ハイライト

防災まで含めたリスク評価を 原子力安全向上に不可欠(宮野 廣 氏 / 原子力発電所過酷事故防止検討会 主査)

2016.01.29

宮野 廣 氏 / 原子力発電所過酷事故防止検討会 主査

「原子力発電所過酷事故防止検討会報告会-防災までを共に考える原子力安全」(2016年1月21日)講演から

宮野 廣 氏
宮野 廣 氏

 原子力発電所が二度と過酷事故を起こさないためにどうするか。福島第一原発事故が起きた翌年の2012年秋に、阿部博之(あべ ひろゆき)元東北大学総長の呼びかけで検討会を作り、議論を始めた。「人が開発した技術は、どのようなものであっても意味を持って開発されたものであり、それをいかに人に役立つものとして使えるようにするかは、科学者・技術者の重要な役割」。こうした考えに基づき、「原子力発電所過酷事故防止検討会」(注)として、既に福島原発事故の教訓から何を学ぶべきかを検討し、2013年4月に10項目の提言にまとめた。

 報告書と共に原子力規制委員会に提示し、提言の多くは原子力規制委員会・規制庁が定めた新規制基準に取り入れられている。しかし、その中で最も重要と位置づけた課題「リスク評価の活用」については、いまだに十分な取り組みができているとは言えない。

ソフト面の対応不十分な新規制基準

 大量の放射性物質を大気、環境に放出する事態を招いてしまった主要な要因は、自然災害とりわけ津波の想定が不十分だったことと、事故への展開を止めるアクシデントマネジメント策が不十分だったことにある。さらに実効性がなかった防災体制と、役立たせることができなかった国際社会との交流、具体的に言えば、国際社会の知見の取り入れ、特にリスク評価への取り組みがなされなかったことが挙げられる。

 過去の事故をみても、人間のミスなど人に関わる部分での事故要因や不具合要因は多い。欧米では既にリスク評価に取り組み、想定外事象に対しての安全性の確保に生かしている。しかし、福島での事故では、この領域での対策の遅れが目立った。事故後にできた新規制基準の多くは設計要因への対応となっており、ほとんどが設備の対策だ。ソフト面での対応では、十分な対策とはなっていない。欧米では既に1979年のスリーマイル島原発事故以降、リスク評価に積極的に取り組み、さまざまな対策に生かしている。

講演の様子

住民から見たリスク評価も

 これまで原子力界が取り組んできたリスク評価は、原子力発電所内に限られているものが中心だった。防災の領域は「単に逃げればよい」、「そのような事態になることはない」などとして、大きな放射性物質の放出があった時に、放射線によりどの程度の人的被害が発生するかを把握することが提案されてきただけだった。福島原発事故は、住民目線での原子力安全と防災を考えることと、何がリスクかを社会として共に考えることが必要であることを示したといえる。

 設計、運用面に加え、防災での対応をきちんと考えることでトータルとしてハザード(危険)規模を小さくし、リスクを小さくし、安全を高めることができる。設計だけでは想定外への対応はできない。設備だけの対応や原子力発電所側からみているだけではなく、住民、社会の皆さんと一緒にリスクを考えていく必要があるということだ。住民から見たリスクを考えなければならない。

 原子力利用でのリスク分析・評価は、原子力の専門家やリスクの専門家だけでなく、メーカーや電力、地方自治体、地域住民、一般社会の人々も加わり社会全体としてのリスクマネジメントに取り組むことが必要になる。これは、原子力利用でのリスク分析・評価が一般の防災にも役立つことを示している。設計基準も、防災もしっかりやり、合わせて原子力発電の安全を共に考えるリスクマネジメントによって、リスクを低減することができ、社会の便益にもつながっていく。

想定外をなくすために

 安全対策で「想定外」をなくすには、リスク評価により、起こり得る事故のシナリオ(考えられる状況)を認識することが必要だ。客観的かつ定量的なリスク情報に基づく合理的な安全対策の検討が安全性向上に役立つ。さらに社会との対話を通して、リスクの評価結果、リスク低減の目標、対策の意味、評価の不確実さなどを社会と共に考え、対応していく包括的リスクマネジメントを実践することが必要だ。

 リスク評価の活用が極めて大事で、意思決定に客観的に役立つことを理解しなければならない。ものづくりから運用、防災までを結びつけた一貫したリスク評価の取り組みが行われれば、どこに重点的に取り組むべきかを明確にし、効果的で適切な安全確保が可能になる。そのためには、リスク分析・評価ができる人材を育成しなければならない。そして私たちのリスクに対するリテラシー(知識)も向上させる必要がある。

(編集者注) 原子力発電所過酷事故防止検討会:福島第一原発で起きた過酷事故について責任を感じ、防災(減災)の視点からも『安全』を議論する責務があると考える科学者・技術者で構成するボランティア組織。呼びかけ人:阿部博之 元東北大学総長、元総合科学技術会議議員、設立時主査:齋藤伸三元原子力委員会委員長代理、元日本原子力研究所理事長、現主査:宮野 廣 法政大学大学院 客員教授

(小岩井忠道)

宮野 廣 氏
宮野 廣氏(みやの ひろし)

宮野 廣(みやの ひろし)氏プロフィール
金沢市生まれ、金沢大学附属高校卒。1971年慶應義塾大学工学部卒、東芝に入社。原子力事業部 原子炉システム設計部長、原子力技師長、東芝エンジニアリング取締役、同首席技監などを経て、2010年法政大学大学院客員教授。日本原子力学会標準委員会 前委員長、日本原子力学会廃炉検討委員会委員長。

関連記事

ページトップへ