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ともに考え、ともにつくる ~ITと市民コミュニティーで目指す地域の課題解決~≪関治之さんインタビュー≫

2020.12.22

行政と市民を結びつけるコード・フォー・ジャパン(写真提供:関治之)
行政と市民を結びつけるコード・フォー・ジャパン(写真提供:関治之)

 新型コロナウイルス感染症の拡大によって、デジタル化の必要性がより一層強く認識されている。そんな中、市民が自らテクノロジーを活用して地域課題を解決する「シビックテック」の動きも見逃せない。日本のシビックテックの先駆者ともいえるのが、一般社団法人コード・フォー・ジャパンの代表理事を務める関治之さんだ。市民コミュニティーとテクノロジーの力を生かした課題解決の方法や、今後のシビックテックの可能性などを聞いた。

震災をきっかけに組織を立ち上げ

 シビックテック(Civic Tech)は、「市民の」(Civic)と「テクノロジー」(Tech)をかけあわせた造語だ。「市民が主体となりテクノロジーを活用して地域課題を解決すること」を指す。これまで地域課題の解決は、主に自治体が担ってきた。しかし、すべての課題を解決するためには、行政や自治体だけでない市民の自主的な取り組み、地域の住民同士のつながり、さまざまな組織との連携が必要になるといわれている。

シビックテックとは何か(画像提供:関治之)
シビックテックとは何か(画像提供:関治之)

 もともとシステム開発に携わるエンジニアだった関さん。シビックテックの活動を始めたきっかけは、2011年の東日本大震災だった。震災直後、災害情報を収集し地図上に表していくサイト「sinsai.info」を仲間とともに立ち上げ、SNSで技術者を募り運営。人びとの自発的な協力によるプロジェクトに可能性を感じた関さんは、各地域にコミュニティーをつくりシビックテックの活動をするCode for Americaに興味を持ち、日本で同様に活動するべく、2013年にコード・フォー・ジャパンを立ち上げた。

 同団体が大切にしているのは「ともに考え、ともにつくる」環境づくりだ。行政、市民、企業、研究者など、立場の異なる人びとが垣根を越えて意見交換し、一緒に手を動かせるような場を整えている。さまざまな組織や人びとの間でコミュニケーションを円滑にする「翻訳者」のイメージだ。

技術よりも信頼関係の構築が重要

 同団体の設立から7年、多くの試行錯誤があったという。何より当初は「シビックテック」という概念が知られておらず、説明しても理解してもらえなかったそうだ。

 「しかも当時は(自身が)技術偏重で、とにかく技術で解決できる課題を探そうとしていました」

 地域がどのような課題を抱えているのか、当初はよく知らなかったという関さん。実際に地域を訪問してコミュニケーションを取り、時間をかけて地域課題について理解してきた今、信頼関係を構築することの重要性を強調する。

 「信頼こそがイノベーションの基礎だと思っています。失敗を繰り返さなければ新たなものは生まれませんから、失敗しても大丈夫だと言い合えるような固い信頼関係が不可欠です」(関さん)

新型コロナウイルスの影響から立ち上げられたプロジェクト

 実際に取り組んできたプロジェクトを三つ紹介しよう。

(1)「新型コロナウイルス感染症対策サイト」(東京都)

 同団体が東京都から委託を受けて開発し2020年3月に公開したサイト。多数の技術者・デザイナーの協力により制作・改善され、検査人数や患者数などのデータがわかりやすく提示されている。また、このサイトのソースコードは、誰でも自由にアプリ開発できるように公開され、東京都以外の行政や有志によって60以上の地域で活用されている。

東京都の新型コロナウイルス感染症対策サイト
東京都の新型コロナウイルス感染症対策サイト

(2)「おうちで時間割」

 各教育機関が休校になり、多くの子どもたちはオンライン授業や自宅学習などが必要となった。そこで開発されたのが、教員が時間割や宿題を各家庭に対して簡単に共有できるオンラインツール「おうちで時間割」。同団体のオンライン開発イベント「ソーシャルハックデー」に集まった有志が開発したサービスだ。2020年10月に正式リリースされた。

「おうちで時間割」のイメージ(画像提供:関治之)
「おうちで時間割」のイメージ(画像提供:関治之)

(3)「OPEN EATS JAPAN」

 多くの飲食店が休業・営業時間の短縮などを迫られたことを受け、テイクアウトやデリバリーを行う飲食店の情報を公開し支援するプロジェクトが各地で始まった。この活動を持続させるための、同団体は飲食店情報を保有する民間企業や各地のシビックテック団体と協力。各地で収集された飲食店データをさまざまなアプリやサービスで共有できるようにした。今後はオープンデータ※による公開を予定している。

※誰でも許可されたルールの範囲内で自由に複製・加工や頒布などができるデータのこと。

「OPEN EATS JAPAN」のイメージ(画像提供:関治之)
「OPEN EATS JAPAN」のイメージ(画像提供:関治之)

企業の人材を自治体に派遣する「地域フィールドラボ」

 関さんたちは、デジタル化による行政のオープン化・効率化にも取り組んでいるという。地域フィールドラボ※は、企業から自治体に職員を派遣するプロジェクトだ。企業から派遣される人材は3カ月間、週1~2回程度、派遣先の自治体で勤務する。民間企業の人材が自治体の中で働くことによって、自治体内の事情や地域課題に詳しくなれるため、官民の協働につながりやすく、実際に協働プロジェクトも生まれているという。

※2020年度は新型コロナウイルス感染症の影響で中止。

 例えば、福井県鯖江市は、平成26年度から民間企業の人材を受け入れている。これまでに、子育て支援アプリの開発、バス運行情報アプリの開発、障がい者支援のためのオープンデータの作成、電子申請サービスを活用した特定健診予約システムの構築などの成果が得られている。このプロジェクトをきっかけに、ベンチャー企業との共同研究契約も締結された。

鯖江市での地域フィールドラボの様子(写真提供:関治之)
鯖江市での地域フィールドラボの様子(写真提供:関治之)
開発されたつつじバス運行アプリ(画像提供:関治之)
開発されたつつじバス運行アプリ(画像提供:関治之)

デジタル化が進む中で市民にできること

 令和元年12月にデジタル行政推進法が施行され、「デジタル庁」創設などデジタル化の新しい動きも加速している。

 「今ほど行政×ITが注目されているタイミングはありません。またとない変化のチャンスだと思います」(関さん)

 シビックテックを実現するためには、市民の協力が不可欠だ。とはいえ、シビックテックと聞くと、ITやデータに詳しくなければ参加できないのではないか、と尻込みしてしまう人もいるかもしれない。技術に詳しくない市民にもできることはあるのか。関さんによれば「民間企業と同様に、営業、企画、経理など、さまざまな役職の人が必要です。気軽に参加してください」とのこと。各自が持つ力を地域社会のために生かせば良いのだ。

 では、解決すべき地域課題にはどんなものがあるだろう。関さんは「地域ごとに課題はまったく異なりますし、(シビックテックの前提からすれば)ぜひ各地域で考えていただけたらと思っています」と前置きしつつ、防災関連の課題が考えられると話す。

 「例えばハザードマップの情報は自治体間でデータ共有すべきだと思います。他には、災害が起きたときに逃げ遅れそうな人が多い地域などの情報も重要ですが、共有が進んでいません。日本は災害大国です。こうしたデータをしっかり整備すべきでしょう」

シビックテックが広がりやすい環境づくり

 シビックテックの推進には、シビックテックが広がりやすい環境整備も必要だ。例えば、同団体ではSTO(ソーシャル・テクノロジー・オフィサー)※という役職を作り、技術者とNPO(非営利団体)をつなげている。

※社会課題の解決に取り組むNPOの現場で、テクノロジー/IT/経営スキルを生かしながら、協働の効果を最大限に引き出す役職のこと。コード・フォー・ジャパンがつくった新しい役職。

 「長年、地域課題に取り組んできたNPOは多数ありますが、テクノロジー活用が得意な組織ばかりではありません。STOのような人材および役職の創出によってNPOをサポートできれば、NPOがますます活躍して地域課題の解決につながるはずです」(関さん)

 さらに関さんは、行政のデジタル化の重要性を指摘する。例えば、スマートフォンから市民が気軽に意見を送れるようになれば、生の声が行政に伝わり、行政と市民の関係の改善につながるのではないか。また、オープンデータの積極的活用のためには、まず行政の業務をデジタル化する必要がある。

 「オープンデータの活用は不可欠ですが、日常の業務がデジタル化されていないため、データを共有したければ紙の書類からデータを作成しなければならないのが実情です。業務のデジタル化が進めば、おのずとデータ公開につながりますし、データの価値も理解されていくでしょう」

 東京都のデジタルトランスフォーメーション(DX)フェローや政府CIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)補佐官※でもある関さん。行政と市民を行き来する活動は、シビックテックの強固な土台を作ることにつながるだろう。

※情報システムやIT部門を統括する役職。

鯖江市の活動を発表する関さん(左)、関さんが鯖江市と神戸市の職員の方の架け橋に(右)(写真提供:関治之)
鯖江市の活動を発表する関さん(左)、関さんが鯖江市と神戸市の職員の方の架け橋に(右)(写真提供:関治之)

地域住民が自らつくり上げる「DIY都市」

 関さんが描く未来像は、地域住民が自らの手で作り上げていく都市だ。テクノロジーを生かしながらも、あくまで主体は地域住民とコミュニティーにある。関さんはこれを「DIY都市」と呼んでいる。その典型的な例が台湾だ。

 台湾では、市民が政府へ意見を投稿できるしくみがあり、一定数以上の支持があった場合は立法府で検討されることになっている。また、各省庁には市民参加を推進するための役職も用意されているという。市民参加を前提としたしくみが整えられているのだ。

 「街の一員として、仕事以外で地域の活動に自然と関わる人が増えているといいな、と思います。自らのスキルを地域のために使うという社会貢献が当たり前のようになるといいですよね」(関さん)

コード・フォー・ジャパンのメンバーと台湾デジタル担当大臣オードリー・タンさん(最前列中央)、関さん(右)。(写真提供:関治之)
コード・フォー・ジャパンのメンバーと台湾デジタル担当大臣オードリー・タンさん(最前列中央)、関さん(右)(写真提供:関治之)

【コラム】未来の都市の在り方を変える「スマートシティ」

 コード・フォー・ジャパンは、2020年10月に兵庫県加古川市とスマートシティ推進のための協定を締結。「DIY都市」の実現に向けて連携していくという。スマートシティとは、都市を支えるインフラ・サービスの運営・管理等にIoT(Internet of Things:モノのインターネット)などの先端技術を取り入れた、持続可能な都市のことだ。例えば福岡市では、LINEでゴミ収集日や子育て情報などを受け取ることができる。最近では端末機器の仕様や技術が公開され、さまざまな自治体が無料で利用できるようになった。また、静岡県裾野市では、トヨタ自動車がスマートシティ実験都市の構築を計画し、2021年初頭の着工を予定している。新しい都市づくりには行政のデータの共有・連携が不可欠となるだろう。

加古川市でのワークショップの様子(写真提供:関治之)
加古川市でのワークショップの様子(写真提供:関治之)
関 治之(せき・はるゆき)

関 治之(せき・はるゆき)
一般社団法人コード・フォー・ジャパン 代表理事

「テクノロジーで、地域をより住みやすく」をモットーに、会社の枠を超えてさまざまなコミュニティーで積極的に活動する。住民参加型のテクノロジー活用「シビックテック」を日本で推進している他、オープンソースGISを使ったシステム開発企業、合同会社 Georepublic Japan CEOおよび、企業のオープンイノベーションを支援する株式会社HackCampの代表取締役社長も務める。神戸市のチーフ・イノベーション・オフィサー(非常勤)や東京都のデジタルトランスフォーメーションフェローとして、自治体のスタートアップ支援政策やオープンデータ活用を推進している。2020年11月より、内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室CIO補佐官も務めている。

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