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「核廃絶」と唯一被爆国 第1回「遅れてきた「冷戦終結」の「配当」-「核テロ」の脅威が後押し」(金子敦郎 氏 / 元大阪国際大学 学長、元共同通信記者)

2009.08.04

金子敦郎 氏 / 元大阪国際大学 学長、元共同通信記者

元大阪国際大学 学長、元共同通信記者 金子敦郎 氏
金子敦郎 氏

はじめに

 オバマ米大統領の「核廃絶」演説(4月プラハ)は、64年目の夏を迎えた広島・長崎にはじめて希望を与えている。「原水爆禁止・核なき世界」の悲願は決して「夢」ではない、と。一方で不安に駆られて、「核の傘」の信頼性を維持してほしいと米国に訴える人たちもいる。唯一被爆国の2つの顔がそこにある。オバマ新戦略を、日本はどう受け止めればいいのだろうか。

広島・長崎への原爆投下からほぼ45年続いた冷戦、その終結から間もなく20年。この間、核兵器が再び使われることはなかった。なぜか。米ソ核超大国の対立の中で生まれた核抑止戦略は耐用年数を過ぎた。「核の傘」の虚構性も明るみにさらされようとしている。オバマの「核なき世界」の提唱は、この時代の変転の中から生まれた。

オバマの信念と現実主義

 オバマ大統領は、核廃絶は自分が生きている間には実現できないだろうと認めている。だが、リベラリストの夢や理想として「核ゼロ」を掲げているわけではない。オバマ 氏はコロンビア大学の学生時代、「核廃絶を目指せ」とする論文を書いた。レーガン大統領がソ連を「悪の帝国」と呼んで核軍拡を推進、米ソ核戦争の危機が高まったと「反核デモ」が米国や西欧で広がった時代である。オバマ 氏の「核廃絶」は青年時代からの変わらぬ信念とみてよさそうだ。

 オバマ大統領は現実主義者(リアリスト)でもあり、実務主義者(プラグマティスト)とも言われる。「核廃絶」は信念というだけではなく、「冷戦終結—ブッシュ以後」の核を巡る現実の上に立っている。

 ソ連帝国が崩壊し冷戦が終結した時、ブッシュ(父)米大統領は国民に「平和の配当」を約束した。国防予算を削減し、ソ連(ロシア)との戦略核削減交渉を進め、海外配備戦術核の米本土撤収にも取り掛かった。米国内では米ソ核超大国の対立を前提にした核戦略の転換を求める主張も高まった。軍事・外交専門家だけでなく、戦略空軍司令官を退官したばかりの空軍大将など多数の元将軍・提督がそこに加わっていた。彼らは過剰に膨れ上がった米ソ核兵器の大幅削減とあわせ、「核アラート体制」の解除、核先制使用放棄(no first use)」などを求めた。

ブッシュ政権と核テロの脅威

 こうした流れに逆らって、ソ連なきあとの世界を圧倒的な軍事力によって一極支配しようとしたのが共和党右派とネオコン(新保守主義者)だった。ネオコンが乗っ取ったといわれたブッシュ(息子)政権は核軍拡路線を推し進めた。「9.11テロ」を口実にした「大義なきイラク戦争」はイスラム過激派のテロを世界に拡散させた。ブッシュ政権は「ならず者国家」や武装勢力(テロリスト)の核保有に対しては核先制攻撃(preventive strike)も辞さずとする新ドクトリンを打ち出した。核戦争への危機感が高まり、「核戦略の転換」を求める動きが再び呼び覚まされた。

 キッシンジャー(共和党ニクソン政権安保問題補佐官・国務長官)、シュルツ(同ブッシュ(父親)政権国務長官)、ペリー(民主党クリントン政権国防長官)、ナン(元民主党上院議員・軍事委員長)の大物4人は2007年米紙への共同論文で、核兵器拡散がもたらす重大な危険に警告を発して、この脅威を防ぐには核廃絶しかないと訴えた。

 1970年前後から90年代にかけて、核抑止戦略の推進を含めて米国の軍事・外交をリードした人物がそろって「核廃絶」を唱えたことには重みがある。

 核兵器が紛争地域の中小国に広がれば、核戦争が起こる危険が高まる。核兵器が過激派武装勢力の手に流出し、テロに使われる恐れもある。核兵器が存在する限り、人類はこの恐怖から逃げ出すことはできない。オバマ大統領を「核廃絶」呼びかけに向かわせたのも、この「テロリストが核を手にするという差し迫った脅威」(プラハ演説)だった。

破綻したNPT体制

 核拡散を防ぐために核拡散防止条約(NPT)や包括的核実験禁止条約(CTBT)などの国際メカニズムはある。しかし、NPTは米英仏露中の5大国だけが核兵器を持ち、他の国には持たせないという不平等条約。これを受け入れさせる見返りとして、核保有国は真剣に核削減(究極は廃絶)に努力する義務を負った。

 だが、米国をはじめ核大国はこの約束を無視し続けてきた。彼らは自らは強大な核軍備を持ち、その上に軍事戦略を組み立て、外交・軍事のカードにして国益を追求してきた。その一方で他の国に核兵器を持つなと迫る。これでは説得力はない。核兵器開発に必要な科学的知識・技術も、ウラン資源も、核保有国が独占し続けることができなくなった。ある国が核を持とうと決意すれば、国際社会はそれを阻止することは難しいという現実が明らかになった。

 イスラエル、南アフリカ(現在は核を放棄)、インド、パキスタンへと、核は拡散していった。

 米国および核大国は事実上、それを容認してきた。だが、北朝鮮やイラン(核兵器開発は否定している)は「悪い国」だから核を持つことは許さないという。このダブル・スタンダード(二重基準)は北朝鮮やイランが受け入れるはずはない。「核拡散防止」体制は破綻した。

 ブッシュ政権は核による先制攻撃を含めた「力」で北朝鮮やイランの核開発を押し潰そうとしたが、軍事力行使の実効性は疑わしく、国際社会の支持も得られなかった。ブッシュ路線からの転換を図るオバマ大統領は、幅広い国際社会の支持を得ながら核拡散防止を効果的に進めるためには、(1)米国自らが「核廃絶」を目指す、(2)米軍事戦略における核兵器の役割を減らしていく、と宣言することが最低限、必要だと考えた。

元大阪国際大学 学長、元共同通信記者 金子敦郎 氏
金子敦郎 氏
(かねこ あつお)

金子敦郎(かねこ あつお) 氏のプロフィール
1954年麻布高校卒、58年東京大学文学部西洋史学科卒、共同通信社入社、社会部、サイゴン支局長、ワシントン支局長、国際局長、常務理事などを経て、97年大阪国際大学教授、2000年同大学国際関係研究所所長、2001年同大学学長、06年名誉教授。08年からカンボジア教育支援基金(KEAF‐Japan) 会長も。共同通信ワシントン支局長時代の1985年、支局員とともに現地の科学者、ジャーナリストの協力を得て米国立公文書館などから約200点もの米政府内部資料や関係者の日記などを入手、多くの生ニュースと連載記事「原爆-四〇年目の検証」を出稿した。著書に「壮大な空虚」(共同通信社、1983年)、「国際報道最前線」(リベルタ出版、1997年) 「世界を不幸にする原爆カード-ヒロシマ・ナガサキが歴史を変えた」(明石書店、2007年)など。

 

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