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未来を創る科学好きな子を育もうー東京都港区立みなと科学館 永島絹代

2022.03.14

永島絹代 / 東京都港区立みなと科学館教育アドバイザー

永島絹代氏

 これからの子どもたちには、予測のつかない未来を粘り強く考え、生き抜く力が必要である。そのために、さまざまな疑問や課題、困難を抱く状況で、科学的な考えや論理的な思考を持ち、問題解決を図り、明るい未来を創ろうとする担い手に育ってほしい。ここでは小学校の教育現場や科学館などでの経験を基に、科学好きな子どもたちを増やすための思いを伝えたい。

「気づけるのはすごいね」と声を掛けよう

 大人になっても「不思議」「どうして」と思うことがある。私自身も、そんな時に勇気を持って誰かに尋ねるのだが、「常識でしょ」とか「当たり前だよ」と言われて、下を向いて終わってしまうことがある。時にはどうしても調べたいという思いにかられ、できうる範囲で自分なりの納得に近づいて、ある程度満足することもある。

 改めて考えると、素朴な事象に疑問や不思議を感じることは「当たり前のことは当たり前ではない」と思える感性であり、何かを調べてみたいという探究の始まりではないか。そこで、子どもたちが疑問や不思議を見つけたら「そこに気づけるのはすごいね」と声を掛けてはどうだろう。もし「当たり前でしょ」と言われてしまうと、探究し、科学しようとする心はしぼんでしまう。

 そうした好奇心を育むため、授業では生活や経験、知識との「ズレ」を見いだせる演示実験や仕掛けを用意し、疑問や不思議、つまり「問い」が持てるようにしてきた。子どもたちが自ら「問い」を見つければ、学習意欲や探究心は格段に高まる。そして探究の過程で腑(ふ)に落ち、新たな知見が生まれると、さらに探究につながり「科学が好き」という思いが生まれるだろう。

自分たちで課題を解決した満足感を

博物館の協力で休耕田の生き物を調べる(筆者撮影、一部画像処理しています)

 探究意欲の高まった子どもは、課題に対して予想し、調べる方法を考えて解こうとする。ここでスムーズに探究を進める子もいるが、途中で挫折してしまう子が出ないようにするには、どうしたらよいか。

 科学の学びは、「簡単で易しいこと」から、次第に「難しくて複雑なこと」へと派生していくものだ。学校ではその橋渡しを行う。授業前には子どもたちがつまずいていること、困難に感じていることを基に、助言や手立て、ワークシート、ヒントカードを準備する。そして授業では、どの子も「自分でできた、分かった」という学びにつながるようにする。「簡単で易しいこと」から少しずつ科学的な思考を加え、「難しくて複雑なこと」への理解を図る。こうして結果的に、自分たちで課題を解決したという満足感を味わえるように学習を計画している。

 近年、ICT(情報通信技術)が急速に普及し、学びの姿は変化している。保護者の中には、端末を渡された子どもが問題やクイズを解く姿を見て、学びが充実したと安心される方もいるかもしれない。しかし、それは「簡単で易しい科学」では妥当でも、新たに考えが浮かんだ時や、直面する実態と合わない「難しくて複雑なこと」の場合はどうだろう。そこでは、一緒にいる先生や友達、家族から個々の状況に応じた適切な助言や賞賛を受けながら、自分で解決したという充実感が得られることが大切だ。そうすれば「難しくて複雑なこと」を探究する意欲や継続性が倍増するだろう。

子ども自身の疑問から探究へ。大人も楽しみながら助言を(筆者撮影)

 やがて子どもたちは、自らの興味や考えを周囲の人に話したり、発見した喜びへの共感を求めたりするようになる。瞳が本当にキラキラ輝いてくる。感性を働かせることで、さまざまな知識を得るだけでなく、人とのコミュニケーション力や自然現象の観察力につながり、人間形成にも役立つ。こうした経験を繰り返し、「科学も好き」から「科学が好き」に変容していくと感じる。大人もこうした学びを一緒に楽しみながら、子どもの創造性、根気よく考える思考や姿勢を育むとよいだろう。

 授業では、アウトプット(発表)の場面を設定する。子どもたちは分かりやすく伝える方法や言葉を考える。一方、教師はエビデンス(根拠)のある科学的な思考や考察を伝えるように助言する。自信を持って意見を言える環境作りも大切である。よりよく話し合う人間関係や、互いを尊重し高め合う気持ちを醸成する機会でもある。子どもたちは互いの良さや発見を温かい言葉で認め合い、正しい情報や根拠を基にした学び合いへと向かう。質の高い科学的探究が深まっていく。

 下図のような科学的な探究能力に配慮した助言や声掛けを意識すると、子どもの思いや思考のつながりを大切にできると思われる。

子どもに助言したい科学的な探究能力育成のキーワード=米国科学振興協会(AAAS)「A Process Approach」(1962年)を基に筆者作成

 私は授業で学習指導要領や教科書を中心にしつつ、それ以外の情報もよりどころに助言をしてきた。その一つとして、科学技術振興機構(JST)の科学情報誌「サイエンスウィンドウ」(現在はネットで公開)がある。科学的な思考力を育む内容で、授業のほか調べ学習の資料としても、市民がリテラシーを高める上でも、役立つ情報誌である。

過程を重視し、主体的で対話のある学びへ

 かつての学習では、速く簡単に解答に至る力が求められた。しかし現在の授業は、答えに至る過程を重視し、主体的、対話的で、深い学びとなるように組み立てている。さまざまな点と点をつなぎ、できた線をつなげて面や立体を作るように、他教科や生活に横断的に関連付けて考える力を養うことを目指している。ものを俯瞰して見て、考える、総合的な力を育みたい。

能面を着けて歩いてみると…(筆者撮影)

 そのための一つの機会として、さまざまな体験を他者と楽しみながら学ぶことが大切である。私はこれまで、多くの外部講師から体験的に学ぶ機会を設け、思考が深まる授業をデザインしてきた。講師は保健師、伝統芸能の担い手、スポーツ選手、商店主、河川土木事務所や保険会社の方、地域のお年寄りや新聞記者など、実に多彩な方々に依頼した。理科学習では、博物館や科学館に連携授業をお願いした。絶滅危惧種や放射線、紫外線、化石掘りなど、教室やICTだけではできない学びの機会を持てるようにした。

 こうした機会を通じて子どもたちは、多くの人や自然環境に支えられて生きていることに気づき、他者への視点を培ってきた。また「〇〇が好き」「〇〇を調べたい」「〇〇になりたい」という、新たな個性や興味関心も高まった。多くの子どもが「科学が好き」と語るようになったのは、科学的に学ぶ喜びを多くの方と味わった結果だろう。

 音楽家や作家との学びで、作曲や物語の創作に興味を持つ子もいた。科学に限らず文化や遊び、自然との触れ合いを通じ、多様な驚きや喜び、発見を積み重ねることが大切である。

 問題解決学習は近年、SDGs(国連「持続可能な開発目標」)学習の一環としても捉えられている。子どもたちは自分や社会の課題が、17の目標のどれにつながるかを考え、未来を具体的に思い描き、その実現のために自分の願いやできることを語るようになっている。人々の「ウェルビーイング」(身体や精神、社会生活などあらゆる面で健康で幸福な状態)について考えたり、社会問題の「トレードオフ」(何かを達成するために、別のことを犠牲にしなければならない状況)を認識したりしている。考えが独り善がりにならないよう、さまざまな立場を俯瞰し、活発に話し合い、物事を多面的に捉えている。

学びとコミュニケーションの充実を

地層を見つめ、地域と地球の歴史を考える(筆者撮影)

 日本の子どもは、科学の有用性の実感が欧米の子どもより低い傾向にあるという。これは日本社会で、単に早く簡単に答えを導き出す方法が合理的で有益だと感じられてきたことにもよる。そうではなく、時に遠回りしても、根気よく自分で調べ、納得できる解に導く過程の喜びを実感させたい。根気よく考え、探究することについて、子どもたちに自信を持たせたい。

 身の周りの当たり前と思われる事象への疑問や自然への興味は、科学への第一歩である。子どもたちがそれらを体験し、コミュニケーションをしながら探究する過程を、喜びと捉えられるようになってほしい。そして大人は子どもに共感し、助言し、成長のステップを喜ぶことが大切だ。共に遊び、触れ合い、楽しむ科学的コミュニケーション。それこそが「科学する心」と「創造力」を育て、明るい社会を創ろうとする科学好きな子どもを育むだろう。

永島絹代(ながしま・きぬよ)

1961年千葉県生まれ。82年千葉県公立小学校教員。理科担当指導主事などを経て、2018年市原市立石塚小学校長。21年から東京都港区立みなと科学館教育アドバイザー。JST「サイエンスウィンドウ」アドバイザー。文部科学大臣優秀教員表彰、コカ・コーラ環境教育賞大賞、東書教育賞優秀賞など多数受賞。文部科学省委嘱「科学的体験プログラムの体系的研究」、「科学的環境プログラム作成」、「子どもとつくる博物館事業」、「学校の博物館利用の現状と課題」などの論文を執筆。地磁気逆転地層活用検討委員など各種研究委員や講師を歴任。著書に「博物館活用ガイド」「温暖化と生物多様性」など。趣味は自然観察、チョウや水生生物の飼育など。

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