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新技術で脱炭素社会をもたらす≪磯貝明さん、織田晃さんインタビュー≫<特集 令和3年版科学技術・イノベーション白書>

2021.08.18

セルロースナノファイバーについて説明する、東京大学大学院農学生命科学研究科教授の磯貝明さん
セルロースナノファイバーについて説明する、東京大学大学院農学生命科学研究科教授の磯貝明さん

 これからの未来社会で私たちが直面する社会課題の解決に必要なこととして、脱炭素社会の研究開発が注目されている。脱炭素化の実現に向けて最新技術の研究開発を進める東京大学大学院農学生命科学研究科教授の磯貝明さん、名古屋大学大学院工学研究科助教の織田晃さんに、研究の概要や脱炭素社会に向けての展望を聞いた。

植物繊維からなるセルロースナノファイバー

 産業革命以降、人類は石炭、石油などの化石燃料を利用することで豊かな生活を築いてきた。その一方で、分解されないゴミの蓄積、海洋マイクロプラスチック問題、異常気象や地球温暖化などさまざまな問題が生じ、脱炭素社会の構築が求められている。脱炭素社会とは、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出を抑え、排出されたCO2の回収などを実現して温室効果ガスの排出量を実質的にゼロにする社会のことだ。

 磯貝さんは、社会の脱炭素化に大きく貢献する可能性を秘める植物由来の素材、セルロースナノファイバー(CNF)をつくる技術を開発した。CNFは、木材から得られる製紙原料のパルプ繊維をさらに細かくほぐしたもので、太さは3ナノメートル(ナノは10億分の1)と髪の毛の3万分の1ほどしかない。これほど細いにもかかわらず非常に強く、化学的にさまざまな機能を付与することができるため、新たな工業材料として注目を集めている。

 「セルロースは大気中から吸収したCO2を材料に、光合成によって作られるブドウ糖(グルコース)が直鎖状に連なってできています。樹木の重量の約40%を占め、地球上で最も多く蓄積されている高分子です。植物由来であるため再生産可能で、使用後、焼却処理しても大気中のCO2を増やすことにはなりません。化石燃料由来のプラスチックなどに置き換わっていけば、脱炭素社会に貢献できる素材です」(磯貝さん)。

水に通常のパルプを混ぜたもの(左)。CNFを混ぜたものは透明に見える(中)が、直交偏光板を置くとCNFが分散しているのが観察できる(右)
水に通常のパルプを混ぜたもの(左)。CNFを混ぜたものは透明に見える(中)が、直交偏光板を置くとCNFが分散しているのが観察できる(右)

産学連携で実用化が広がる

 磯貝さんは大学院生のころからセルロースの利用について研究していたが、セルロース繊維を取り出すことは容易でなかった。転機は1995年に訪れた。オランダの研究グループがTEMPO(有機分子触媒)と呼ばれる物質を触媒に用いて、常温常圧で有機溶剤を使わずにデンプンを酸化したという研究成果を報告したのだ。磯貝さんは、TEMPO触媒をデンプンと同じ多糖類のセルロースにも応用できるかもしれないと考え、研究に取り組んだ。そして2006年、当時の大学院生とともに、大きなエネルギーを投入することも、有害な薬品を使うこともなく、パルプ繊維をTEMPO触媒で処理してCNFを得る技術を開発することに成功した。

 この成果を企業に持ち込むと、温暖化対策に貢献できるメリットに加えて、多様な機能を付与できるという特徴が注目され、多くの企業が産学連携での研究開発に参入。TEMPO触媒以外のCNF製造法開発も進み、すでに実用化に至った例もある。

CNFの実用化について語る磯貝さん
CNFの実用化について語る磯貝さん

 例えば、CNFに消臭機能を持つ金属イオンを付着させた介護用の紙おむつ。CNFを分散剤として混ぜることでインクが均質化して滑らかになり、筆圧をかけずに書けるボールペンも市販されている。コンクリートの混和剤、またシャンプーやリンスなどにも使用されている。

 さらにCNFを混ぜ込むことで酸素を通さないフィルムも開発されている。これが包装材に応用されれば、食品や医薬品の酸化による劣化を抑えられる。化石燃料由来の包装材は大量に消費されているだけに、その一部がCNFに置き換わるだけでも、相当にCO2の排出を抑えられるに違いない。

 磯貝さんは、タイヤへの応用にも注目している。安定性を高めるために、タイヤゴムにはすす(カーボンブラック)が加えられているが、タイヤは徐々に削れてカーボンブラックが環境中に排出されていく。その点、CNFなら、タイヤが削れることによって排出されても環境に悪影響を及ぼすことはないと考えられる。「CNFとゴムは相性がよく、混ぜることで強度を高められます。既にCNFを使用した自動車用のタイヤが開発され、市販されており、環境負荷低減に向け有力な代替候補になっています」

日本の製紙産業が持つ高い技術を活用して

 現在はまだCNFの生産量は少ないため価格が高く、少し加えるだけで高機能をもたらす使い方に限られているが、磯貝さんは、「これからもいろいろな分野の人に、素材として面白いと思って使ってもらいたいですね。今後、安価かつ、大量に製造できるようになれば応用の幅も広がるはずです。そうして少しずつでも石油由来の素材をCNFに置き換えられれば」と展望を語る。

木質バイオマスに蓄積された炭素は従来から循環利用されてきた(図の左側)。この循環に加えて、最先端の素材として利用する新しい物質循環の輪(図の右側)が、CNFによって創り出される(『JST news』2017年12月号より)
木質バイオマスに蓄積された炭素は従来から循環利用されてきた(図の左側)。この循環に加えて、最先端の素材として利用する新しい物質循環の輪(図の右側)が、CNFによって創り出される(『JST news』2017年12月号より)

 日本の製紙産業には高品質な製紙用パルプと電力を生み出す高い技術がある。「日本の中山間地には、使われていない間伐材がたくさんあります。これを利用できれば日本の森林産業を活性化できます。課題はありますが、原料があり技術がありますから、バイオマス由来の新しい産業が日本で創成できれば、グローバルな課題に貢献できると考えています」(磯貝さん)。応用範囲が広いだけに、SDGsのさまざまな目標への寄与も期待される。

■CNFに期待されるSDGs貢献の可能性

磯貝さんの資料をもとに編集部が作成
磯貝さんの資料をもとに編集部が作成

「夢の反応」の実現で脱炭素化をめざす

 一方、エネルギー問題への貢献につながる研究を進めているのが織田さんだ。

コンピューターでゼオライト細孔内のオキシルをシミュレーションしている様子(織田さん提供)
コンピューターでゼオライト細孔内のオキシルをシミュレーションしている様子(織田さん提供)

 現在、都市ガスとして利用されている天然ガスは、採掘技術の進歩により、利用可能な埋蔵量が増加している。主成分であるメタンは、石油や石炭に比べて燃やしたときのCO2の発生が少なく、クリーンな燃料として注目を浴びている。ただ、常温常圧で気体であるため、輸送、貯蔵のコストが高く、常温常圧で液体のメタノールへの変換が求められてきた。

 一方で、メタンをメタノールに変換する反応は化学者の間で長い間、「夢の反応」と呼ばれてきた。その理由について、織田さんはこう説明する。「メタン(CH4)とメタノール(CH3OH)の違いは、酸素原子が1つあるかどうかだけです。メタノールに変換するにはメタンに酸素原子を1つ加えればいい、つまり部分酸化すればいいのですが、メタンは原子同士の結合が強く、非常に安定した物質で、水素と炭素の結合を切るには大きなエネルギーが必要です。ところがエネルギーをかけると、メタンは完全に酸化してCO2と水になってしまうのです」

ゼオライトを用いてオキシル(中央のピンク)
をつくることに成功(織田さん提供)
ゼオライトを用いてオキシル(中央のピンク)
をつくることに成功(織田さん提供)

 織田さんらの研究グループは、反応が行き過ぎないよう低温でメタンを部分酸化できる活性酸素「オキシル」を発見した。オキシルは電子を受け取りやすい状態にあるため、メタンのCH結合に取り込まれやすい性質を持つという。織田さんらは多孔質のゼオライトという触媒を利用して、このオキシルをつくることに成功。これを用いてメタンからメタノールを室温で合成した。

エタン、プロパンはさまざまな物質の原料として利用されるが、メタンの利用はほぼ、都市ガスに限られている(織田さん提供)
エタン、プロパンはさまざまな物質の原料として利用されるが、メタンの利用はほぼ、都市ガスに限られている(織田さん提供)

 この技術が広く実用化できれば、効率的な運搬、貯蔵が可能になるが、CO2の25倍の温室効果があるメタンからメタノールへの直接変換にはさらなる利点があると、織田さんは指摘する。「メタノールは化学原料としても扱いやすく、さまざまな物質の原料になります。メタンは物質としての安定性が非常に高くて扱いづらいため、ほぼ燃料として利用されてきましたが、メタノールに変換できれば、エタンやプロパンと同様に燃料として、化学原料として、利用の幅はぐっと広がるのです」

低濃度のCO2回収につながる技術も開発

 また、織田さんらはゼオライトにカルシウムイオンを配置して、CO2の吸着剤を開発した。CO2が400~5000ppm(ppmは100万分の1を示す濃度の単位)という低濃度にしか含まれていない気体からでも、CO2だけを選択的に吸着できることを確認している。

ゼオライトの細孔内に配置されたCa イオン上で起る CO2 吸着(織田さん提供)
ゼオライトの細孔内に配置されたCa イオン上で起る CO2吸着(織田さん提供)

 織田さんは、「CO2を絶対に排出しないというのは難しく、将来的には大気から直接、CO2を除去する技術が求められるでしょう。大気に拡散したCO2を集めるのは容易ではありませんが、拡散したCO2を濃縮する技術が確立すれば、回収して利用する幅も広がります。CO2の吸着剤の開発は、大気から直接、CO2を除去する技術につながると思います」と今後の発展に期待を寄せる。

 織田さんはオキシルの創出につながる現象を、実は学部生のときに見いだしていた。しかしそのときには、「現象は面白いが信じられない」と言われ、うまく説明できないことが悔しかったという。「もっとわかりやすく伝えたい、それには自分がもっと理解しないといけないと一生懸命、研究をし、気づいたら博士課程を卒業していました(笑)。その後の研究生活で実験や計算を組み合わせるうちに、ひもがほどけるように謎がとけて、今回の発見につながりました」

 

 織田さんの研究は早くから一部の専門家の間では高く評価され、大学院時代の2013年には岡山県内の優秀な理工系大学院修了(予定)者を表彰する仁科賞を受賞。JSTのさきがけ研究者に選ばれるなどの評価を受けている。メタンの部分酸化の話を聞いたとき、「夢の反応ってあるんだ」と衝撃を受けたという織田さん。高校生にも書けそうな式なのに実現できない化学反応を起こせるようになれば、という学生時代の思いが実った今回の発見を第一歩として、さらに脱炭素社会構築へ貢献したい考えだ。

磯貝明(いそがい・あきら)
東京大学 大学院農学生命科学研究科 特別教授
1985年東京大学大学院農学研究科博士課程修了。米国紙化学研究所大学院大学化学科博士研究員、東京大学教授などを経て、2020年より現職。フィンランド・アールト大学名誉学術博士。

織田晃(おだ・あきら)
名古屋大学 大学院工学研究科 助教
2015年、岡山大学大学院自然科学研究科博士課程修了。岡山大学大学院自然科学研究科客員研究員(JST さきがけ研究者)を経て、2019年より現職。

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