インタビュー

第3回「論理的思考力高める教育に」(西村和雄 氏 / 京都大学経済研究所 特任教授)

2012.06.18

西村和雄 氏 / 京都大学経済研究所 特任教授 

「物理を学ぶ若者増やせ」

西村和雄 氏
西村和雄 氏

「分数ができない大学生」(東洋経済新報社)を1999年に著して以来、高校までの数学教育の重要さを具体的な調査結果で繰り返し訴え続けている西村和雄・京都大学経済研究所特任教授らが、新たな調査結果を発表した。理科の中で特に物理を得意にしていた人が、社会に出てからも所得その他で優遇されていることを明確に示した調査結果だ。ところが調査結果からは、「ゆとり教育」以前の世代に比べ、新しい世代になるほど理科の中で物理が得意とする人は少なくなるという現実も明らかになった。「数学に加え物理を高校で学ぶ生徒を増やさないといけない」と言う西村氏に、新たな調査結果の意味するところを聞いた。

―求める人材がいなくて企業が困っているという話は、一般的には知らない人の方が多いのではないでしょうか。一方で、高校教育に関わっている人たちからは、国公立大学に進学した生徒数で教育の成果を評価する声も最近よく聞きます。何か関連でもあるのでしょうか。

企業は本当に困っています。採用に当たって学力を重視し、どういう科目で大学入試に通ったかが重要だ、ということを分かり始めていると思います。大学で今大きな問題になっていることといえば、私立大学で推薦入試やAO(アドミッションズオフィス)入試が増えていることではないでしょうか。ランクの高い私立大学でも半分を超える学生が推薦入試やAO入試で入っていると聞きます。それに加えて入試を受けて入った学生の中でも数学を入試科目にしていない人は多いですから、数学で受験していない入学者の数はもっと多くなるということです。

AO入試や推薦入試で入ってきている場合は、どうしても授業中の姿勢が受け身になりがちです。授業を一生懸命に聞いて理解しようとするならいいのですけれども、そうではなく、出席点をとるために授業に出席することだけという学生が多いということです。授業中もただ座っている学生が多く、授業が成立しないということもよく聞きます。少子化ですから、AO入試や推薦入試が減るとは考えにくく、この状況が改善されるのは難しいのではないでしょうか。

国公立大学の場合ですと、大多数がセンター試験を活用しており、少なくともセンター試験段階では数学を課しているところが多いと思われます。授業がほとんど成立しないという話はあまり聞きません。相対的にはより広く勉強している国公立大学の学生の方が教育しやすいとよく聞きますから、国公立大学の入試科目をまず正常化するのが現実的ではないかと思われます。それに私立の有力大学が続くかどうかということでしょう。

企業側にしてみれば、入学試験の受験科目がばらばらである私立大学の学生を採用すると、入試科目や所属していたゼミまで聞いて学力を確認でもしないと、学力が非常に低い学生を採用してしまうリスクが大きいことになります。

企業は今になって困っていますが、これまでは全く違うことを言っていました。ペーパーテストの学力より独創性だとか、学力よりやる気が大切だなどと。すべてが大切なのにもかかわらず、時々、学力を問題にする団体はあるものの、産業界全体としては採用に当たって別のことを言っていたわけです。

今は、産業界も大学も官庁ももっと学生の学力向上という同じ目的のため、効果的な方法を考えなければなりません。そのためにわれわれの行ってきたような調査結果を基に、これなら何とかなるという共通の方策を持つことが必要とされています。

―ところで数学や理科以外で、同様の調査は必要ないのでしょうか。

ほかの科目も大切です。国語教育も英語教育にも問題はあります。恐らく根は一つですが、その根の部分を言っても抽象的になってしまい、ほとんど効果がありません。国語や英語は、数学や理科と違って全員が学んでいますから、われわれがやってきたような比較ができません。性質がちょっと違います。

例えば英語での会話は皆十分ではないけれどもある程度はできるようになっています。国語にしても皆日本語で話しているわけですから話すことはできます。最大の問題は、今の国語、英語の教育が、論理的思考能力を著しく低めているということです。

―国語や英語教育が論理的な思考能力を低下させているのですか!

本来は国語も英語も数学も一緒になって論理的思考力をつくるものだと思います。ところが、例えばThis is a penと、How are you?のどちらが論理的思考力に役立つでしょう。How are you?では、文章構造が分からないでしょう。英語はきちんとした文章構造を持っているのに、主語、述語が分かりにくいものを最初に教えても、論理的思考力はつきません。日本語も、詩ばかり教えていては文章構造が分かりません。文章構造が理解できなければ、書けない、読めないということになってしまいます。

―特効薬はないということでしょうが、前に先生は小学校の1、2年生に導入された生活科はやめた方がよいといわれました。今の時点で、これはやった方がよいと思われることを最後にご指摘願います。

理科を小学1年生から教えることは重要です。というのは、高校1年の理科の科目に影響するからです。小学1、2年生の理科を廃止した時から中学で学んでいた理科の一部が高校に入ってきてしまいました。中学卒業時に昔の中学卒業時までに学んでいたことを終えるためには小学1年生から理科を教え、高校1年生の時から高校の物理・化学・生物などを始められるようにすることが必要です。そうしないと、高校1年生で、昔の中学理科の内容を学ぶための、基礎理科や総合理科などという科目が必修になってしまいますから。今は物理の履修率が低すぎます。理系は理科3科目は学ぶべきです。

(完)

西村和雄 氏
(にしむら かずお)
西村和雄 氏
(にしむら かずお)

西村和雄(にしむら かずお)氏のプロフィール
米ロチェスター大学大学院経済学研究科博士課程修了、Ph.D。日本、カナダ、米国の大学で教えた後、1987年から京都大学経済研究所教授。2006-2009年京都大学経済研究所 所長。ウィーン大学客員教授、パリ第一大学客員教授なども。2010年から京都大学経済研究所特任教授。2000-2001年日本経済学会会長。国際教育学会会長、日本経済学教育協会会長。編著書は『ミクロ経済学入門(第3版)』(岩波書店)、『分数ができない大学生』(東洋経済新報社)、『「本当の生きる力」を与える教育とは』(日本経済新聞社)その他多数。

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