特別講演会「どうなる? 電子書籍・電子配信の行方」(2010年12月13日、NPO法人ブロードバンド・アソシエーション主催) 基調講演から
著作権法が2009年に改正されたため、国立国会図書館はどんな書物でもデジタル化が許諾なくできることになった。また、同年の国会図書館法改正によって、国、地方公共団体、国公立大学、独立行政法人などのウェブサイトも許可なく収集できるようになった。収集ロボットで取れないものについては先方から送信してもらうことができる。
資料のデジタル化については、既に2002年から今日までの間に17万冊、明治、大正期の書物をデジタル化して、ネット上に公開している。現在はそのほかに09-10年度の補正予算で、大体90万冊から100万冊くらいの書物をデジタル化する作業が順調に進んでおり、11年3月末までに完了する。当館が持っている1968年までのほとんどの図書、資料が含まれる。雑誌については創刊号から2000年までのすべての雑誌、12,000タイトル、博士論文については1991年から2002年までの間に博士号をとられた方々の14万点についてデジタル化する。
ただ、これは画像として、イメージとして入れている段階で、イメージを文字化しないと、例えば障害者の方々のために文字を拡大して読んでいただくといったようなこともできない。これについては出版社側が非常な危惧を持っておられ、現在、交渉中だが、なかなかうまくいかないのが現状だ。また、こうした資料を館外に送信することも著作権法上できない。
こうした問題を解決するためには、結局、著者や出版社に応分の収入が得られるような方法を考えざるを得ないということになるので、あるビジネスモデルを提案している。図書館からは無料で貸し出すが、電子出版物流通センターというところで利用者に課金をして、そのお金を出版社あるいは権利者に戻していくというスキームだ。これによって、出版社が自分たちの出版物を図書館のデジタルアーカイブの中に置いておき、そこから売り出すということも可能になる。利用者が本を買いたい時には検索をし、国会図書館の中から電子出版物流通センターを経て利用者が買う。代金はセンターから出版社、権利者に行くという形にすればよい。
グーグルも最近グーグルエディション、あるいはeブックストアという名前で、いろいろな書店のデジタルブックを販売してやると言っている。今米国では4,000くらいの出版社が参加するということのようだが、そうなると世界最大の書店になる。そういう独占状態になるということはいろいろな意味で問題があるわけで、日本ではなかなか合意が成り立たないのではないか。しかも、グーグルのような巨大な資本力を持つところは日本にはないから、国会図書館がその代わりをすることができるのではないだろうか。
電子書籍、電子読書端末についても、グーグルが2009年に大きな衝撃を世界各国、特に日本に対して与えた。いろいろな抗議を受けた結果、グーグルは英語圏以外の出版物については今後積極的にやらない、あるいは配信しない、というようなことを言っている。しかしながら、1,600万冊の書物を既にデジタル化したとグーグルは言っている。
電子読書端末は文字のほかに音や映像が扱えるマルチメディアの端末だ。紙の本ではできないことを表現する電子書籍をつくることが、最も魅力あるキーポイントになると考える。今までの一、二次元の世界にとどまっていた図書、本が三次元、四次元という世界に広がり、書く人のイマジネーションをマルチメディアの世界で展開できる。そのような表現能力の格段の改革が行われるというのが電子読書端末の世界であって、これこそ革命であると私は考えている。電子図書館は人間の頭脳の外部表現みたいなものに近づいてきて、逆にそうでないと本当の意味での電子図書館の妙味というか、面白みはない。
今、出版関係の方々は「日本の場合、著者がある意味オールマイティで、出版社がなかなか権利使用をすることが難しい」と嘆いている。しかし、マルチメディアの電子書籍の時代になってくるといわゆる著者というものはオールマイティでなくなってくる。この原稿のこの号についてはこの写真を使う、この音声を使う、あるいはこの映像を使う。そのようなことがどんどん出てきて、それでもって魅力のある1つの電子出版物をつくらなければいけない。
そうなると、著作権を解決して必要な音声や映像を取ってくるといったようなことがしばしば必要になり、著者と出版社、あるいは編集者との力関係がこれからどんどん変わっっていくと思われる。出版社あるいは編集者の位置づけが、これまでとは異なり非常にしっかりとした形になっていくのではないか。
大体、著作権ができたのは100年以上前だが、当時はインテリの人が本を書いて一般の人間がそれを読ませてもらうという状況の下でつくられた著作権だった。今日のこのような状況には全く向いていない。
私どもは今デジタル化をどんどんやっているが、著作権者を見つけて許諾を得てネット上に出すという作業が必要だ。著作権者を見つけるための調査を一生懸命しているが、これに膨大なお金がかかる。100万冊くらいデジタル化するのに127億円もの費用をかけているが、その大体10%近く、10億円以上のお金が著作権者を探すために使われている。これは大変なことだ。
こうした状況を変えるために、著作権者のデータベースをつくり、権利を主張してお金をもらいたいという方にきちっと登録をしてもらう方法が考えられる。著作物はだれでも使えるが、その代わり使った人はしかるべきお金をちゃんと払う。こういう報酬請求権の方に著作権の性格を切り替えていくことによっても、かなり著作物の活用ができるということになる。
日本人が創ってきた文化資産、文化的資産、遺産というものが少しでも後世の人たちに十分活用されるようになるよう、著作権環境を変えていく必要があるのではないかということだ。
長尾 真(ながお まこと)氏のプロフィール
滋賀県立膳所高校卒。1959年京都大学工学部電子工学科卒業、61年京都大学大学院修士課程修了、京都大学工学部助手に。66年京都大学から工学博士号取得、73年京都大学工学部教授、97年京都大学総長、2004年情報通信研究機構理事長、07年4月から現職。研究開発業績は、80年代前半に科学技術論文の日英・英日機械翻訳システムを完成させたのをはじめ、自然言語処理・画像処理、情報工学、知能情報学の多分野にわたる。国立国会図書館のデジタル書籍アーカイブをネット配信する仕組みなどを協議するため日本文藝家協会、日本書籍出版協会などと2009年11月に「日本書籍検索制度提言協議会」を設立し、顧問に。05年に日本国際賞受賞。08年には文化功労者に。