さまざまな野菜の害虫、アザミウマ類などの天敵「タイリクヒメハナカメムシ」のうち、害虫を粘り強く探して食べる個体を選んで代々育て、防除効果を高める系統を作ることに成功した。農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の研究グループが発表した。幅広い作物や栽培環境に生かせるといい、化学農薬だけに依存しないための技術として期待される。
害虫防除は化学農薬によるのが主流だが、開発にコストや時間がかかる上、抵抗性の発達した害虫も現れて「いたちごっこ」が続く。農薬のみに依存せず、害虫の天敵を利用する方法の研究が進むが、天敵は農場に放つタイミングが極めて難しく、害虫がまだ少ないうちに放つと餓死したり、作物から離れたりしてしまう。逆に害虫が増えてから放つと定着はしても、防除が追いつかず手遅れになることがある。
こうした中、農研機構の研究グループは昆虫などの「餌の探索行動の切り替え」という性質に着目した。天敵の虫は、害虫とよく出合う時はゆっくり非直線的に歩く「集中型」、出合いが少ないと直線的に素早く歩く「広域型」の探索をする。この性質から、すぐに移動せず粘り強く探索を続けるタイプの天敵が、害虫発生初期によく定着してくれ、防除に役立つのではないかと考えた。
またいくつかの天敵は、探索行動パターンを切り替えるまでの時間に遺伝的な変異があることが知られる。そこで、個体の選抜を通じて移動までの時間が長い“すぐにあきらめない”系統を育成できるかどうか、タイリクヒメハナカメムシを使って実験した。
最後に餌を食べてからその場での探索をあきらめて移動するまでの時間を、「あきらめ時間」という。この時間が長いタイリクヒメハナカメムシの個体を選抜するため、歩行活動量の少ない個体を全体の30%だけ交配させ、これを何十世代も繰り返した。
その結果、あきらめ時間が、非選抜のものより2~3倍長い系統を育てることに成功した。これをナス栽培のビニールハウスに放ったところ、選抜した系統は非選抜に比べナスに長くとどまり、アザミウマ類の増加を抑えた。実験したタイリクヒメハナカメムシ以外のさまざまな天敵でも、同様に定着性を高められることが期待されるという。
従来はあまり行われてこなかった、天敵の行動を育種改良で変える害虫防除法に道を開く成果となった。研究グループは選抜した系統を分析し、すぐにあきらめない性質をもたらす関連遺伝子の解明に挑んでいる。遺伝子が特定できれば、目的となる有用遺伝子付近のDNA配列を目印にする「DNAマーカー育種」など、より高度な技術を使えるようになり、さらに防除効果の向上につながりそうだ。
定着性の向上に加え、害虫をたくさん食べる、低温でもよく活動するといった天敵の育成も課題となる。こうした方法が普及すれば、化学農薬のみに依存せず、生産性向上と環境保全の両立につながると期待されるという。
研究グループの農研機構植物防疫研究部門の世古智一上級研究員(植物保護学、応用昆虫学)は「人間と同様、動物にも個体差があり、それが遺伝的背景で決まっていることも往々にしてある。どんな個性を持っていると害虫防除に役立つだろうかと、ずっと着目してきた。それ自体が面白く、農業にも役立つのが研究の魅力。基礎的な生物の知見が意外な所で役立つことを、広く知って頂きたい」と話している。
成果はドイツの害虫防除などの専門誌「ジャーナル・オブ・ペスト・サイエンス」に昨年10月3日掲載され、農研機構が先月17日に発表した。
関連リンク
- 農研機構プレスリリース「餌探しを『すぐにあきらめない』天敵昆虫を育成」