インタビュー

第1回「大学は出たけれど」(鈴木典比古 氏 / 国際基督教大学 学長)

2009.04.21

鈴木典比古 氏 / 国際基督教大学 学長

「変革迫られる大学教育 -リベラルアーツの徹底目指し」

鈴木典比古 氏
鈴木典比古 氏

少子化による大学全入時代を迎える一方で、大学で学び、身につける内容が厳しく問われる時代となっている。グローバル化で、日本の大学卒業者にも世界に通用する能力が要求されるようになった。現実は、入学試験の科目現象などで、むしろ大学入学時の学力はかつてより低下していると心配する声が高い。大学卒業者が身につけなければならない「学士力」の向上が叫ばれる中、いち早くリベラルアーツ教育の徹底という改革に手を付けた国際基督教大学の鈴木典比古・学長に、大学を取り巻く環境変化と取り組みの状況について聞いた。

―中央教育審議会の大学分科会制度・教育部会が「学士課程教育の構築に向けて」という報告を昨年3月に出しました。大学入試科目の削減、教養部の廃止などこれまでやってきたことと、まるで逆のことを求めているような印象を受けますが。

学士課程教育というのは、大学教育のトータル・クオリティ・コントロール、つまり国際水準の教育の質保証ということです。中教審の部会報告「学士課程教育の構築に向けて」を見ると、用語の解説が付いており、そこに英語がたくさん載っています。あわてて国際標準に合わせるような議論をせざるを得なくなったことを示しているとも言えそうです。

高等教育の世界はグローバル化の波を受け、日本の大学も国際標準を重視せざるを得なくなってきました。国際水準の教育の質が保証できない大学は、海外から優秀な研究者も留学生も集められなくなっています。OECD(経済協力開発機構)の国際的な学力調査(PISA)で、日本の高校生の学力特に応用力の低下が明らかにされましたね。高校だけでなく、大学も“大学版PISA”の脅威にさらされているわけです。

日本の大学は「専門学部教育」重視になってしまっています。縦割り構造の野放図な専門学部教育ではなく、国際的な要請と、大学教育の質保証という国内的な要請を同時に満たす横断的に構造化された「学士課程教育」への変更を迫られているわけです。学士力を持った「21世紀型の市民」を幅広く養成することを求められているのです。

―昨年5月、文部科学省高等教育局長から日本学術会議の金澤一郎会長に「大学教育の分野別質保証の在り方に関する審議依頼」が出されていますね。金澤会長は「大学卒ならどういうリテラシーも持つ必要があるのか、それを保証するコアカリキュラムを検討してほしいということだから、大変なテーマだ」とおっしゃっていますが。

学術会議会長の認識はまさにその通りだと思います。学士課程教育で身につけるべき学士力とは何か。中教審の部会報告は、4つ挙げています。多文化・異文化、人類の文化、社会と自然に関する「知識の理解」、コミュニケーションスキル、情報リテラシー、論理的思考力といった「汎用性技能」、自己管理力、倫理観、市民としての社会的責任感など「態度・志向性」それに「統合的な学習と創造的思考力」です。

多文化・異文化、人類の文化、社会と自然に関する「知識の理解」だけでも、簡単なことではありませんが、3つ目と4つ目の「態度・志向性」と「統合的な学習と創造的思考力」は、従来の大学教育では考慮されていません。知識・理解力の段階では教員の教育力によると言えるでしょう。しかし、それ以降になると教育力だけでは不十分で、学生と教員のディスカッションの中からつくり出していかなければならないことが多くなります。場合によっては、学生に教員が教えられるという意図的に逆転させた教授法というのも必要かもしれません。大学教育のダイナミズムが問われていると言えます。

さらにそれ以前の問題があります。今高校では、受験の段階で偏差値などによって文系、理系に分けられてしまいます。理系ならメーカー、文系なら金融などと人生が決まってしまうようなことをしています。私はこれを人工植林型人材育成と呼んでいます。学生がどういうことをしたいかを決める以前に他律的に選択してしまう人材育成法です。大量の同質的人材を輩出する教育は20世紀にはよかったかもしれませんが、これからは、雑木林型の教育システムが必要です。国際基督教大学が、創立以来一貫して進めて来て、昨年の入学生からさらにその考えを徹底させたリベラルアーツ教育がなぜ、今必要かということが問われてきます。

(続く)

鈴木典比古 氏
(すずき のりひこ)
鈴木典比古 氏
(すずき のりひこ)

鈴木典比古(すずき のりひこ) 氏のプロフィール
1945年生まれ、68年一橋大学経済学部卒業、72年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、78年米インディアナ大学経営大学院博士課程修了、経営学博士(DBA)、ワシントン州立大学経営学部助教授(国際経営・国際マーケティング)、82年同大学准教授、82年イリノイ大学経営学部助教授、86年国際基督教大学社会科学科准教授、90年同大学国際関係学科教授、92-93年ワシントン大学経営学部客員教授、95年国際基督教大学国際関係学科長、2000年同大学学務副学長、04年から現職。日本私立大学連盟常務理事、大学基準協会理事、同大学評価委員会委員長なども。「多国籍企業経営論」「日本企業の人的資源開発」「企業戦略と国際関係論」など著書多数。

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