地域大学サミット2010~法人化を契機とした地域大学のあり方~(2010年1月14日、科学技術振興機構 主催)基調講演から
大学が入試をして学生を選抜する時代から、学生が大学を選択する時代に入ってきている。あと10年もたてば定員割れを起こす国立大学が全国あちこちに出てくるのではないか。
10年ほど前に国立大学は101あったが、その後の度重なる統合で現在は86になっている。将来は、国立、公立、私立の壁を乗り越えるような再編統合や、国立大学同士でも県境をまたぐような大きな再編統合があちこちで起こり、また起こらざるを得ないのではないかと思っている。
86の国立大学法人と4つの大学共同利用機関法人合わせて90法人に対する国の予算、運営費交付金は年間1兆2,000億円だ。これが毎年1%ずつ削られ、5年間続いてきた。山形大学の毎年の運営費交付金が120億円だから、毎年山形大学の規模のものが1つずつ消滅してきた計算になる。
昨年9月に政権交代が行われ、毎年1%ずつの運営費交付金削減は廃止されたと聞いている。しかし臨時特例措置ということのようだが、来年度予算でも110億円、0.9%の減額がなされている。国が借金漬けで財政事情が厳しいことに変わりはない。今後も楽観は許されないと思っている。
2004年4月に全国の国立大学は一斉に法人化された。なぜこんなことをしたのか。その狙い、目的は3つにまとめられる。1つは、大学経営の権限と責任を学長に集中させるということだ。2つ目は、6年間の中期目標期間を定めて、その間は大学に自主自立の経営を行わせる。6年たったところで、国がその実績、努力と成果を事後評価する。3つ目は、6年ごとに文部科学相が国立大学の事業や組織を見直す。各大学に自主自立の経営を行わせ、創意工夫を引き出しながら、また同時に不断の改革の努力を厳しく求めていくという制度になったわけだ。
法人化されて、従来からあった学問の自由に加えて、各大学に経営の自由が与えられたのだが、同時に、経営をした結果責任が厳しく問われることになった。今の全国の状況を見ると、学長や理事、副学長といった執行部の意識は大きく変わり、どこも必死で経営努力をしている。ただ、一方で一人一人の教員、あるいは職員までいくと意識改革はまだまだで、依然として国の組織だった時代の官庁の文化を引きずっている。
私は2年半ほど前に山形大学の学長に就任し、2つの基本方針を掲げた。1つは、何よりも学生を大切にして、学生が主役となる大学づくりをする。もう一つは、教育、特に教養教育を充実させることだ。
山形大学の教養教育は不合格ということではないが、改革・改善すべき余地は大きいと思っている。500くらいの科目がずらっと並んでいるが、その科目を見ると教員が教えたいものが並んでいるような気がする。それを学生主体のカリキュラムに組み替えてほしいと訴えてきた。もう一つ今は学生が多くの科目の中から自分で選んでいるが、これでは偏ってしまう恐れがある。大学生であれば必ず学んでおくべきことを大学の責任で提供していくことを考えた。
この新しい教養教育のポイントは2つある。一つは「導入科目」で、高校教育から大学教育への接続を図り、学びの動機付けを目的とするものだ。2単位の必須科目とする。もう一つは「基幹科目」というもので、「人間を考える」「人生を考える」の2つの領域にそれぞれ15から20の科目を開講し、それぞれ2単位合計4単位を必須でとってもらう。これらを「基盤教育」と名付け、今年4月から入ってくる1年生から提供していく予定だ。
全学的に実施する1年生の基盤教育と、2年生以降、各学部の責任で実施する専門教育の間のインターフェースを整理し、4年間の学習の到達目標を明確にして、ディプロマ(修了)ポリシーをきちっとつくっていく。それを受けての最適なカリキュラムを組み、それにふさわしい入学生を選んでいく。そういうカリキュラムポリシー、アドミッション(入学)ポリシーといったものを確立していくことが、これからの課題と考えている。
山形大学のような地域の国立大学では、地域における人材養成、つまり教育が基本的に一番大事だ。大都市の大学に子供を進学させて仕送りするのは、大変な経済的負担になる。自宅から通えるところにしっかりした国立大学があることは、極めて大事な社会インフラだ。
研究はどうでもいいということでは決してない。国立大学であれば、この分野では日本一という研究分野を幾つか持っていなければならないと思っている。
さらに、地域の国立大学というのは、その地域では巨大な知的集団だ。社会貢献、地域貢献も大事なこと。産学連携、地域での文化活動、地域開発、あるいは地域の活性化などで、その大学の教員や職員が地域に積極的にかかわり、参加していくことが必要不可欠となる。地域の国立大学はその地域の知の拠点として、その地域にとってなくてはならない大学になっていかないと、将来はその存在自体が危うくなってくると考えている。同時に、全国に開かれ、人類全体のことも考えていく大学でなければいけない。
今多くの地域の大学が掲げているスローガン「地域に根差し、世界を目指す」ことが、地域の国立大学の基本的な方向ではないだろうか。
結城章夫(ゆうき あきお)氏のプロフィール
1967年山形県立山形東高校卒、71年東京大学工学部物理工学科卒、科学技術庁入庁、75年ミシガン大学大学院修士課程(原子力工学)修了、科学技術庁科学審議官、研究開発局長などを経て2001年文部科学省発足とともに官房長。03年文部科学審議官、05年文部科学事務次官。07年事務次官退任後、同年9月から現職。