サイエンスウィンドウ

科学博物館とは何か?その歴史と未来《科学史研究者・有賀暢迪さんインタビュー》【特集 日本科学未来館】

2022.01.19

科学史研究者の有賀暢迪さん。
科学史研究者の有賀暢迪さん。

 科学博物館の原型はヨーロッパで18世紀後半に登場し、その後、世界中に普及・発展してきた中で、その目的や役割、展示の方法も変わってきたという。そもそも科学博物館は何を目的に作られ、これまで何を行ってきたのだろうか。とりまく社会環境が変わる中、未来館のような新しい科学博物館は、これから何を目指していくのだろうか。国立科学博物館で調査研究や展示制作に携わった経験を持つ科学史の研究者、一橋大学の有賀暢迪さんに、科学博物館の歴史とこれからのあり方について聞く。

起源は「ものを集めること」

 全国にはさまざまな科学博物館がある。科学技術を総合的に扱う大型の科学博物館から、交通・通信など産業技術や地域の産業に特化したもの、科学教育を重視するものなど、私たちにとってとても身近な公共施設(機関)だ。ところで「科学博物館」とは何なのだろう。どんな種類があり、どのように発展してきたのだろうか。

 そんな疑問を一橋大学の有賀暢迪さんに伺うことにした。有賀さんは歴史家であり、国立科学博物館の職員として調査研究や展示制作に携わってきた経歴を持つ。

 「そもそも『博物館』とは何でしょうか。『展示をする場所』だと思っている人が多いのですが、歴史的な視点では収集、すなわち、さまざまなものを集めることが博物館の起源です。たとえば、昔の王侯貴族が集めた絵画や美術品を並べて見せたものが美術館になっていったように、博物館の歴史はコレクションの歴史から始まっています」

一橋大学で科学史を研究する有賀暢迪さん(左)。「科学史事典」(日本科学史学会・編)の中の「科学博物館」のセクションは、有賀さんが執筆した(右)。

 世界の博物館が参加する国際博物館会議(ICOM)の定義には、「博物館とは…有形、無形の人類の遺産を収集、保存、調査研究、普及、展示する常設機関」と書かれている。博物館にとって「収集・保存」はもっとも基本的な機能なのだ。その中で、自然科学に関するものを扱うのが広い意味での「科学博物館」ということになる。

自然史と科学技術、2つの流れ

 科学博物館には「自然史博物館」と「科学技術博物館」という2つの大きな流れがある、と有賀さんは説明を続ける。前者の自然史博物館は、主に、動物・植物・鉱物・化石といった自然界にあるものを対象としてきたものだ。 

 「西洋的、すなわち、キリスト教的な世界観では、自然界のものはすべて神様が作ったという考えが根底にあるので、それらを集めて自然について知るということ自体が意味のある活動だったわけです」

 現在のような公共施設としての博物館の先駆けは、1753年に設立された大英博物館と言われる。その開館時には、寄贈された写本や美術品の他に、すでに数万点におよぶ自然史標本があった。この部門がのちに独立してできたのが、現在のロンドン自然史博物館である。また、フランスでは革命後に王立植物園が国立自然博物館に改められ、数々の著名な研究者が集う生物学研究の重要な拠点になった。すでに一般に向けた講義も行われていたという。

 一方、もうひとつの科学博物館の源流、科学技術博物館は、19世紀に始まった(万国)博覧会に起源をもつ。

 「19世紀は蒸気機関や電気の発明品など、さまざまな新しい技術が出てきた時代です。その中で特に産業に使える技術を集めて見せるために始まったのが博覧会です。この博覧会を恒久的な施設にしたのが、科学技術博物館の起源だと考えられます」

 黎明期の代表的な科学技術博物館には、フランス革命後に設立されたパリ工芸院技術博物館(1794年)、第1回ロンドン万博後に作られたサウスケンジントン博物館(1857年、のちにロンドン科学博物館とヴィクトリア・アンド・アルバート美術館に分かれた)などがある。これらの博物館では、機械や電気など、科学の応用としての「技術」が扱われた。

 科学技術博物館の歴史の中で画期的だったのは、20世紀初頭にミュンヘンに開設されたドイツ博物館だ。同博物館では、技術教育を目的とした体験型の展示が本格的に取り入れられた。

 「動かないものを展示しても意味がない、と考えたわけです。それも、展示する側が動かすだけでなく、お客さん自身が動かして仕組みを理解してもらう、という展示が行われました。『動態展示』と呼ばれるものの始まりです」

 このように、自然史博物館と科学技術博物館という2種類の科学博物館は異なる起源を持つが、そのどちらも、収集・保存、「ものを集める」ことが出発点になっている。

(左)1753年設立の大英博物館。自然史博物館の先駆けともいえる” (右)1925年完成の、ミュンヘンに設立された科学技術博物館、ドイツ博物館。来館者参加型の展示が本格的に導入された
(左)1753年設立の大英博物館。自然史博物館の先駆けともいえる” (右)1925年完成の、ミュンヘンに設立された科学技術博物館、ドイツ博物館。来館者参加型の展示が本格的に導入された

「サイエンスセンター」の登場と発展

 20世紀に入ると、自然史博物館や科学技術博物館とは異なる、新しい種類の科学博物館が登場する。英語で「サイエンスセンター」と呼ばれるもので、日本の「科学館」の多くはこれにあたる。その代表は、サンフランシスコに開設した「エクスプロラトリウム」(1969)と言われ、特に第2次世界大戦後に大きく発展した。その特徴は、伝統的な博物館の基本機能である「収集・保存」を重視していないことにある。一方、観客が触って体感できるハンズオン展示や、科学と芸術を組み合わせた体験型の展示を取り入れ、体験を通じて理解する、新しい科学博物館の形を提示した。

 「サイエンスセンターの展示は、ものではなく、原理や概念の説明であることが大きな特徴です。その対象も『生物地学系』ではなく、『物理化学系』中心という点で、自然史博物館と異なります。また、技術そのものを見せるのではなく、科学の知見や原理・法則を見せることに重点を置いている点で、科学技術博物館とも違います」

 サイエンスセンターの発展を後押ししたのは、当時の科学技術に対する「夢」だったのではないか、と有賀さんはいう。

 「戦後は『科学技術が新しい発展をもたらしてくれる』という夢があった時代です。日本でも、学校教育とも連携しながら、科学の知見を広める役割を果たしてきたといえるでしょう」

1969年、米サンフランシスコに開設されたサイエンスセンター、「エクスプロラトリウム」 © Exploratorium, www.exploratorium.edu
1969年、米サンフランシスコに開設されたサイエンスセンター、「エクスプロラトリウム」 © Exploratorium, www.exploratorium.edu

「現在からその先」を扱う未来館

 日本における「サイエンスセンター」の代表的な機関のひとつに、日本科学未来館(未来館)がある。しかし、それは「ものを持つか・持たないか」という観点からの分類であって、未来館は、狭い意味でのサイエンスセンターとは異なる、と有賀さんは考えている。

 「未来館の英語名は、” The National Museum of Emerging Science and Innovation”。『Emerging(萌芽的な)』という言葉が入っていますよね。つまり、未来館の主題は、現在進行形で生まれつつある今日の科学技術と、それがこの先もたらすことにある、と思っています」

 そして、未来館が伝えようとしてきたのは、”まだわからないこと” ではないか、という。

 「未来館は、すでにわかっていることより、今、わかりつつあることや、まだわからないことに力点をおいていると思います。私が以前いた国立科学博物館の科学技術展示は、ものが主体で、『過去と現在』を中心に扱っているといえますが、未来館が扱っているのは『現在からさらにその先』です」

「未来館が伝えたいのは、現在からさらにその先にある、まだわからないこと」(有賀さん)
「未来館が伝えたいのは、現在からさらにその先にある、まだわからないこと」(有賀さん)

「空間での体験」が課題

 未来館は、「現在のさらに先を扱う」科学博物館として、従来の博物館とは異なる取り組みを積極的に行ってきた。その中には、来館者・研究者と科学コミュニケーター(SC)・スタッフが、未来館での展示やイベントを通して一緒に考える取り組みや、研究者が館内に研究室を持ち、来館者やSCと対話しながら研究活動を行う「研究エリア」などがある。このような「ともにつくる」姿勢は、これからの科学博物館の、ひとつのあり方になっていくのだろうか。

 「そういう方向性は大いにあると思います。たとえば水族館に行くと、水槽で作業をしている様子を見ることができます。ああいうふうに、今、研究者がやっていることをそのまま見せることができれば面白いですね」

 その一方で課題もある、と有賀さんはいう。科学博物館が展示の対象を「もの」から「原理や概念」、さらに「活動」へと広げてきた。この変化の中で、急速に発展するデジタル技術が、展示のあり方を大きく変えていくのではないか、と有賀さんはいう。

 「たとえば、バーチャル・リアリティなどの映像技術やデジタル・アーカイブの技術が発展すれば、わざわざ博物館という場所に行かなくてもよいのではないかという意見が出てくるかもしれません。そうなった時、博物館に足を運ぶ意味とは何なのか。私は、展示をいかに『空間での体験』に落とし込めるかが課題だと思います」

未来館の展示やイベントは、来館者・研究者・未来館のスタッフが「ともにつくる」ことを目指している
未来館の展示やイベントは、来館者・研究者・未来館のスタッフが「ともにつくる」ことを目指している

変わり続ける意識が大切

 社会教育的な役割を持つサイエンスセンターは、「新しい技術を社会に紹介する」という点で、産業振興やイノベーションとも深くつながってきた。その時代の社会の状況は、科学博物館が何をどのように伝えるのか、ということに大きな影響を及ぼしてきた、と有賀さんはいう。

 「科学博物館にとって、もっとも大きな社会の変化は、科学技術の発展が必ずしも社会にとってプラスではない、ということが共通認識となったことでしょう。『科学技術によって人類は進歩してきた』というプラスの側面だけではなく、新しい科学技術がマイナスの側面を持つかもしれない、ということも考える必要があります」

 科学技術でできることは確かに広がっているが、科学技術で何でも解決できるわけではないし、かえって問題をもたらす可能性もある。この微妙なバランスを、これからの科学博物館はどう表現していけばいいのだろうか。

 「研究開発の現場と一般の人々の距離感をどう縮めるか、展示を見に来た人にどんなメッセージを持って帰ってもらうかを、社会環境の変化をふまえて博物館側が真剣に考えることが必要でしょう。博物館はこれまでずっと変わってきましたし、これからも変わり続けるものです。そういう意識が大切ではないでしょうか」

科学技術と社会の距離感を縮める展示へ(未来館の常設展示「オピニオン・バンク」)
科学技術と社会の距離感を縮める展示へ(未来館の常設展示「オピニオン・バンク」)

【コラム】科学博物館の歴史

 科学博物館は時代とともに、その機能と役割を変えてきたという歴史がある。その時代の社会の状況は、科学博物館が何をどのように伝えるのか、ということに大きな影響を及ぼしてきたそうだ。年表では、自然史博物館に関わるもの、科学技術博物館に関わるもの、サイエンスセンターに関わるものとして、3つの分類で博物館の変遷を辿っている。

 参考資料:日本科学史学会・編『科学史事典』「科学博物館の歴史〜時代とともに変わる機能と役割」

科学博物館の歴史 (編集部作成)
有賀 暢迪(ありが・のぶみち)

有賀 暢迪(ありが・のぶみち)
2010年、京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学(科学哲学科学史専修)。2013年、国立科学博物館理工学研究部の研究員となる。2017年に京都大学から博士(文学)の学位を受け、2021年4月より現職。大学院で科学史の教育・研究を行うとともに、学芸員資格取得プログラムを共同で担当している。

関連記事

ページトップへ