原発再稼動を阻止しようとする仮処分申請に対し、別々の裁判所が正反対の決定を出すなど、原発の安全論議が再び高まる兆しが見られる。福島第一原子力発電所事故から丸4年目の3月11日、リスクをどう捉え、どう対応するかを正しく理解しないと、原発の安全は維持できないとする提言がなされた。「リスク概念を導入した原子力発電の安全性向上を目指して」と題する文書だ。総合科学技術会議(現 総合科学技術・イノベーション会議)の有識者筆頭議員を務めた経験も持つ阿部博之(あべ ひろゆき)元東北大学総長の呼びかけで発足した「原子力発電所過酷事故防止検討会」がまとめた。
この会は、2013年1月と4月にも検討結果を公表し、この時に出された提言の考え方は、福島第一原発事故後に発足した原子力規制委員会が新しくつくった規制基準に一部取り入れられている。今回はその後の議論を簡潔にまとめたものだが、根底に新規制基準と現在の安全規制体制によっても安全確保は十分と言えない、という懸念がある。新聞、放送が取り上げなかった今回の新たな提言のポイントを、検討委員会の主査を務める宮野廣(みやの ひろし)法政大学大学院客員教授に聞いた。
―提言の5番目に「実施した安全策やその考え方を広く、世界に普及する活動に取り組むこと」があります。原子力規制委員会のあり方を含め、日本には多々問題があると伺いました。そうした問題への対応と並行して世界への普及活動にも取り組め、ということでしょうか。そもそも国際社会は福島原発事故をどのように受け止めたのでしょう。
チェルノブイリ原発事故では、被害が欧州一帯に及んだので、事故を起こさないようお互いやらなければならないことがある、と欧州諸国はいろいろ方策を取りました。しかし、日本や米国はほとんど考えませんでした。「チェルノブイリ事故は作業員が違法な行為をしたからで、自分の国では起こらないだろう」と受け止められた現実もあります。福島原発事故は、自然の脅威によってこういうことが起こり得るということで注目はされたのですが、海外の先進国はあまり騒いでいないのではないでしょうか。ちゃんとした原発ならこの程度で済むのだから、もっと手をかけていれば被害はより小さくできたはず、とみなして。
現に事故の後、英国では原発に対する支持が上がり、新たに原発を建設することになっています。国際原子力機関(IAEA)で私が専ら聞かれたのは、水素爆発がなぜ起きたかということと、燃料プールのことです。水素爆発は、炉心溶融とは直接関係ないのに起きたということで関心を持たれたようですし、燃料プールは、密閉されていない状態にあるのが気になったのでしょう。
われわれが今回の提言でも強調したのは、「深層防護」という考え方を徹底させるべきだということです。「深層防護」は、異なる視点の考えを採用し、設備での対応だけではなく、人の活動、危機対応力に期待するもので、IAEAが前から言っていたことです。同じ基盤の考えに基づいていたはずなのに、大きな弱点を持っていた日本の「多重防護」の不完全さが福島原発事故で明らかになったわけです。IAEAは事故を機に「深層防護」の本質的な考え方を世界に徹底させるべきです。特にこれから原発に参入しようとする国々が、日本の経験を生かすことができるようにすべきだと思いますが、やっているようには見えません。
そもそもIAEAがこれまで言ってきた「深層防護」の考え方は、「難しくてよく分からない」という声があります。原発の保守管理に実際に関わっている人たちの中には、「IAEAの言うことは何の役にも立っていない」と言う人さえいます。「深層防護」という考え方が、現に日本にはきちんと伝わっていなかったわけですから、IAEAはもっと分かりやすく伝える必要があります。「教えてやる」という上からの目線では、伝わりません。しかし、そういう姿勢は変わっていないように思えます。
いずれにしろ、原発の安全確保の仕組みが悪かったとは、事故の後、IAEAは一言も言っていません。
事故の後、日本が実施した安全策やその考え方を世界に普及させるには、それが完成したものだけでなくてもよいのです。「一緒に考えましょう」という姿勢が大切なのです。これまで原子力の専門家たちの姿勢は、「自分たちは皆よく分かっているから教えてやります」だったと思うのです。そうではなく一緒に考え、一緒に納得しないと物事は進みません。そうした仕組みをつくり、一緒に考え、「リスクのレベルはここまでにしましょう」という合意を日本の中、アジアの中でつくらないといけないし、それが必要であることは世界でも同じです。
- 原子力発電所過酷事故防止検討会 提言項目
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- 原子力発電所、原子力施設の脅威を常に抽出し対応策を検討すること
- 定められた対応策が十分であるか、常に検討する仕組みを整備すること
- 実施された安全策の実効性を確認するため、起こり得ない事故リスクを評価し、原子力事故に対する安全がどの程度確保されるのか定量的に示す仕組みを作ること
- 広く、学術界、事業者、製造者との意見交換を行う仕組みを構築すること
- 実施した安全策やその考え方を広く、世界に普及する活動に取り組むこと
―普及する方法はどのようなものでしょうか。シンポジウムのようなものでは駄目でしょうね。
シンポジウムも学会の会議も、目的は情報交換です。最先端の技術、科学分野を知り、それらの情報を、この材料はどこまで持つか、この現象にはどう対応するか、といった工学的課題の解決に使っていくことは重要です。しかし「これで大丈夫」といった合意を何かの場でつくり上げていくことは、責任をどこかが持たないとできません。国や原子力規制委員会は「事業者の責任だ」と言いますが、そうではありません。
提言の4番目に挙げた「広く、学術界、事業者、製造者との意見交換を行う仕組みを構築すること」というのは、学術界、電力会社、メーカーがそれぞれ責任を持っているということです。この上に原子力規制委員会、資源エネルギー庁などがあるわけですが、そこもそれぞれ責任と役割を持っているのです。
役割を果たすということは責任を持つことですから、もし原子力規制委員会が「責任が無い」と言うなら、役割も無い、ということになります。国民に対して安全を確保する責任があり、事業者すなわち電力会社にそれをやらせる責任がある、ということです。できなかったら自分たちの責任だ、と思わなければなりません。
一方、電力会社は現場を預かっているわけですから、「自分たちはこうやるんだ」と主張する責任があります。物をつくっているメーカーはもちろん、「物はこれでは壊れない。こうなると壊れるから、こういう手を打たなければならない」と説明する責任があります。それを学術の分野から見て、おかしいものがあれば指摘するのが、学術界の責任です。皆それぞれが責任を果たさなければ安全など確保できません。
その責任の頂点に立つのが役所です。原子力規制委員会は、「これだけの責任を持つ」と本来、主張すべきであるにもかかわらず、一言も言っていません。
―しかし、役所や学術界はともかく、電力会社やメーカーが、普通の国民に分かる形で情報を発信するのは、現実的に非常に難しいと思われますが。
確かに難しいです。電力会社は「原発は安全だ」とは言っても、「どこが心配だ」などとは言いません。原発反対派の人たちをすぐ思い浮かべ、オープンに何か言うと必ず責められるからです。しかし、地元の人たちも参加し、こうしたことを議論する場をつくらないといけないのです。そこでリスク論議がきちんとできるようになれば、「こうすればリスクを下げられます」「これだけリスクを下げておけば、避難するような場合もこういうことで済みます」「この場合はこういう手を打ちましょう」といった話ができるようになります。実際に米国ではこうした話し合いが行われています。
日本ではメーカーは全く表面に出てきません。電力会社の下請けのような関係になっているからです。メーカーが知っていることで電力会社が十分に知らないことは、たくさんあるにもかかわらずです。一方、米国の場合は、「型式認定」というものがあり、メーカーが必ず公の場に出なければならない仕組みになっています。
「型式認定」は、プラント設計の標準化促進、設計関係の問題の早期解決、作業重複の回避などを目的とした手続きです。「このプラントはこうした設計で造るとこういう性能が出ます」ということをメーカーが書式にして申請し、それを政府の機関が認定します。事業者である電力会社はそれを基に「このプラントでこのような運用をしていく」という申請をするわけです。責任が分担されているのです。
提言では、お金の話は書いていないのですが、米国と日本の安全規制にはお金が絡むことでも大きな違いがあります。この違いが、日本の電力会社がリスク評価というものに積極的でないことにも関係していると考えられます。日本では原発に対する国の検査は無料ですが、米国は有料です。その代わり米国の電力会社には、いろいろな改善措置を施すと、「この検査は不要」あるいは「先延ばしでよい」「書類の提出だけでよい」などいろいろな見返りがあります。
逆にトラブルが起きると検査も厳しくなってお金も掛かりますから、電力会社は必死になって改善に取り組むわけです。国の検査が無料の日本では、電力会社側にこうしたインセンティブ(やる気を起こさせる刺激)が働きません。企業経営の第一はもうけることです。正義感から動くということはまずあり得ません。「原発の安全確保にはいくらお金を投じてもよい」と言う人はいるでしょう。しかし、企業はそういうわけにはいきません。
―安全確保は一義的に事業者にあるという日本の法律に問題があるということですね。これを変えるのは簡単ではないと思います。当面、原子力発電所過酷事故防止検討会あるいはその他の場で先生がこれからやろうとされていることを最後に伺います。
原子力規制委員会が「再稼動OK」という判断を示したとたんに、安全だと思い込んでしまう人が多いと思われます。しかし、大事なのはその後をしっかりやることです。「ここまでは安全で問題ないと思うが、本当にそれで十分だろうか」と、常に考え続けることが重要です。スタートラインをどこに合わせるかではなく、常に警戒し続けて悪いところを改善する仕組みをつくらないといけません。
例えば新しい規制基準で、可搬式機器の設置が義務づけられました。これも基準をつくっただけでは駄目です。バックアップ(予備)をどうするか、メンテナンス(保守点検作業)をどうするか、をきちんと決めておくことが大事です。こうしたことはボルトがきちんと締められているか、といった日常の点検とは別の作業で、電力会社のより上の地位にいる人たちの役割です。こうした役割を担う「安全管理マネージャー」といった資格をつくると、電力会社も安全に対してもっと目が向くようになるのではないか、という提言も考えております。
また、特に防災について悩んでおられる自治体の方々に、社会としてリスクをどう取っていくかを理解してもらうことが必要だ、と考えています。リスクについては、原子力発電所過酷事故防止検討会に加え、日本原子力学会でも引き続き検討を続けます。日本原子力学会原子力安全検討会の主査もしていますので、リスク評価など分科会をつくり検討します。
(小岩井忠道)
(完)
宮野 廣(みやの ひろし) 氏のプロフィール
金沢市生まれ、金沢大学附属高校卒。1971年慶應義塾大学工学部卒、東芝に入社。原子力事業部 原子炉システム設計部長、原子力技師長、東芝エンジニアリング取締役、同首席技監などを経て、2010年法政大学大学院客員教授。日本原子力学会標準委員会 前委員長、日本原子力学会廃炉検討委員会委員長。