レポート

科学のおすすめ本ー 科学技術は日本を救うのか-「第4の価値」をめざして

2010.05.18

笠原勉 / 推薦者/SciencePortal特派員

科学技術は日本を救うのか-『第4の価値』をめざして
 ISBN: 978-4-88759-792-1
 定 価: 1,200円+税
 著 者: 北澤宏一 氏
 発 行: ディスカヴァー・トゥエンティワン
 頁: 255頁
 発売日: 2010年4月15日

内閣府が4月に発表した景気ウオッチャー調査によると、街角の景況感を表す現状判断指数が5カ月連続で上昇した。景気は厳しいながらも、持ち直しの動きがみられる。しかしながら、なお自律性は弱く、失業率が高水準にあるなど依然として厳しい状況にある。日本全体が閉塞感からいまだ抜け出せてはいない。課題を解決する方策も見つけられず、大人たちは自信を失い、若者たちは夢を語れなくなっている。

本書はそんな日本に夢と希望を与える、著者からの提案書である。科学技術で未来を創ろうと、政官民に呼びかけるプレゼンテーションだ。

著者である北澤宏一氏は高温超電導の研究で著名な科学者であり、独立行政法人科学技術振興機構の理事長でもある。研究や教育の現場に詳しい科学者として、公的研究資金を配分する機関のトップとして、日本の科学技術の力が自国だけでなく、地球規模の課題も解決できると説く。本当にそんなことが可能なのか、その根拠はどこにあるのか、科学者らしい客観的なデータを使って自論を展開していく。図と表を多用し、科学技術になじみのない人も、経済問題に詳しくない人にも、分かりやすく書かれている。

前半ではまず、日本の科学技術が世界でもトップクラスであることを事例を挙げて紹介し、それを支えてきた2段ロケット方式といわれる公的研究開発費の制度・予算の仕組みを解説する。

次に、技術革新への投資不足が日本経済の長期停滞をもたらしているとして、その投資不足の原因を探る。「誰かがお金をためたら、誰かが必ず借りる。その誰かは借りたお金を必ず使う。すなわち社会全体としては後世に貯蓄を残すこともできない」との法則を導き出し、高い貯蓄率が財政赤字を招いたと論ずる。また、貿易黒字が積み上がる日本の状況を「出稼ぎ父さんの居つかない寂しい家庭」だと例えて、経済の空洞化がもたらす問題を指摘し、国内に投資を呼び込むことが日本を元気にする、と提唱する。

そして後半では、環境や文化といった「第4の価値」を創りだす第4次産業に対して、日本がどれだけ積極的にかかわることができるか、その姿勢を見せることに意義があり、かかるコストは、国民と若者たちを元気づける投資と考えることが必要だ、と訴える。

その投資の一つとして科学技術ODA(政府開発援助)という方策を提示している。例えば、超電導技術を活かした電気抵抗ゼロの超電導ケーブルを地球上に張り巡らせ、世界各地の自然エネルギーを効率的に伝送するプロジェクト。世界が抱える課題を解決する技術を日本がイニシアチブをとって開発し、世界に貢献する。金でもなく血でもない、科学技術による世界貢献である。(注)

こうした貢献を通して、大人と若者が夢を共有する。夢の追求が新たな産業を起こし、次の投資を呼び、日本の景気回復をもたらす、というのだ。

著者は東京大学教授から科学技術振興事業団(現・科学技術振興機構)に転じた8年前から、科学技術による日本救済を繰り返し唱えてきた。しかし残念ながら、著者のこうした思いや取り組みが広く世の中に伝わっていたかどうかは疑問である。先の行政刷新会議による事業仕分けで、科学技術予算に対して厳しい問いが投げかけられたことも記憶に新しい。

本書は著者の数々の講演をベースに書き下ろされたものである。いまからでも遅くはない、大人も若者も、科学者も非科学者も、本書を手に取ることを強く勧めたい。著者とともに希望のある未来を創るために。

(注) 実際、科学技術振興機構と国際協力機構(JICA)との連携事業という形で2008年度より既に実施されている。環境・エネルギーをはじめとして、生物資源、防災、感染症と分野も幅広く、対象国も多岐にわたる。『地球規模課題対応国際科学技術協力事業

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