東日本大震災の翌年に発足し、東北地方発の研究所として地元に寄り添い、復興の中核を担ってきた東北大学の「災害科学国際研究所(IRIDeS)」。東日本大震災から10年という節目を迎えた今、震災を教訓として次世代へ伝え、実践的な防災・減災に生かすために私たちができることは何だろうか。これまでの多角的な活動を振り返るとともに、今後の展望と課題について、所長の今村文彦さんと教授の小野裕一さんに聞いた。
想定を上回る被害、課題解決に向け再出発
東北地方はもともと地震が多く、度々被害を受けてきた。代表的なものに1896年の明治、1933年の昭和の三陸地震・津波、1960年のチリ沖地震津波、そして1978年と2003年の宮城県沖地震などが挙げられる。そこで東北大学は2007年、さまざまな分野から約20名の研究者を集め、実践的な防災・減災研究の推進を目的に「防災科学研究拠点」を形成した。
しかし、東日本大震災の被害は研究者たちの想定をはるかに上回った。宮城県沖を震源とした東北地方太平洋沖地震は、巨大な津波による甚大な被害をもたらしたのだ。市民との対話・意思決定のサポート、より複合的な調査・研究、災害時の医療体制、想定外の内容への対応、危機管理など課題が噴出。もう一歩踏み込んだ取り組みが必要だった。
こうした課題を解決するため、震災の翌年、同拠点の規模を大幅に拡大する形で再出発したのがIRIDeSだ。事前の防災・減災対策から災害発生後の初動体制・救急対応、復旧・復興までを一つのサイクルと捉えた「災害科学の深化」と、災害被害の軽減に向け社会の具体的な問題解決を目指す「実践的防災学の構築」を軸に活動を進めた。
メカニズム解明から、地域ニーズへの対応に変化
震災発生直後の混乱下「新しい体制づくりは手探りで、各専門を災害研究にどう生かすかを模索する日々でした」と今村さん。巨大津波で多くの自治体の機能が失われ、原子力発電所事故による環境汚染や生活支障も生じていたという。
発足から3年程度は、被災地支援に加え、被害実態の把握、巨大地震や津波の発生メカニズムの解明が活動の中心となった。自然科学・人文社会学が融合した学際的研究所としての基盤を強固にする時期でもあったという。4年目以降は、多角的な調査・研究を展開し、地域ごとの状況やニーズの違いが見えてきた。体制は、しだいに地域・社会のニーズに合わせた多分野連携チームへと変わっていく。
「例えば、平野部や沿岸部など、地域によって状況は違います。少しの違いでも、現地の方にとっては大きなものになります。各地域の状況を把握、分析しつつ、さまざまな分野が円滑に連携をとる。そこが大変であり重要でした」(今村さん)
防潮堤計画、賛成と反対が拮抗
同研究所は、被災地発の研究所として、震災の教訓を次世代に伝えるために何ができるかを模索し、地域に寄り添ってさまざまなプロジェクトを進めてきた。地域の課題は、歴史的・文化的視点などの多角的なアプローチが求められるものも多い。
今村さんは、特に印象的なエピソードとして、防潮堤に関する議論を挙げてくれた。「宮城県での気仙沼や女川はこれまで防潮堤がなく、機能や景観が維持されていましたが、東日本大震災で甚大な被害を受け、地域を守る社会インフラとして防潮堤計画が持ち上がりました。しかし賛成と反対が拮抗し、なかなか議論が進みませんでした。全員が納得する着地点は難しいのですが、防災・減災の観点から防潮堤で最低限を守る必要性を、丁寧に説明するよう心がけました」
コンクリートの壁は見た目の圧迫感が強く、周辺との景観が守られない。そこで、気仙沼は、傾斜をつけた複合施設を設置し、高さを感じさせない防潮堤をつくった。一方、女川は、防潮堤の高さに地面をかさ上げして町全体をつくり直す道を選んだ。復興への想いは、それぞれの地域の住民一人ひとり異なる。そこへ科学的知見に基づき、地域コミュニティーと一緒に具体的な案を考えていくことも、災害科学が担うべき重要な役割だろう。
さらに、一人ひとりの津波防災意識を高めるため、地域の特性から防災・避難計画に生かす実践的な津波避難プロジェクト(2012~)も産学官で進められた。この取り組みは現在、東北地方だけでなく国内外に広く発信されている。
国際的な機運の高まり、若い人材の活躍も
2015年3月には「第3回国連防災世界会議」が仙台で開催された。5日間でのべ15万人が参加し「仙台防災枠組2015-2030」が採択された。
そのサポートに携われたことはとても大きいと今村さんたちはいう。この年にはパリ協定、持続可能な開発目標(SDGs)が採択された。防災や気候変動など人類が直面する課題へ取り組むための枠組みがつくられ、国際的な機運が高まったタイミングでもある。同年、研究所内には「災害統計グローバルセンター」も設置された。
同センター長を務める小野さんは、災害統計の重要性を語る。「2015年時点で、ほとんどの国が災害による死者数や経済的損失などの統計を取っていませんでした。当センターは国連開発計画(UNDP)と共同で、途上国政府の災害被害統計の整備、統計データの格納、データの分析から政策立案を支援する仕組みの構築を目指しています。現在アジアの7カ国でパイロット・プロジェクトを推進していますが、今後さらに広げる予定です」
そして、同センター設立から約2年後。IRIDeSを中心に世界防災フォーラムが立ち上がる。仙台防災枠組の内容と東日本大震災の経験をもとに、国内外の防災について議論する場だ。誰でも参加できる市民参加型国際会議を目指し、これまで2017年と2019年に開催された。2021年以降も開催を予定している。
そこから若い人材も活躍し始めた。このようなフォーラムをきっかけに、さらなる若い人材の育成と世界発信にもつなげたいと小野さん。「世界防災フォーラムで活躍した東北大学の学生の一人は、国連教育科学文化機関(UNESCO)に就職しました。防災の知見を持った被災地出身の若い人材が、国際機関で活躍することは防災意識を高めるためにも非常に意義深く、一つのロールモデルにもなると思います」
記憶を風化させないための取り組み
震災の記憶を風化させないためには、教訓を共有し、次世代に語り継ぐ必要がある。IRIDeSのプロジェクトをいくつか紹介しよう。
1つ目は、被災した地域の小学校における出前授業「減災教育『結』プロジェクト」。震災の経験を語り継ぎ、一人ひとりの減災意識を高めることが目的だ。通常の授業に加え、減災の知識を深めるために考案された「減災ハンカチ」を使い、自ら考え、理解を深めるよう促す内容になっている。例えば、「災害が発生したらどう行動すればいいの?」「日頃から何を用意しておけばいいの?」など、被害を最小限におさえるための減災の知恵が書かれている。
2つ目は、国内外や未来に共有するデジタルアーカイブプロジェクト。「みちのく震録伝(しんろくでん)」は、産官学の機関と連携して、東日本大震災のあらゆる記憶や記録を収集している。連動する「東日本大震災語りべシンポジウム」は、2011年から年1回の頻度で継続する活動で、2021年3月6日には「かたりつぎ in 多賀城」も予定される。
3つ目は、地域を超えた取り組みだ。点在する震災の遺構・伝承館などをネットワークで結ぶ「3.11伝承ロード推進機構」や、世界中の災害関連博物館のネットワークづくりが挙げられる。いわきから八戸まで歩き、個人や団体の復興の様子を国内外に伝える「World Bosai Walk Tohoku +10」を今年秋に行うことを検討中だ。
4つ目は、市民と震災の教訓を共有し発信する取り組みだ。定期開催される「IRIDeS金曜フォーラム」「みやぎ防災・減災円卓会議」は、IRIDeSの研究成果やメディアも含んださまざまな団体の活動や、地域課題の解決方法を市民とともに議論する。小野さんは「一般の方も来られる仕組みにはなっていますが、まだまだ出席者は少なく、参加しやすい雰囲気づくりが必要です」と語る。
自分の命は自分で守るという意識を
近年、地球規模の気候変動を背景に、これまで経験したことのない災害が多発している。避難遅れを避けるためのさまざまな周知活動や地域と連携した領域横断的な取り組みを続ける今村さんたちは、危機管理や防災教育に加え「思い込まないこと」の重要性を強調する。
「昨年の台風19号では過去に影響があまりなかった地域でも甚大な被害を受けました。対応が遅れる例が近年多くなっています。被害を受けても早く復興していくというマインドと社会システムが必要です」
最後に小野さんは強調する。「日本は防災対策が進んだ国ですが、どんな対策も完璧ではありません。防災対策への依存心が高まるほど、想定を超えた災害の被害は大きくなるので、自分の命は自分で守るという意識を一人ひとり持つことが重要です」
【コラム】広い視点で取り組もう
今村さんと小野さんは、未来を担う若い世代への期待も語ってくれた。
「防災は一つの専門分野で対応できるものではなく、広い視点が必要です。逆にいうと、どの分野でも貢献でき、誰でも活躍のチャンスがあります。課題を世界と共有して一緒に解決していくという意識を持ち、行動していくことが大切です」(今村さん)
「被災地の沿岸部で農業をはじめた東北大学出身の方など、意欲ある青年が人知れず東北の復興に力を注いでいます。IRIDeSが復興予算でつくられた機関だと改めて肝に銘じ、研究に励むのは当然として、そういった青年と一緒になって復興に取り組むのが私たちの使命だと思っています」(小野さん)
今村文彦(いまむら・ふみひこ)
東北大学 災害科学国際研究所 所長
1989年東北大学大学院工学研究科博士後期課程を修了。東北大学工学部助手、東北大学大学院工学研究科附属災害制御研究センター助教授・教授などを経て、2014年から現職。津波被害の軽減を目指し、多角的な取り組みを展開している。
小野裕一(おの・ゆういち)
東北大学 災害科学国際研究所 情報管理・社会連携部門 社会連携オフィス 教授
2001年、米国オハイオ州立ケント大大学院地理学博士課程を修了。世界気象機関、国連国際防災戦略事務局、国連アジア太平洋経済社会委員会を経て、2012年より現職。国際防災政策の研究やIRIDeSの国際連携に従事している。
関連リンク
- 東北大学災害科学国際研究所「東北大学災害科学国際研究所」公式サイト
- 減災教育『結』プロジェクト「動画で学ぶ 減災ポケット「結」活用方法」YouTube
- 一般財団法人3.11伝承ロード推進機構「3.11伝承ロード推進機構」公式サイト
- Science Window「2017年秋号 気づきの防災:大災害のたびに強く賢くなる社会の実現を目指して」バックナンバー