インタビュー

第1回「頓挫した原子力事故用プロジェクト」(広瀬茂男 氏 / 東京工業大学 大学院理工学研究科 卓越教授)

2011.05.19

広瀬茂男 氏 / 東京工業大学 大学院理工学研究科 卓越教授

「ロボット研究開発は目的を明確に」

広瀬茂男 氏
広瀬茂男 氏

福島第一原子力発電所事故は、燃料溶融が起き、圧力容器だけでなく格納容器の損傷も起きていることが明らかになってきた。圧力容器から流出した高濃度の放射能汚染水を処理するだけで困難な作業が予想されており、当面の目標である原子炉冷温安定化が東京電力の工程表通り9カ月以内にできるか危ぶまれている。放射線量の高い原子炉建屋内での作業にはロボットの力が不可欠とみられるが、これまで原子炉建屋内で活躍したロボットは、米国製。日本のロボット技術は、どうしたのだろうか。ヘビ型ロボットの開発などを通じ真に役に立つ技術開発の重要性を強調している広瀬茂男・東京工業大学大学院理工学研究科卓越教授に、ロボット技術開発の現状と課題を聞いた。

―日本学術会議が、福島第一原発の高濃度放射能汚染水の処理、原子炉圧力容器、燃料プールの冷却など当面の応急対策だけでなく廃炉、周辺地域の除染という息長い対策にロボット技術を活用すべきだ、と提言しています。活用できるようなロボットの開発というのは行われていなかったのでしょうか。

残念ながら原子力施設用のロボットは開発していませんでした。しかしオウム真理教によるサリン事件のような事態を想定して開発したロボットがあるので、それを原子力施設内部の検査などにも使えるようにして待機をしています。階段を上り下りでき、ドアを開けて中のサンプルを取ってきたりできます。ただこのロボットは学生が博士論文を書くために改造したりしていて信頼性は保証できません。これとは別の、企業と開発した兄弟マシンの方は、すでに現場に運ばれていて実際に活用されるかもしれない状況になっています。

月探査用のロボットも宇宙航空研究開発機構と共同で開発しています。非常に不整地走行性がいいので、それも必要があれば提供できるように待機しており、今後の導入に必要と思われる改造も急きょ始めています。

それから、もう一つヘビ型ロボットもいろいろやってきました。将来はがれきの中のようなより狭い場所へも入り込まないといけないだろう、と考えてのことです。大学での開発では担当した学生が卒業してしまうと動かせなくなってしまうロボットが多いのですが、このロボットについても同じで、現在は新人学生と一緒に、すぐに現場で使えるものを急いで開発している途中です。

レスキュー用クローラー型ロボット「HELIOSIX」
(提供:広瀬茂男 氏)
レスキュー用クローラー型ロボット「HELIOSIX」
(提供:広瀬茂男 氏)
月探査用ローバー「Tri-Star IV」
(提供:広瀬茂男 氏)
月探査用ローバー「Tri-Star IV」
(提供:広瀬茂男 氏)

―原発の現場ではないのですが、今回、被災地の海で遺体を捜索するのにロボットを使ったそうですね。

東京消防庁の意向も聞き、臨港消防署でおぼれた人の探索などに使える水中ロボットも開発してきました。津波被災地から要請があったため、これについては4月下旬に2日間、宮城県亘理町の荒浜漁港に持って行ってきました。広い範囲を捜索するには、ボートでロボットをけん引する必要があります。被災地はどこもボートがなく、荒浜漁港だけは自衛隊のボートがあるというのでこちらに行きました。ところが使えるのは小さなボートの上、当日は海も荒れており、学生を乗せてもしものことがあったら困るため、岸からできる範囲を捜索せざるを得ませんでした。

荒浜漁港は、定置網の倉庫が津波で全部、流されてしまい海の底が定置網だらけになっていました。海上保安庁のダイバーもここはひどいと言っていたそうです。われわれのロボットも保護用の足が定置網にひっかかってしまうなどのトラブルがあり、作業できた時間は実質2時間くらい。結局、遺体を見つけることはできませんでした。

水中探査ロボット「Anchor Diver III」
(提供:広瀬茂男 氏)
水中探査ロボット「Anchor Diver III」
(提供:広瀬茂男 氏)
「Anchor Diver III」による宮城県亘理町荒浜漁港での探索作業
(提供:広瀬茂男 氏)
「Anchor Diver III」による宮城県亘理町荒浜漁港での探索作業
(提供:広瀬茂男 氏)

―このロボットはいつごろから開発されたものですか。

当初、科学技術振興機構と米国科学財団(NSF)から研究開発費をもらいマサチューセッツ工科大学(MIT)やハワイ大学と共同で研究開発しました。今のは2年前に改良したモデルです。このようなロボット開発には、HIBOTという東京工業大学発のベンチャー企業に強力に支援してもらっています。HIBOTはヒロセ・ラボラトリー・ロボットの頭文字を取った社名で、私の研究室の卒業生や留学生が実用機をつくる目的で立ち上げました。水中での性能はかなりよいことが分かってきたので、カメラ系など改善して再度現場に提供できるようにしようと改造に取り掛かっています。

―今、関心を集めている原子力施設の事故に対応できるロボット開発の経緯を伺います。研究開発は行われたのに役立つものができる前に研究開発が中断してしまった、と報道されていますが。

1999年に茨城県東海村で起きた核燃料加工会社「JCO」で起きた臨界事故の後、通産省(現経済産業省)が 30億円くらい予算を付け、企業を集めた研究開発をスタートさせました。三菱重工、日立、東芝とフランスのサイバネティックス社が参加しました。そのうち、三菱重工は「MARS」という名のロボットをつくりました。これは4つの「クローラー(無限軌道)」を持ち、階段を安定して上り下りできて、不整地でも姿勢が安定しているのが特徴です。私は、この足回りの基本特許二つを三菱重工に使用許諾した経緯があったので、実用化されることを強く願っていました。

ところが、重すぎるとか、性能がよくないといったクレームがつき、他の会社のものも含め皆、廃棄するという結論になってしまいました。1年もかけずに超特急で作らせて、出来たら「ハイ捨てます」という判断をするとは信じられない話ですが、実際そうだったのです。

―4社が開発したロボットが全滅してしまった、ということですか。

そうです。2002年秋に担当の方が私の所に来て、すべて廃棄処分するけど使わないかと言われました。これは大変なことだと思い、結局、私の研究費から何とか保管費用を捻出し、2003年の春から大多数を大型トレーラに搭載して川崎の駐車場に保管できるようにしました。しかし、その後は数回、試運転してみることしかできませんでした。

(続く)

広瀬茂男 氏
(ひろせ しげお)
広瀬茂男 氏
(ひろせ しげお)

広瀬茂男(ひろせ しげお) 氏のプロフィール
東京生まれ。東京都立日比谷高校卒。1976年東京工業大学制御工学専攻博士課程修了(工学博士)。同学助手助教授を経て92年東京工業大学機械物理工学科(2000年以降機械宇宙システム専攻)教授。2011年卓越教授、スーパーメカノシステム創造開発センター長。専門はロボット創造学。1999年(第1回)Pioneer in Robotics and Automation Award、2001年文部科学大臣賞、04年IFToMM Award of Merit、06年紫綬褒章、08年エンゲルバーガー賞など受賞(章)。主な著作は「ロボット工学」(裳華房)、「生物機械工学」(工業調査会)、「Biologically Inspired Robots」 (Oxford University Press,1993)など。IEEE、日本機械学会、日本ロボット学会フェロー。日本学術会議連携会員。

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