2002年に世界で初めてクロマグロの完全養殖に成功した近畿大学水産研究所(和歌山県白浜町)は、配合飼料で育った養殖クロマグロの稚魚を自然界に放流する実験に取り組み、これらの稚魚が自力生残の目安となる30日を越えて、自ら餌を捕食して生き延びていることを確認したと発表した。
実験は、養殖したクロマグロが自然災害などで自然環境へ流出した場合を想定し、実際の海洋でどのような行動や生態を取るのかを調べることを目的とした。今年10月15日と21日に、和歌山県串本町沖合で、生後3カ月の完全養殖第3世代の稚魚(体長16-28センチメートル)計1,862尾を放流した。放流稚魚の背びれには目印となる外部標識(ダートタグ)を付け、さらに11尾には水温や水深、移動経路などを記録する装置「データロガー」を腹部内に装着した。
その結果、10月16日から12月5日までに、計8尾の放流稚魚が和歌県から静岡県にかけての海洋で、遊漁者と定置網によって生きたまま捕獲された。このうち1尾が放流後35日を経過し、もう1尾が同45日を経過していた。養殖魚が自然界に戻った場合、放流後30日までに自らの力で餌を捕食できなければ餓死してしまうと考えられている。捕獲された2尾は、この日数を上回っていたことから、養殖クロマグロに自然環境下での自力捕食、生残能力があることが証明されたという。
しかし今回は、捕獲された養殖クロマグロの個体そのものは回収できなかったため、自然界での行動や生態などの詳細解明はできなかった。同研究所は、国内各地の漁業協同組合や関連研究機関に、放流クロマグロを捕獲した場合の連絡と個体提供を依頼している。さらに放流クロマグロが米国西海岸まで到達する可能性があることから、全米熱帯マグロ類委員会(Inter-American Tropical Tuna Commission:IATTC)にも協力を求めている。
同研究所によれば、放流クロマグロの個体回収が進めば、生存率や成長速度、環境への適応性、回遊経路などの天然魚との比較研究ができる。その場合、逃げ場のない生簀(いけす)で育った養殖魚の方が、海洋環境変化への耐性が優れていると予測され、成長速度や生存率は、餌の探索や捕獲に優れた天然魚の方が優れているとみられている。また、養殖魚の放流による海洋の生物生態系への影響、遺伝子多様性は保たれるのかといった問題なども重要な研究テーマだという。