インタビュー

第4回「教育にお金は必要」(滝川洋二 氏 / NPO法人理科カリキュラムを考える会 理事長、東京大学 特任教授)

2008.06.23

滝川洋二 氏 / NPO法人理科カリキュラムを考える会 理事長、東京大学 特任教授

「望ましい理科教育とは」

滝川洋二 氏
滝川洋二 氏

昨年12月に公表された経済協力開発機構(OECD)の国際的な学力調査(PISA)結果から、日本の高校生の学力、特に応用力が低下していることが明らかになった。教育再生会議(1月に最終報告者)も理科教育は英語と並び抜本的な改革が必要と提言、中央教育審議会もまた、理数系と英語の授業日数増を提言している(昨年10月)。日本人の科学技術に対する関心の低さに危機感を持つ日本学術会議も3月「日本人が身に付けるべき科学技術の基礎的素養に関する調査研究」(科学技術の智プロジェクト)最終報告書を公表した。文部科学省は同じく3月、9年ぶりに見直した小中学校の学習指導要領を公表、理科教育重視の姿勢を示している。これらの動きとその影響について教育現場はどう見ているのか。理科教育改善に長年取り組んでいる元高校教師で現在、NPO法人理科カリキュラムを考える会理事長などを務める滝川洋二・東京大学特任教授に聞いた。

―これからのことを伺います。

今、日本だけではなく世界全体が教育の中でも特に理数科を重視し、そうすることが経済の発展の基礎になると考えていますよね。先進国ほどその考えが強く、実際にそのように動いていると思います。日本だけがこうした姿勢をとっていなかったのです。理科を減らしても大丈夫だと政府が思っていたのです。

いろいろな批判があり、OECD(経済協力開発機構)のPISA(生徒の学習到達度調査)で学力低下が見られたことなどから授業時間数の回復が図られたわけですが、きちんとしたビジョンまでは持てていないのです。だから、今回の学習指導要領改訂で、日本の教育が本当に良くなると確信している人はほとんどいません。フィンランドなどは理科に限らずそうしたビジョンを持っているのです。その結果、自分たちがやってきた教育が世界中から注目されるようになってきたと自信を持っています。

OECDというのは国際的な組織ですが、やはり欧州中心のところがあるのですね。OECDは経済成長を第一に考える組織ですから、日本で言えば経団連と共通点がありそうなのですが、方向が違います。OECDは最初に教育のビジョンを議論して、その上でビジョンに合うテスト問題をつくり、その方向に教育を変えようとしています。その中には知識だけではなく、社会の変化に対応して動ける人間を育てるという目的が含まれています。自分で問題意識を持って行動できるし、問題意識をもって勉強する。そんな人間をつくる教育をどうしたらできるかを、上手にやったのがフィンランドです。子どもたちが自分で学んで行こうとするのを丁寧に支援するやり方です。国が規制するのではなく、先生を信頼して任せる。その方が世界との競争にも勝つという考え方です。

かつて日本にもそういうところがかなりありました。今でも日本がものすごく落ちているとは思えません。フィンランドと競えるくらいの教育のベースは持っていると考えています。フィンランドのようなことをやろうとすればできるはずです。日本の先生はかなり優秀ですから。教育技術は日本の方がレベルは高く、多分欧州より上、アジアでは飛び抜けています。ある程度の先生なら、40人の子どもをしからないで、興味を持たせ、こちらを向かせ、静かにさせて、考えさせ、議論させ、作業させるだけの力を持っています。これには理科の能力以外にもっと教育技術が必要なのです。

日本の先生、特に小学校の先生は、うまく子どもたちをつかまえることができる力が全体として高い。しかし、今のところ理科の知識・技術が少ない。こうした先生に、もうちょっと理科を詳しく分かってもらうというのが今後の課題でしょう。高校や大学の先生が小学校に行っても、教育的な技術がないので教える前に子どもを静かにできないでしょう。日本の先生は、教育の力量を持っており、研修する意欲も持っているので、上手にチャンスを与えれば伸びるのです。会議の時間、書類を書く時間がものすごく多くて、教材の研究に時間を振り向けるのがたいへん難しくなっているのです。フィンランドの先生などは、拘束されるのは授業の時間で残りは自由、午後3時半くらいになったら帰ってよいのです。

これから理科教育をさらによくして行くには、文部科学省より財務省に対する働きかけの方が大事ではないかと思っています。責任を負うべきところは財務省ではないかと考えるからです。教育にはこれ以上、お金をかける必要はないという発想の財務省が変わらないと、どうにもならないのではないかということです。文部科学省は、教育にもっとお金をかけてほしい、先生を増やしてほしいと言っているわけですから。文部科学省を批判するより、これからは財務省の人たちが分かるような動きを皆で作っていくことが必要ではないでしょうか。

50年先、100年先を考えれば、日本はものすごく人口が減って行くのは間違いありません。子どもは国の財産だ。皆が力をつけていかなければという国全体の覚悟がないと将来は危ういのではないでしょうか。図書館をきちんと作って本を読む習慣をつけさせたり、テレビを見過ぎないようにさせるなど、子どもをきちんと教育する環境を社会全体が作っていく必要があります。

有馬朗人先生が文部大臣をされていたとき、先生は少人数学級をはじめ必要だと思うことはかなり提案されたのだろうと思います。しかし、当時の大蔵省の壁の前に、国民全体の教育水準を上げる施策は実施できず、お金がかからない提案が残り、結局、エリート教育などという批判を受ける羽目に陥ったのだと思います。当時、先生自身は「お金がないから」などとは言われませんでしたが、お金で苦労したという気持ちはあるのではないでしょうか。最近、お金をかけないとよい教育はできない、とあちこちでさかんに言われてますよね。もし、少人数学級が実現していたら、先生が考えられていた「ゆとり教育」も成功したかもしれません。25から30人の学級ならどんな先生でも子どもを掌握できるはずです。

文部省が変わるなどとは、かつてわれわれも考えませんでした。しかし、新しい時代は自分たちで作るほかないと思って動いたのがよかったし、これからもそうしていかなければならないと思います。それが民主主義社会なのではないか、と。

これからは文部科学省ではなく財務省に伝わるような意見の出し方を研究しないといけないと思っています。

(完)

滝川洋二 氏
(たきかわ ようじ)
滝川洋二 氏
(たきかわ ようじ)

滝川洋二(たきかわ ようじ)氏のプロフィール
1949年生まれ。埼玉大学理工学部物理学科卒、国際基督教大学博士課程修了、1979年から国際基督教大学高等学校教諭、2006年から東京大学教養学部附属教養教育開発機構特任教授。教育学博士。高校教諭時代からNPO活動を通した理科教育の改善に取り組み、この功績で05年文部科学大臣表彰。「青少年のための科学の祭典」2006全国大会実行委員長、NPO法人理科カリキュラムを考える会理事長、NPO法人ガリレオ工房理事長。専門は概念形成研究、科学カリキュラム研究、物理教育。『どうすれば理科を救えるのか-イギリス父子留学で気づいたこと』(亜紀書房)、滝川・吉村編『ガリレオ工房の身近な道具で大実験第4集』(大月書店)、「発展コラム式中学理科の教科書第1分野」(講談社ブルーバックス)など著書、編著書多数。

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