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大規模コホート研究に向けて(山縣然太朗 氏 / 山梨大学大学院 医学工学総合研究部 教授)

2009.04.03

山縣然太朗 氏 / 山梨大学大学院 医学工学総合研究部 教授

すくすくコホート公開シンポジウム「子どもたちの明日に向けて」(2009年3月7日、社会技術研究開発センター主催)基調講演から

山梨大学大学院 医学工学総合研究部 教授 山縣然太朗 氏
山縣然太朗 氏

 毎年、文部科学省が実施している学校基本調査によると不登校の生徒というのが非常に多くなっている。2001年以降、横ばいとなってはいるが小学生で250人に1人、中学生で36人に1人がクラスに出て来られない。校内暴力は、2006年から国立、私立の小、中、高校が加わり調査対象が増えたとはいうものの、2006-07年の1年間で急に増えている。特に中学生の校内暴力がたった1年でこれほど増えたということは、明らかに子どもたちの課題になっているといえる。

 いわゆるキレル子ども、不登校、軽度発達障害、非行、引きこもり、母親の育児不安、幼児虐待などの問題の根底には、社会能力が十分に獲得できていないという要因があるのではないか、と考えられている。社会能力(sociability)とは、他者と共によりよく生きる能力ととらえられ、対人環境を形成する原動力である。別の言い方をすると、相手の気持ちが分かること、相手の立場に立てること、両方がコミュニケーションをとって円滑な社会生活を送ることができる、ということだ。社会能力、つまり人間関係を形成する能力がどのようにして発達して行き、よく発達させるにはどうしたらよいか、を知らなければならないことになる。

 しかし、現状では社会能力の発達過程の脳神経基盤については不明な点が多く、そのため社会性発達の関連要因も分かっていない。初期の社会能力獲得過程における幼少期の環境要因が大切であることははっきりしている。しかし、特に社会性を中心とした子どもの発達にどのような影響を与えているかは十分、分かってないということだ。

 これを明らかにすることが必要ということでわれわれの研究が始まった。「すくすくコホート」が目指すのは、一人ひとりの子どもが持つ可能性を最大限生かせるような育児環境を提案していくことだ。例えば家族形態の変化、地域社会のあり方の変化などに子どもたちが影響を受けながら発達していくのだということを明らかにすることができると考えている。それをやるためには小児科学、脳科学だけでなく、発達心理学、教育学、疫学、統計学など学際的なチームで科学的手法を使う必要がある。脳科学における神話というものがたくさんあるが、それがどのような科学的根拠があるのかも明らかにしたい。

 この研究は今年で5年目になる。社会技術研究開発センターの社会技術研究開発事業「脳科学と社会」研究開発領域の中で、計画型研究開発「日本における子供の認知・行動発達に影響を与える要因の解明」として発足した。毎年評価を受けているが、2005年度の評価でこれを大規模コホートに持って行くにはもう少し準備が必要ということになった。大阪、三重、鳥取で先行的に行っていた3地域のコホート研究を継続し、大規模コホートの知見を得るだけでなく、可能な限り、目標達成に近い成果を挙げようということであらためて研究を再編成してやってきた。

 コホートは、時間性を担保する唯一の研究手法である。例えば、妊娠中にたばこを吸っていた母親の危険状況を調査した例がある。6年間追いかけて子どもが5歳になったときの肥満の状況を見ると、喫煙者の母親の子どもは、たばこを吸わない母親から生まれた子どもに比べ、肥満になるリスクが2.33倍高くなるといったことが明らかになっている。朝食を抜いている母親から生まれた子も、リスクが2倍近く高い。母親の喫煙といったことは子どもにとっておなかにいたときの環境だ。それによる低栄養状態が、生まれた後で肥満になるリスクを高めるという形で現れることが、コホートの研究で明らかになったわけだ。

 こうしたコホートは世界中で行われており、特に英国が多い。1958年に始まったものが非常に有名で、母親のおなかにいたときの状態が、大人になってからいろいろな影響として現れることもこのコホートの中で明らかになった。最近は、DNAを調べ、遺伝的な要因も見ようというコホートが行われるようになっている。

 われわれの研究では、乳幼児の発達パターンとそれに影響を与える要因を明らかにするとともに、日本初の大規模発達コホート研究の基盤的知見と技術を得ることが可能と考えている。

山梨大学大学院 医学工学総合研究部 教授 山縣然太朗 氏
山縣然太朗 氏
(やまがた ぜんたろう)

山縣然太朗(やまがた ぜんたろう)氏のプロフィール
山口県出身。1986年山梨医科大学卒、91年文部省在外研究員(米カリフォルニア大学アーバイン校小児科人類遺伝学教室)、94年山梨大学保健管理センター助教授、97年山梨医科大学助教授、99年山梨医科大学教授、2002年旧山梨大学と旧山梨医科大学統合により山梨大学教授(保健学2講座)、04年から現職。専門は公衆衛生学、疫学、人類遺伝学。地域で20年の出生コホート研究を続け、「研究は住民に始まり住民に終わる」が信条。社会技術研究開発センターの計画型研究開発「日本における子供の認知・行動発達に影響を与える要因の解明」研究総括。著書に「地域保健活動のための疫学」(共著、日本公衆衛生協会)。医学博士。

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