かの宮沢賢治が詩「雨ニモマケズ」の中でオロオロ歩いた「寒さの夏」は、東北地方の太平洋側に吹く「やませ」という冷たい風に関係があるとされている。「やませ」は、梅雨から夏の盛りに向かう時期に、海を渡って北東から吹いてくる冷たく湿った風だ。日本の北の海上に冷たいオホーツク海高気圧が居座ると、そこから風が吹き出してくる。
というのが、「やませ」についてのこれまでの説明だが、なぜ冷たい風が日本列島に向かってくるのか、その仕組みがよくわからなかった。北海道大学の西川はつみ(にしかわ はつみ)学術研究員、三重大学の立花義裕(たちばな よしひろ)教授らの研究グループは、3隻の観測船で同時観測した結果をもとにその仕組みを見つけ、このほど発表した。南から来る黒潮と北からの親潮がぶつかるところにできる大きな水温差が、北から吹いてきた冷たい風をねじ曲げて日本列島に向かわせていた。
立花さんらは2012年7月、千葉県から福島県にかけての太平洋沖、東経143度の南北線上に3隻の観測船を出して気球をあげ、上空の風を観測した。この海域では南からの黒潮、北からの親潮がぶつかり、東西に伸びる境目の南側で水温が高く、北側で水温が低くなっている。その結果、黒潮の海域には低気圧が、親潮の海域には高気圧ができていて、その間を東から西に風が吹いていた。
「やませ」のもとになるのは、太平洋上を北から吹いてくる冷たく湿った風だ。この風に、黒潮と親潮の境目にできる西向きの風がぶつかり、高度1キロメートルより低い部分の風向きを、日本列島のほうに曲げていた。その結果、北から来た冷たい風が日本列島に吹きつけることになる。
「やませ」は、東北地方を中心に、北海道から関東にかけての広い範囲で吹く。今回の観測は千葉県から福島県にかけての海域で行ったが、立花さんは、「海面水温の境目は年によっても位置が変わるし、これと似た境目はもっと北にもある。そこでも同じような現象が起きている可能性がある」と指摘する。これまで大気の現象として説明されてきた「やませ」に、海からの新しい視点を加えた研究といえそうだ。