ハイライト

材料は10年の研究期間が(細野秀雄 氏 / 東京工業大学 フロンティア研究機構・応用セラミックス研究所 教授)

2011.01.26

細野秀雄 氏 / 東京工業大学 フロンティア研究機構・応用セラミックス研究所 教授

シンポジウム「世界を魅せる 日本の課題解決型基礎研究~JST目利き制度とその可能性」(2010年12月6日、科学技術振興機構 主催)講演から

東京工業大学 フロンティア研究機構・応用セラミックス研究所 教授 細野秀雄 氏
細野秀雄 氏

 日本という国は「出る杭をたたく」といわれるが、伸ばすシステムはたくさんある。むしろ伸ばそうという人がたくさんいるのに、それに応えられる人がほとんどいないという、もっと悪い状況だろう。

 1999年から始めたERATO(注1)の「細野透明電子活性プロジェクト」を5年やり、さらに5年プラスされ合計10年やらせていただいた。ERATOという制度は研究総括の名前が頭についているのがよい。これが多分、ERATOが成功している最大の理由ではないか。研究者は見えっ張りだから「失敗するとみっともない」と一生懸命働く。研究者仲間の評価というのは実は非常に厳しい。多額の研究費を取った人間が失敗したりすると「ざまあみろ」となるのが研究者のメンタリティーだ。ERATOの研究総括に選ばれると、針のむしろというのが現実だろうと思う。

 針のむしろというのはどういうことかというと、ほとんどの権限が研究総括に集中しているからだ。コンセプトが間違っているということもあり得る。ERATOの研究総括に選ばれた瞬間はいいが、いざ始めようとすると、崖の前に独りで立っている感じだ。もし人のテーマをまねすれば「あいつはどこかのテーマをまねした」と、うまくいかなければ「所詮あんなものだ」などと言われる。当然失敗もあるわけだ。数あるERATOのプロジェクトがこれまでの評価通りに高い確率で成功しているはずはない。

 研究者というのはやっかみが強いから、アンケートをとると「ERATOなんてなくなった方がいい」という人がいるのは当たり前。100人に1人しか選ばれなければ、99人は反対なわけだ。しかし、みんなが選ばれるようにしたら科研費しか残らない。ERATOのように人に賭ける制度というのは、非常に珍しい。よくこんな制度が日本にできた、と思う。結局、領域を開き、研究リーダーを育てるのがERATOだと思う。

 私は幸か不幸かセラミックスの出身だ。セラミックスというのは、クラーク数(注2)で大きな方から1番から10番の元素が結合した物質、例えば酸素とシリコンが結合した二酸化ケイ素、酸素とアルミが結合した酸化アルミニウムなどをいう。資源的にたくさんあるので、伝統的な窯業製品であるセメント、ガラス、陶磁器の原料に使われてきた。ごみ箱に捨てても怒られない環境調和性を持つが、これで半導体のような価値の高いものはできるわけがないということになっていた。

 ERATOをやらないかと言われた時は1999年で、まだ高温超電導研究フィーバーの余波があり、研究対象としては遷移金属が全盛だった。しかし、遷移金属はやっても勝てそうもないのでやらないと決めて、やせ我慢で全部セラミックスの原料を使い、そこから思い切ってやってみようと考えた。

 何が頭にあったかというと、実はナイロンだ。1930年代に米デュポン社のカロザースが発明したが、水と空気と石炭から生まれた絹よりもやわらかく鋼よりも強い繊維ということに感銘を受けたものだ。全くイメージの違うものからいいものができる。これによって女工哀史といった社会的困難をも解決した。こういうことこそ男のやる仕事だ、と。今、「男の…」などという言い方をすると怒られてしまうが(笑い)。

 結果的に、10年たって振り返ってみると、鉄とガラスとセメントという現代の建築を造っている3つの基幹材料と同じものから、3つの新しいものを創り出すことができた。アモルファス酸化物で透明な高性能薄膜トランジスタ、セメントと成分は同じなのに半導体、金属、超電導になる酸化物、さらに超電導になる鉄系酸化物といったものだ。これらはすべてカルシウムやアルミ、鉄、酸素といったありふれた元素しか使っていない。

 研究費に関して言えば、初めは年間1,000万あるいは2,000万円くらいの科研費と、民間の研究費をもらってやっていた。ERATOに採択され、突然、研究費は1年で3億円になる。そしてこの4月から最先端研究開発支援プログラム(注3)が走っている。私の場合は、必要な時に必要なファンディングが得られたと思っている。もしこれが大学だけの研究費だったら、まず間違いなくここまで来ることはなかった。

 それから研究というのは時間に比例して成果が挙がるというものではない。どこかで飛躍がある。材料の場合は5年では足りず、10年ぐらい我慢しないとなかなか新しい成果につながらない。よく材料は10年と言われるが、確かにその通り、というのが私の個人的な印象だ。

 私はレアアース危機というのは起きてよかったなと思う。どういうことかというと、日本の材料研究というのは今世界一だが、これは高温超電導研究のおかげだ。高温超電導は役に立たないなどというのはとんでもない話で、高温超電導の研究ぐらい一流の研究者を育てた研究というのはないと思う。世界中が大競争を展開し、先輩も後輩もなく、どんな成果が出てくるか分からないという状況の下で強い人材が育ち、日本の物質研究、材料研究を世界一にした。日本の製造業もこれに支えられてきたわけだが、そろそろ危うい状態になっている。

 今、かつての高温超電導と同じように、若者に火をつけられるようなことが必要になっているのではないだろうか。それは元素戦略だと思う。機能と元素というのはあたかも1対1の関係にあるとみられがちだが、そんなことはない。機能と元素の間に構造というのが媒介している。いかにして、この元素から目的の機能をつくるかというところが実はこれからの課題になるわけだ。だから、元素戦略の一番重要なことは、元素の伝統的なイメージを刷新することだ。

 もしかしたらどこかで役に立つだろう、などということではなく、これができれば必ず役に立つ。志の高い研究者にとっては、こうした思いが非常に重要だ。そして成果を挙げるにはブレークスルーが絶対に必要で、さらに、理論と計算の役割が極めて大きい。元素を超えた機能設計を可能にする新しい物質科学をつくらなければいけない。

 元素戦略というのは日本発のもので、当面は日本で重要だが、やがて人類全体に役に立つ。アニメーション作家・映画監督の宮崎駿が言っていることと共通するものがある。使命感や野心を持った若者のマインドをつかむのに非常に適した政策だ。

 対症療法的な政策だけでは日本は長持ちしない。若い元気のいい人をこの領域に引き込まない限り、将来は暗いだろう。

  1. ERATO
    革新的な科学技術の芽あるいは将来の新しい流れを創出することを目的とする科学技術振興機構の研究推進事業。1981年に創造科学技術推進事業として発足以来、研究総括が自らの研究構想(研究領域)の実現を目指して研究者を結集し、直接指揮して研究を推進するという特徴を持つ。
  2. クラーク数
    地表付近に存在する元素の割合を質量パーセントで示した数
  3. 最先端研究開発支援プログラム
    産業、安全保障など分野における中長期的な国際的競争力、底力の強化を図り、研究開発成果の国民、社会への還元を図ることを目的に2010年度からスタートした。「研究者最優先」が特徴で、30人の中心研究者・30課題に総額1,000億円の研究費が投じられる。
東京工業大学 フロンティア研究機構・応用セラミックス研究所 教授 細野秀雄 氏
細野秀雄 氏
(ほその ひでお)

細野秀雄(ほその ひでお)氏のプロフィール
1977年東京都立大学工学部卒、82年同学大学院博士課程修了(工学博士)、名古屋工業大学助手、88年米バンダービルト大学博士研究員、90年同大学助教授、93年東京工業大学工業材料研究所助教授、95年岡崎国立共同研究機構 分子科学研究所助教授、97年東京工業大学応用セラミックス研究所助教授、99年同教授、04年から同大学 フロンティア研究センター教授兼務。材料分野での独創的研究成果を次々に発表、2010年度からスタートした最先端研究開発支援プログラムでも30課題の一つに採択された「新超電導および関連機能物質の探索と産業用超電導線材の応用」の中心研究者を務める。

関連記事

ページトップへ