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少し先の未来、みんなで考える 《日本科学未来館 浅川智恵子館長インタビュー》【特集 日本科学未来館】

2021.12.22

日本科学未来館の2代目館長、浅川智恵子さん
日本科学未来館の2代目館長、浅川智恵子さん

 2001年に誕生し、今年20周年を迎えた日本科学未来館。節目の年に2代目の館長に就任したのは、浅川智恵子さんだ。小学生の時の事故がもとで視力を失った浅川さんは、ホームページを読み上げる情報アクセス技術や、街歩きの際に行き先まで誘導してくれる「AIスーツケース」など、30年以上にわたりアクセシビリティ技術の研究開発に携わってきた。未来館はこれからどう変わっていくのかなどについて話を聞いた。

子どもも大人も高齢者も、科学を身近に

―これまでの未来館の20年の歩みをどのようにご覧になりますか。

浅川 私が館長に就任することが発表された後、学生から「小学校の時に未来館に行きました!」「ASIMOに感動しました!」と声をかけられました。インターネットで情報が伝わる仕組みを可視化した常設展示「インターネット物理モデル」に感動してコンピューターサイエンスをやろうと決めたという学生もいて、実際に私と一緒に研究をしているわけです。小学生がインターネット物理モデルを見て感動したってすごいと思いませんか? こうやって未来館は理系に興味を持つきっかけをたくさんの方に提供してきたんだ、と実感しました。

インターネットで情報が伝わる仕組みを視覚的に表した「インターネット物理モデル」(日本科学未来館提供)
インターネットで情報が伝わる仕組みを視覚的に表した「インターネット物理モデル」
(日本科学未来館提供)

 未来館ではこれまで、学校での学びの範囲にとらわれない先端の研究を取り入れた実験教室を行ってきました。テーマはロボットやプログラミングだけでなく、専門的な実験器具を使った化学や生物などです。インターネット物理モデルを見て感動するような子どもたちは、もしかしたら学校では科学技術に対する疑問や興味関心を共有する相手に恵まれないかもしれません。ですが、未来館に来て、その実験教室などでつながって、「自分だけじゃなかった」と小さなコミュニティーができたという話も聞きました。科学というものを中心にして、子どもたちをつないでいくミッションを未来館は果たしてきたのかな、とも思っています。

―これからの未来館はどう変わりますか。

浅川 前館長の毛利衛さんは宇宙飛行士で、宇宙から地球を俯瞰的に見た経験をもとに未来館をリードされていました。私はアクセシビリティという「人」中心の分野の研究者で、そして障がい者です。私のこれまでのバックグラウンドを活かして、今度は「人」の視点から社会、地球、宇宙を見ていくというアプローチをとれればと思っています。 少し先の未来を、未来館に来て想像したり、体験したりするような、そんな展示やイベントをしていきたいですね。

ジオ・コスモスは1000万画素を超える高解像度で、宇宙空間に輝く地球の姿をリアルに映し出す(日本科学未来館提供)
ジオ・コスモスは1000万画素を超える高解像度で、宇宙空間に輝く地球の姿をリアルに映し出す
(日本科学未来館提供)

 未来館の常設展示は、他では見られないような科学技術を体験できるという特徴があると思います。ただ、先に紹介した「インターネット物理モデル」はすでに20年ほど活躍しています。私としては、今の最先端を見せるように常設展示のアップデートサイクルをもう少し短くしていきたい。それを実現する展示制作の仕組みも、みんなで検討しているところです。

 そして、科学技術をもっと身近なものとして考えてもらえるようにしたい。10月になるとノーベル賞に注目が集まりますが、「ノーベル賞ってすごいよね、でも自分とは違う世界だ」ではなくて、これからの未来を担う一人ひとりに活躍のチャンスがあります。第6期科学技術・イノベーション基本計画にもあるように、理系人材の育成を幅広く急ピッチで進めなければならないと感じています。

 また、「子どもの頃以来、しばらく行ってません」と言われてしまうこともある未来館ですが、社会人や高齢者の方々にも展示やイベントを通して、今いる場所で自分に何ができるかということを考えてもらえるきっかけをつくっていければと思っています。特に大きなチャレンジになるのは高齢者の方にもっと来てもらうことですね。これまでお孫さんと一緒に来ていただく機会が多かったと思うのですが、高齢者だけでも来てもらえるような、例えば人生100年時代にどう備えるべきかを考えるようなきっかけづくりをしていきたいと思っています。

一人ひとりの力が大きなうねりを起こせる

―未来館では未来をどのように考えますか。

浅川 2030年に向けて、特に力を入れたい4つのテーマが「人」「社会」「地球環境」「フロンティア」です。「人」では、先ほども述べたように、人生100年時代をより良く生きるためにどう備えるかを考えるきっかけづくりをしていきたい。「社会」では、例えばAIやロボットが、街や人々の生活を豊かにする可能性を十分に伸ばしながら、そこから生まれる課題とどのように向き合うかを考えたい。「地球環境」では、私たちの環境への意識を変えるために私たちはどんな活動をするのか、逆算していけば少しずつすべきことも見えてきます。「フロンティア」は、宇宙のように科学が切り拓く人類の知をあらゆる人と共有していきたい。これら4つの視点で少し先の未来をみんなと一緒に考えられるようにしたいなと思います。

インタビューに答える浅川館長
インタビューに答える浅川館長

―未来を見せるだけではなく、みんなで考える場をつくるということでしょうか。

浅川 科学技術の成果が皆さんの未来をどのように変えていくかというのは今後ももちろん見せていくと思いますが、それだけではなく語れる場をつくり、未来館のビジョン「あなたとともに『未来』をつくるプラットフォーム」を実現していきたいです。

テクノロジーの力でダイバーシティを「普通」に

―多様性を尊重できる社会を実現するために科学は何ができるのでしょうか。

浅川 ダイバーシティは今、少しずつ浸透しつつあるのかも知れませんが、誰かに強制されるからではなく「当たり前のこと」として受け入れられなければ、本当の意味で実現できないのではないかと思います。米国ではそれがかなりできていると感じます。国民性もあるとは思いますが、米国では公立の学校に障がいのある子どもも当たり前にいるので、教育の影響も大きいと感じます。車いすの人や視覚障がい者が飛行機を利用するのも至って普通のことです。特別に助けてくれないけれど過剰な心配もされません。ですので、米国では急流下りとかスキューバダイビングとか、結構面白い体験ができました。

 未来館では、例えば一緒に実験教室に参加して子ども同士が知り合うきっかけをつくることなど、何か面白い取り組みができるかもしれません。

浅川館長が開発を進める「AIスーツケース」は、搭載されているカメラやレーダーで周囲を捉え、ハンドルを振動させたりして目的地まで人を安全に誘導する(協力:次世代移動支援技術開発コンソーシアム)
浅川館長が開発を進める「AIスーツケース」は、搭載されているカメラやレーダーで周囲を捉え、ハンドルを振動させたりして目的地まで人を安全に誘導する(協力:次世代移動支援技術開発コンソーシアム)

 あとはテクノロジーが実際に人々を助ける姿を見せることも重要と思います。今私は、このインタビュー中も点字メモ機を使ってメモを取っているわけですけれども、装置をモニターにつなげば子どもたちにメモを見せられるわけですよ。私が開発を進めている「AIスーツケース」に行き先を誘導される目が見えない子と見える子が一緒に歩いたり、音声認識ツールを使って耳の障がいの有無に関わらずお互いに自己紹介したり。テクノロジーの力を借りて障がいが特別ではないものと感じてもらうのは、未来館だからこそできることかもしれないですね。

研究者も「使う」未来館へ

―研究者として未来館にどのような可能性を感じていますか。

浅川 研究者は社会とのつながりが限られているので、私も被験者を集めるのに苦労してきました。未来館というたくさんの方が集う場というチャンネルを通すと、日本中に声をかけやすくなります。他分野の研究者と出会う機会も多くなり、研究の可能性が広がることも期待できます。

 未来館には、研究者が研究活動や科学コミュニケーション活動を行う「研究エリア」があります。現在12の研究室があって、ほとんどの部屋はガラス張りです。コロナ前は、来館者の方が中を見学するようなイベントも行っていたんですよ。なかなか大学の研究室は訪問できませんが、研究ってこんな感じでやっているんだよと未来館では見せています。

 研究者自身が今取り組んでいることをかみ砕いて人々に伝えることは、次の世代を育てるという意味でも重要です。研究者がダイレクトに語りかけて人々とつながっていくような場として未来館を使っていただきたいと思います。未来館はそのつなぎ役を戦略的に担うという役割があると思います。

―最後に若い研究者の方へメッセージをお願いします。

浅川 未来館にはノーベル賞を受賞した先生方に一言ずつ問いをもらう「ノーベルQ」という常設展示があります。先日、京都大学特別教授の本庶佑先生から、「私は何が知りたいのか」という問いをいただきました。なるほどなあ、と私も思いました。

 研究テーマは案外身近にあるんですよね。それが研究テーマかどうか気付けるか、そしていいテーマかどうか気付けるか。そのためにはやはり知識と経験を積み上げていくことが大事だと思います。私はこれまで、特にIBM入社後にいろいろな機会に恵まれて、時には音を上げそうになりながらも「ノーと言わない」をモットーに挑戦を続けてきました。そして挑戦のすべてが今役に立っているという実感があります。いくつになっても知識と経験を積み上げることで人生はひらけますが、若い研究者の方々にはぜひいろいろと積極的に挑戦する中から、自分が「何を知りたいか」を見つけてほしいです。

浅川智恵子(あさかわ・ちえこ)
日本科学未来館 館長
11歳の時の事故が原因で14歳の時に失明。1985年 日本アイ・ビー・エム(株)東京基礎研究所に入社。非視覚的ユーザー・インターフェースの研究・開発に従事。2003年米国女性技術者団体(The Women in Technology International)殿堂入り。2004年東京大学工学系研究科先端学際工学専攻博士課程を修了、博士(工学)取得。2009年IBMフェロー就任。2013年紫綬褒章受章、米カーネギーメロン大学客員教授を兼務。2021年4月から現職。

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