手前で検知するマーカーの発見。さらには膨大な健康にかかわる日常のデータを蓄積して、その後の病気との対応を考察することから始まる「予防医学」の樹立など…。私たちは今その入口に来たところだ。

 日本は1950-60年代の公害問題、1970年代の2度にわたるオイルショック(石油の大暴騰)を経験した。その都度、産業界は抜本的な製造プロセスの改革を行い、その結果として1980年代以降の日本のクリーンで省エネルギーなイメージを持つ先進的な産業を構築した。当時の「軽薄短小」という言葉は、省資源にとっても大切なことになっている。

 現代の日本は地球環境と高齢化社会という二つの新たな課題を抱えることとなっている。「課題解決型基礎研究」がこれら二つの問題へ立ち向かうこと、これがJSTの新たに取るべき道と考える。

 そのための重要なスタートラインは大学や産業界だけでなく、ニーズを持つ当事者や社会の担い手を巻き込み、異なる目を持つ人々が意見を交換できるプラットフォームの設定だ。JSTはいま産学共創、戦略的イノベーション創出推進(S-イノベ)、といった制度の下にこのような試みをスタートさせている。

 「高齢化社会に向けたプラットフォーム」として、小宮山宏先生が主唱される「課題先進国日本」の考え方を推進していこうとしている。

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏
(きたざわ こういち)

北澤宏一(きたざわ こういち) 氏のプロフィール
長野県立長野高校卒、1966年東京大学理学部卒、同大学院修士課程修了、米マサチューセッツ工科大学博士課程修了。東京大学工学部教授、科学技術振興機構理事などを経て2007年10月から現職。日本学術会議会員。専門分野は物理化学、固体物理、材料科学、磁気科学、超電導工学。特に高温超電導セラミックスの研究で国際的に知られ、80年代後半、高温超電導フィーバーの火付け役を果たす。著書に「科学技術は日本を救うのか-『第4の価値』をめざして」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、「科学技術者のみた日本・経済の夢」(アドスリー)など。

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