理系の人気のなさを若者のせいだけにしては駄目、という主旨の発言を、吉川弘之・産業技術総合研究所理事長がしている。
産業技術総合研究所の機関誌「産総研TODAY」10月号と物質・材料研究機構の機関誌「NIMS NOW」10月号が、吉川理事長と岸輝雄・物質・材料研究機構理事長の対談「独立行政法人の明日について」を同時掲載している。
この中で吉川氏は「なんとなく理系を嫌だと思っている。そういう若者の直感というのは、私は逆に非常に頼りになると思っています」と語っているのだ。
「理系の人気のなさというのは社会的な問題です。ベルギーなど小さな国では、政策的に理系の給料を上げたりしていますが、イギリスではダメ、アメリカも日本もダメです」と、理系の不人気が先進大国に共通に見られる現象であることを指摘している。
若者の理系離れについては、東京大学総長や文部相、科学技術庁長官などを務めた有馬朗人氏も「理系の待遇(報酬・給料)を2倍にする」といった大胆な対策を国全体でとらない限り解決が難しいことを力説している(8月28日付サイエンスの未来を語る「教育費と理系の待遇上げずに科学技術振興あり得ない」参照)。
吉川氏は、待遇については具体的に述べていない。「工学とは何か、工学の使命は何かということをきちんと述べる仕組みがなかったことが、今の状況を生み出している面がある」ことを強調している。それは、以下のようにも表現されている。
「本質は理系の問題だと思います。若者というのは将来に対して、説明はできないけれど非常に鋭敏な感覚を持っていて、それに基づいた異議申し立てなのです。理系をやって知識ばかり増えてしまっても、仕方がないじゃないか、ということです。例えば貧富の差は拡大しているではないか、ということです」
では、どうすれば打開が可能か。
「知識をどのように使うべきかという、『知識を使うための知識』についての学をつくらなければいけない。…『工学の哲学』のようなものですね」
その実践の役割を果たす機関こそ、独立行政法人ではないかというのが、東京大学総長、日本学術会議会長も歴任している吉川氏の主張の柱のようだ。「非常に狭い分野でドクターを取得」した大学院修了者に、産業技術総合研究所で「第2種基礎研究」(注1)さらに「本格研究」(注2)をやらせて「リハビリ」し、3年ないし5年後に「新しいジャーナル(編集者注:大学院で博士号をとった専門領域以外の学術誌という意味か)に論文を投稿する。それが私たちのコースの卒業論文」というわけだ。
大学院で博士号をとった専門領域、テーマの研究だけにこだわっている限り、企業が歓迎するような研究者にはなりえず、従って今問題になっているポスドク問題の解決もない、というのが吉川氏の主張のもう一つの主旨のようである。
(注1) 第2種基礎研究=未知現象より新たな知識の発見・解明を目指す研究を「第1種基礎研究」と定義し、「経済・社会ニーズへ対応するために異なる分野の知識を幅広く選択、融合・適用する研究」を指す。
(注2) 本格研究=「第2種基礎研究」を軸に、「第1種基礎研究」から「製品化研究」にいたる連続的な研究(いずれも産業技術総合研究所ホームページから。吉川理事長が提唱し、推進している新しい研究開発方法論)