インタビュー

第3回「内外に多くの発信を」(香坂 玲 氏 / 名古屋市立大学 准教授、COP10支援実行委員会アドバイザー)

2010.01.18

香坂 玲 氏 / 名古屋市立大学 准教授、COP10支援実行委員会アドバイザー

「生物多様性条約にもっと関心を」

香坂 玲 氏
香坂 玲 氏

昨年12月、コペンハーゲンで行われた国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)は、法的拘束力のある京都議定書以降の枠組みづくりに失敗しただけでなく、全加盟国が義務を負う合意も得ることなく閉幕した。COP15に続き、ことしは10月に国連生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が名古屋で開かれる。こちらも先進国、途上国間の主張の隔たりは大きい。条約の実施状況、先進国と途上国の対立点、名古屋会議で日本に期待されている役割は何かなどを、元生物多様性条約事務局員でCOP10の支援実行委員会アドバイザーを務める香坂 玲・名古屋市立大学准教授に聴いた。

―議長国としての日本の立場もなかなか厳しいものになりそうですが、名古屋で開かれることの意義と、そのチャンスの生かし方を伺います。

名古屋市で開催されるメリットとしては、1つは2005年の万博の経験と施設が大きな後押しになるということです。もう1つは、東京と京都ではない場所だということではないでしょうか。海外の方たちの日本を見る目は、大都市で最先端技術に満ちあふれた東京か、さもなければ古都京都という2つのイメージに限られている節があります。東京、京都とは異なる農村を含めた東海圏という地域を見ていただけるよい機会になると期待しています。

人口の規模にしても、名古屋市220万人、愛知県全体で700万人強ということで、それほど大きくありません。1,000万人を超える都市というのはアジアには確かにいくつもありますが、ほかの地域ではあまりないのです。例えば都市と生物多様性というテーマで議論が交わされる会議では、「こういった規模でこうした活動をしている」という情報発信を市長や自治体がやりやすくなるのではないでしょうか。名古屋のような規模の都市で会議を開くことによってそうした効果も期待できます。

そのほかにも、名古屋は日本の得意な物づくりや技術力がとりわけ盛んな地域という特色があります。自動車を中心にした輸送用機器などの生産で培ってきた技術や人材の育成のノウハウを、今後の産業や国づくりにどう生かすか。そういうところにまで敷衍(ふえん)できるきっかけになることも願っています。

―それは日本国内だけではなくて、海外にも参考になるという意味ですか。

そうでもありますし、日本にとってこれからこういう展開をしていきたいと期待される分野についても同様です。例えば水に関するビジネスです。水ビジネスは非常に盛んになっていく見込みで、水の浄化装置という「モノ」だけではなく、水の浄化、上下水道の管理など、水のサービスやシステムの提案など人材も含めて、国、地方自治体、企業や市民社会が連携して、提供や提言していける可能性があります。直接生物多様性とは関連性が一見薄いようですが、東海中部地区では航空業などもこれから力を入れていこうという分野です。藻場や渡り鳥に配慮した空港づくりなどは、中国の上海市などの他国でも重要となるテーマです。今後の名古屋地域の成功例を通じ、今後の日本の姿を国民に考えていただく意味も大きいと考えております。

さらに、日本の古い歴史、あるいは里山とか里地、そういったものを見せていくチャンスの一つにもなり得るということですね。里山イニシアチブという形で、里山をうまく使っている地域社会をモデルとして示すことが考えられます。人手が加わることによって維持されている生物多様性もあることを訴えていくのです。里山というのは結局、農業に影響を与えている林や林業が存在すること、と言えるでしょう。人の影響を排除して保全していくのではなく、人の影響が加わる形で維持されているような生物多様性もあるというよい例です。ただ、日本は木材の8割を輸入しており、他国の自然資源に圧力を加えている現状を批判的にみる国内外の専門家もいます。

また世界的に見れば、これまではどちらかというと人の影響を排除したり、なるべく触らない自然を守っていこうという声が大きかったのです。人の手が加わりつつも、共存できるシステムというものをつくる活動を知ってもらう意味は大きいと思います。例えばわれわれが飲んでいるコーヒーは、ほとんど熱帯林に近い場所で生産されています。商品となって売られている小売店から出発して、運ばれてくる流通過程、生産されているブラジルやベトナムの地域社会と周辺の森林に対する影響というように想像力を広げてもらうことも大事だと思うのです。

コーヒーの産地と希少生物が集中している地域は重なります。樹木の間で作物を栽培するアグロフォレストリーにコーヒーは向いています。日陰でも育ちますから。このようにコーヒーの生産地まで思いをめぐらすことで、熱帯雨林の保全にも貢献しながら生産しているコーヒーを飲むという消費行動にもつながります。どういうものを消費していくのか。どういうものを買うのか。持続可能な商品とは何か。名古屋での会議ではそうしたことにも関心が集まるのではと期待しています。

―サステイナブル(持続可能な)消費行動ということですね。これは特に日本国民に向けたアピールということですか。

いえ、全世界でその傾向がみられます。中でも日本は水産資源の一大消費国ですし、木材もそうです。木材、水産資源、こういったものの消費の仕方、貿易のあり方というものを考えるのが日本の課題の一つでしょう。里山のような伝統的な地域社会の再評価も含めて…。利用しながら維持されている多様性があるという事例は、世界も注目するのではないでしょうか。

さらに都市生活をしながらどうやって多様性を維持していくのかについても、日本から外国の参加者に向けて発信できることはあると思います。例えば夜の間は都市も割と静かなので、屋上緑化をうまく使えば、夜間に夜行性の生物が来てくれるかもしれません。銀座ミツバチプロジェクトのようにミツバチをうまく都市の中で飼っていくことで街が活気づきます。あるいは自分たちの食べ物を都市で得ていくという行為を通じて、まちづくりと生物多様性を結びつけることができます。都市に住みながら何かやっていけることはないかを考える面でも、日本独自のアイデアや活動があるのでは、と思います。

それから日本では過去のものになった技術やノウハウ、あるいは特許でもよいのですが、それらを共有していく場にすることで十分な国際貢献になります。日本では既に必要ない技術でも途上国には十分応用できる。そんな技術はどんどん移転して、途上国との信頼関係を築いていけば、日本の国際的なプレゼンスを高めることができます。

そもそも生物多様性というのは私の直感からいうと、日本人に非常に分かりやすい話なのではないかと思うのです。俳句の季語のような文化や地域的特徴からみてもそう考えられないでしょうか。

昨年暮れにコペンハーゲンで開かれた気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)は新政権ができてからあまり時間がありませんでしたから、対応も難しかったように見えます。しかし、COP10が開かれるのは10月ですから日本の独自色というものを出していくための時間は十分ある、と期待しています。

(完)

香坂 玲 氏
(こうさか りょう)
香坂 玲 氏
(こうさか りょう)

香坂 玲 (こうさか りょう)氏のプロフィール
1975年静岡県生まれ。東京大学農学部卒、ハンガリーの中東欧地域環境センター勤務後、英イーストアングリア大学大学院修士課程終了、ドイツ・フライブルク大学環境森林学部で博士号取得。国際日本文化研究センター研究員などを経て、2006年カナダ・モントリオールの国連環境計画生物多様性条約事務局員、08年から現職。COP10支援実行委員会アドバイザーのほか世界自然保護基金(WWF)ジャパン自然保護委員会委員も。研究分野、課題は森林管理・ガバナンス、景観評価、貿易摩擦。著書に「いのちのつながり よく分かる生物多様性」(中日新聞社)。

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