シンポジウム「21世紀を豊かに生きるための科学技術の智」(2007年8月27日、日本学術会議科学力増進分科会 主催)閉会あいさつから
本当に科学技術は必要だと一般の人は考えているだろうか? 科学技術などいらないと考えているのではないか。せいぜいどんな薬を飲んだらよいか程度の関心しか持っていないのではないだろうか。薬は死んでしまう心配がありますから。
数学は理科の言葉。人間が生きていくためには言葉として数学が必要だ、と初中等教育できちんと教えてもらい、科学技術リテラシーを持つことによって生活が実に楽しくなる。そういう世の中を作り出したい。豊かに生きていくためには科学や技術をうまく使わないと損する。正しい知識をもたないと、納豆がダイエットに効くなどというあんなばかなことになるのだと。
理系の人気は高校になると急に下がる。生徒に質問すると「理系に進もうとすると親が反対する」という答えが返ってくる。経済や法律にしなさい。工学部などに行ったら勉強ばかりさせられて、社会に出たら待遇は悪い。文系に比べたら生涯賃金で1億円も違う、などと親が反対するという。
私はこの問題に関しては唯物論的な立場を取る。科学技術をやると役に立つのだということを見せないと駄目だ。文系に比べ理系の待遇は明らかに低い。せめて文系と同じレベルに持って行かないと。中国を見てほしい。指導的な政治家は理系出身がずらりと並んでいる。日本は、官僚も入るときは理系も文系も同じくらいいるが、上に行くと文系ばかり。そういう社会を変えない限り、科学技術の振興はあり得ない。だから、簡単な話だ。理系の待遇を2倍にすればよい。
もう一つの問題は、教育費だ。この10年間、米国、フランス、英国、中国、韓国の教育費の増加はすさまじい。日本は私が文部大臣をしていたころを最後にスーッと下がっている。これでは教育の質をよくすることはできない。初中等教育費をGDP(国内総生産)比で見るとOECD(経済協力開発機構)各国平均は3.6%。それでもってOECD各国は、国際学力調査の読解力ランクで1〜15番に入っている。ドイツは21位。なぜか? 初中等教育費がGDP比で2.9%とOECD各国平均より低いからだ。
日本(GDP比2.7%)は、2000年に8位だったのが2003年に14位に下がっている。韓国(GDP比3.5)は、2000年の6位から、2003年には2位に躍進している。
高等教育費になると、日本はGDP比で0.5%。世界最低の水準だ。ドイツは初中等教育費こそ低いものの、高等教育費は1.0%あり、ノーベル賞受賞者も結構出している。なぜ日本の高等教育が維持されているのか。お父さんお母さんがGDP比で0.8%もの教育費負担をしているから日本の高等教育は保たれている。ヨーロッパは0.1〜0.3%だ。
日本の学力が下がったのは、当たり前の話。初中等教育の現場では、科学を専攻した先生がほしいと言っている。増やせばよい。とにかく教育費を上げるよう皆、声を上げてほしい。
有馬朗人(ありま あきと)氏のプロフィール
1930年生まれ、1953年東京大学理学部物理学科卒業、56年東京大学原子核研究所助手、58年理学博士、71年米国ニューヨーク州立ストニーブルク校教授、75年東京大学理学部教授、89年東京大学総長、93年理化学研究所理事長 98年7月〜2004年7月参議院議員 2000年から財団法人日本科学技術振興財団会長 04年科学技術館館長も兼務。参議院議員時代の98年7月〜99年11月文部大臣、99年1月〜99年11月は科学技術長官も兼ねる。2004年文化功労者に。俳人としても著名。