インタビュー

「男女が共に活躍できる社会へ」 第3回「研究者カップルの支援制度実現を」(大坪久子 氏 / 日本大学薬学部薬学研究所 上席研究員)

2015.08.20

大坪久子 氏 / 日本大学薬学部薬学研究所 上席研究員

大坪久子 氏
大坪久子 氏

男女共同参画社会基本法が施行されて16年、日本物理学会、日本化学会、応用物理学会など14学会(創立時、現在89学協会)から成る男女共同参画学協会連絡会が発足して13年目となる。男女共同参画社会基本法の歩みとほぼ同じ時期に、連絡会をはじめとする女性研究者支援の活動で積極的な役割を果たし、米国の女性研究者支援の歴史、現状にも詳しい大坪久子(おおつぼ ひさこ)・日本大学薬学部薬学研究所上席研究員に、女性研究者が力を発揮できる社会にするために、今求められていることは何かを聞いた。

―男女共同参画学協会連絡会が2007年に実施した「科学技術系専門職における男女共同参画実態の大規模調査pdfによると、女性研究者が抱える問題点が浮かび上がっていましたね。

2007年に実施した連絡会の第2回大規模調査でも、その5年後に行われた第3回大規模調査でも、依然として女性研究者の周りには多様なバイアス(偏り)があるという点では同じです。もちろん、米国の場合にもバイアスは厳として存在します。特に、日本の女性研究者には、男性に比べると独立をためらう傾向があります。「科学技術系専門職における男女共同参画実態の大規模調査」でも、「あなたはどんな研究者になりたいですか?」という問いに対する答えに違いがはっきり出ていました。「自分で研究室を持ちたい」という回答が男性に多いのに対し、女性では「自分で研究室は持ちたくないが研究は続けたい」という回答が多かったのです。そしてこの傾向は5年後の2012年の第3回大規模アンケートでもほとんど変わっていません。

女性研究者支援には、女性リーダーの育成が重要です。研究と家庭を両立させる支援だけでなく、女性側の意識も変えていく支援が必要であることに気づきました。どのように女性リーダーを育てるか、ワーク・ライフ・バランス(仕事と家庭の調和)をどういう形で保障していくか。会社の場合は、利益を上げるために女性リーダーを育てることが必要だと思えば、そうするでしょう。しかし、大学ですと、政府から言われたからやろうとしても、なかなかうまくは行きません。大学の場合は、大学自体がまず変わらなければならないのですが、それに気づくのが遅いのです。

女性のリーダーを育ててきた外資系企業のある人が言っていました。その企業では、リーダーになりたいと手を挙げた女性に「馬に乗ったら絶対下りるな」と強く言って、途中であきらめさせないようにするのです。これまでリーダーに選ばれた女性をみると、リーダーになりたいと自ら手を挙げる人、つまり自分から馬に乗る人と、やってみないかと言われ、押し上げられて馬に乗る人の比率は半々ということでした。

大学の研究者の場合で問題なのは、大学で研究したいけれど教授や准教授にはなりたくないという女性たちが、6割から7割弱いることです。前述の企業の場合、自分から馬の背中に乗っても、押し上げられて乗っても、乗ってみたら、どちらも遜色なく活躍するとのことですので、大学の女性研究者支援においても、リーダーを育てるためには馬の背中に押し上げて、「おまえはリーダーになるんだ! 絶対下りるな! 突っ走れえー!」と馬のお尻をひっぱたく必要があるのかも知れません。

―現在、力を入れられておられること、これから実現したいことがあればお聞かせ願います。

第3回大規模アンケート解析結果に基づいて、昨年4月に男女共同参画学協会連絡会が要望書を出しました。そこに書かれていることはすべて大切だと思っています。特にリーダー育成とワーク・ライフ・バランスの二つは最重要です。

リーダー育成のやり方として「馬の背中に押し上げて、乗ったら降りずに突っ走れと言って、馬の尻をひっぱたく」。これは、実はIBMの社訓(?)なのです。アカデミアでも結局は同じことだと思います。本気で女性研究者に期待をし、責任を持たせ、見守り、一歩一歩自力でステップを切り拓かせる、それをサポートできる仕掛けを国や大学が創るということでしょう。私たちは先の要望書の中でリーダー育成の仕掛けとして、「女性リーダー・イノベーション拠点モテル事業の創設」と「透明・公正・柔軟な評価・審査システム事業の構築 」を挙げています。この二つは相互にリンクしていると思います。

ワーク・ライフ・バランスの問題は、女性だけの問題ではない点が大変難しいのですが、10年やってそれなりによくなっていると思います。文部科学省の調査結果でも、定年退職以外の女性研究者の離職率も年々減っていますし、特に30代、40代の女性研究者の離職は相当減っています。それだけ女性研究者が増えてきたということです。

この2年ほどなんとか実現したいと力を入れていることに「Dual-Career研究者カップルの支援」という仕組みがあります。「Dual-Career」というのは、ここでは研究者同士のカップルのことです。研究者同士のカップルの一方(多くは男性)が、遠隔地の大学などに職を得て移った場合、もう一方(多くは女性)は研究をあきらめて一緒についていくか、別居しても自分のキャリアを追い求めるか、大いに悩みます。自分に定職があれば別居して研究生活を選択する価値はあるでしょうが、ポスドクだとやめざるを得ないということにもなります。また、子育ての負担はどちらか一方が担うことになります。

写真.米国で研究生活を送っていた時期の大坪久子氏(2列目右から2番目。前列は夫の栄一氏=当時ストーニー・ブルック大学アシスタント・プロフェッサー。1982年同大学の研究室で)
写真.米国で研究生活を送っていた時期の大坪久子氏(2列目右から2番目。前列は夫の栄一氏=当時ストーニー・ブルック大学アシスタント・プロフェッサー。1982年同大学の研究室で)

このようなときに、職位と人件費・研究費を併せ持つ「ファンド(基金)」に応募して、自分の職位と給与と研究費を独自に持つことができれば、定職を得て移動するパートナーとともに自分も移動し、子育てを共にしながら自分の研究を続けることが可能になります。男性の側が、定職を得た女性とともに移動するということも、もちろんあり得ます。

ある意味でフランス国立科学センター(CNRS)の制度に似ているのですが、私たちはこの制度を「バーチャル大学(研究所)制度」と呼んで、ポジションと自分の給与・研究予算を持つ「男女の研究者」が研究の場を移動できる制度として提言しています。もちろん、一番難しいのは「ポジション(職階)と人件費と研究費」を独自に持つバーチャル大学、つまりファンド(基金)を立ち上げることですが…。

―少子高齢化、人口減少という国家的課題に対応するには、女性にもっと活躍してもらわないといけないことは明白かと思いますが。6月に閣議決定された「科学技術イノベーション総合戦略2015」の中にも、女性参画を促進するために、ワーク・ライフ・バランスを実現する支援策と共に、科学技術イノベーションへの参入を目指す女性のロールモデルとなる女性リーダーの登用促進が重点的取り組みに盛り込まれています。

どうも財務省の方たちにすると「なぜ女性研究者だけ特別扱いしなければならないのか」ということのようです。しかし、男性研究者だって、この制度を利用できるわけです。国立大学の定員が減少の一途をたどっている現在、自分の給与と職位と研究費を同居支援ファンドから得た若手が着任してくれると、大学運営にも随分資するとは思いませんか?このアイデアは、遺伝学会や植物生理学会の若手の皆さんから数年前に出てきたものです。

文科省の方々も財務省が反対するからと乗り気ではないようですが、ファンド設立がすぐには無理なら、例えば、新たな学術振興会研究員制度で年間一人当たり800万円くらいの予算をつけていただけないものでしょうか。私たちはこれを「学術振興会DPD(DualPD)制度」と名付けて、最近の府省への提言に入れています。日本学術振興会の特別研究員(RPD)制度がライフイベントからの復帰支援制度として定着したように、Dual-Careerカップルを支援する「DPD制度」があってよいと思います。

ただ、この際に最も大切なことは、「優れたDual career 研究者を受け入れることが、その機関にとって、研究・教育人材の多様性を高め、大学や機関の運営に利するという考え方」に立って、公正な人事を通すことです。それができると随分、研究者の流動性が変わると思います。引き続き政府に納得してもらう運動をしなければならないと思っております。

―これまでのお話を伺いますと、女性研究者支援は実は女性だけにメリットがあるわけではないということでしょうね。2010年に策定された「第4期科学技術基本計画」では、「自然科学系女性研究者の比率を早期に25%、さらには30%。特に理学系20%、工学系15%、農学系 30%の早期達成および医学・歯学・薬学系合わせて30%の達成を目指す」という採用目標値が盛り込まれていますが。この意義についてどのようにお考えでしょうか。

この10年間の文部科学省の女性研究者支援事業のおかげで、基盤整備も進み上位職に進む女性も徐々に増えてきました。特に理工農分野に対しては、女性研究者の新規採用に関わる「数値目標」が設定され、一定の強制力として女性研究者数の向上に寄与してきたと思います。今や、この「数値目標」は第3期、第4期科学技術基本計画の下で積み上げた女性研究者支援事業の成果を退行させないための「抑止力」として機能しているのではないでしょうか。

その意味でも、これまで科学技術基本計画の中で掲げられてきた理工農そして保健分野にける数値目標は、まだ外せないと思っています。外した場合に、1990年代半ばにカリフォルニア州立大学で見られたように、女性研究者の採用数が減少することは容易に考えられます(注1)。日本の女性研究者支援の成り行きには、アベノミクスとも相まって、Scienceや Natureのような国際的な科学雑誌も注目(注2)しているのですよ。

(注1)
参考記事: Affirmative Action Guidelines for Recruitment and Retention of Faculty? In Faculty Diversity, UCLA, Office of the Associate of Vice Chancellor, Faculty Diversity, May, 2003
https://faculty.diversity.ucla.edu/affirmative-action-and-equal-employment-opportunity-1/DiversityGuidelines.pdf
(注2)
参考記事:(1) Still Less Equal: Japan’s government must stick by its promise to help women’s careers to prosper. Nature Editorials, 497 535, 30 May, 2013  (2) Japan Aims high for growth: Innovation in science is at the heart of government plans to boost the economy. By David Cyranoski, Nature Letters, 497 548, 30 May, 2013 (3) Women in Science: Plan to drop goals for women roils Japanese Science: Change stirs debate about how underrepresentation of women. Science 349 Issue 6244 p127-128、 July 10, 2015 by Dennis Normile, in Tokyo

(小岩井忠道)

(完)

大坪久子 氏
大坪久子 氏

大坪久子(おおつぼ ひさこ) 氏のプロフィール
1968年九州大学薬学部卒。70年九州大学大学院薬学研究科修士課程修了、1970年代から80年代の9年間、ニューヨーク州立大学ストーニー・ブルック校で、米国立衛生研究所(NIH)博士研究員(ポスドク)、リサーチ・アシスタント・プロフェッサー。82年東京大学応用微生物研究所助手。同分子細胞生物学研究所講師、日本大学総合科学研究所教授を経て、 2011年から現職。薬学博士。専門は「動く遺伝子(トランスポゾン)によるゲノム動態とその進化」。日本大学女性研究者支援推進ユニット長(2009度)、同スーパーバイザー(10年度)、上智大学女性研究者支援プロジェクト課題推進アドバイザー(11年5月~12年12月)、同グローバルメンター(11年5月~現在まで)。北海道大学・女性研究者支援室・客員教授(06年11月~09年3月)、九州大学科学技術人材育成費補助金「女性研究者養成システム改革加速」事業・全学審査会外部委員(09年~現在まで)。第4期男女共同参画学協会連絡会副委員長。第7期・第8期男女共同参画学協会連絡会提言委員会委員長。第12期・第13期男女共同参画学協会連絡会提言委員。

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