日本の数学界が置かれた厳しい状況と打開策をまとめた日本学術会議の提言が公表された。
数学界の窮状に一般の関心が集まるきっかけとなったのは、2006年5月に文部科学省科学技術政策研究所が公表した報告書「忘れられた科学-数学」だった。さらに同研究所は米国の政府関係者などのインタビュー調査に基づき、米国が近年、数学研究予算を増加していることを明らかにした報告書「米国の数学振興政策の考え方と数学研究拠点の状況」を公表、この中で米政府関係者が日本に対して「明らかに数学に対する投資は十分でない」と見ていることも紹介している。(2006年10月25日ニュース「米国からも心配されている日本の数学研究」参照)
今回公表された日本学術会議・数理科学委員会数理科学振興策検討分科会の提言「数理科学における研究と若手養成の現状と課題」を読むと、状況は変わっていないことが分かる。
現状を端的に示す指摘として「博士課程の進学者数を5年程度にわたり政策的に抑制する措置」を応急的方策として提言していることが目を引く。国立大学重点化に伴い数理科学系大学院の定員は旧帝大系など大規模大学を中心に博士修士とも急増したものの、博士課程の定員を完全に充足している大学院は皆無、という現実に基づいた窮余の策ということだろう。
この背景として、博士号取得者が大学の常勤ポストに新規採用される数が大幅に減少し(毎年、博士号を取得して直ちに常勤の職に付けるのは10%未満)、短期研究職ポストは増加しているものの、期間を限定した任期が終了すると次の就職先がないという問題が顕在化している、という現状が指摘されている。
一方、「数理科学分野は科学分野の横断的基盤領域。数理的な思考は現代社会で基本的であり、高い数理的能力を持つ人材に対する社会のニーズは大きい」と、数値シミュレーション、ゲノム解析、金融工学、リスク・マネジメント、CAD、コンピュータグラフィックス、情報セキュリティ、大規模集積回路の設計など、数理科学が社会に貢献できる数多い潜在的な分野の存在も強調している。
ニーズはあるにもかかわらず、博士課程の定員を減らすことを応急策とはいえ提言せざるを得ないところに数学界の置かれた苦しい状況が伺える。
「数理科学を諸学や社会に開かれた形で発展させることに積極的だったとは言い難く、そのために応用部門の発展に後れを取っている」。提言は、日本の数理科学者集団の問題点も指摘しており、大学、行政、企業、学術関係者に加え、数理科学研究者コミュニティに対しても具体的な努力を求めているが、道は険しそうだ。