イタリア・トリノで4月29、30の両日に開かれた先進7カ国(G7)気候・エネルギー・環境相会合(G7環境相会合)は、二酸化炭素(CO2)の排出削減対策のない石炭火力発電を2035年までに段階的に廃止することなどで合意し、共同声明を発表した。昨年11月末から12月にかけてアラブ首長国連邦(UAE)で開かれた国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)で合意した「化石燃料からの脱却」「再生可能エネルギー3倍増」に沿った形だ。G7の共同声明でCO2を多く排出する石炭火力の廃止年限が明記されたのは初めて。
日本の電源構成は火力発電への依存度が高く現在発電量の約7割を占め、このうち石炭火力は約3割もある。現行エネルギー基本計画では30年度時点でも約2割を見込んでいる。15日には次期計画の改定に向けた議論が総合資源エネルギー調査会の分科会で始まった。G7環境相会合での合意と共同声明の内容は、次期計画の議論など日本のエネルギー政策への影響が必至だ。
COP28合意内容の遂行が責務
G7環境相会合で合意し、G7として国際社会に宣言した共同声明は45項目にわたり35ページ。気候変動問題を中心に広く地球環境、エネルギー問題に対する方針や方向性を示しているが、COP28での合意内容をG7の責務として遂行することを確認している。
共同声明はまず現在の厳しい国際情勢に触れ、「ウクライナの自由と未来のために不断の戦いを続けてきたウクライナ国民の勇気と回復力に敬意を表する」「(パレスチナ)ガザ地区での壊滅的で拡大している人道的危機に深く憂慮する」と記した。これらの戦争、戦闘状態が気候変動問題をはじめとする世界の環境、エネルギー問題に大きな影響を与えているとの共通認識からだ。
そして「気候変動、生物多様性の損失、汚染、砂漠化、土地・土壌・海洋の劣化、不足といった環境問題は相互にリンクし、強化し合う世界的危機で、その重大性と緊急性について改めて懸念する」と明記。気候変動、生物多様性の損失、汚染は「3重の世界的危機」とした。特に世界の喫緊の重要課題である気候変動問題については「G7として2030年までに世界の温室効果ガスを2019年比で43%、35年までに60%削減するための努力を約束する」としている。
この削減目標は気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が「パリ協定」の目指す「今世紀末の世界の平均気温上昇を産業革命前比で1.5度に抑える」という「1.5度目標」の達成のために必要と定めたものだ。各国はこの目標達成のための国ごとの削減目標を25年までに提出することが求められている。
世界の蓄電容量を6.5倍に
温室効果ガスの内訳として化石燃料由来のCO2が60%以上を占め、中でも多くのCO2を排出する石炭火力の割合が大きい。石炭火力は高効率なタイプでも液化天然ガス(LNG)火力と比べてCO2排出量は約2倍とされる。新興国や発展途上国は火力発電への依存度は高いが、資源エネルギー庁資料によると、日本も全発電量に占める石炭火力の割合は2022年時点で30.8%にのぼり、G7の中では33.0%のドイツに続き、20.4%の米国より多い。
共同声明は世界の石炭火力発電量が増加傾向にあることに懸念を表明した上で「2030年代前半、または各国のネットゼロの道筋に沿って気温上昇を1.5度に抑えるスケジュールで既存の排出削減対策がとられていない石炭火力を段階的に廃止する」と初めて「30年代前半」との期限を盛り込んで明記した。
「ネットゼロ」とは排出量と吸収量のバランスを加味して排出量を実質ゼロにすること。「排出削減対策がとられていない」とは、IPCC第6次評価報告書によるとCO2を分離、回収して地中などに貯留する技術(CCS)によりCO2を90%程度回収する対策がとられていないことを指す。自然エネルギー財団によると、米国やカナダのCCS導入火力発電所のCO2の回収率実績は60~70%程度でコストも高い。CCS利用も厳しい壁がある。
共同声明はまた、COP28で合意された「再生可能エネルギー(再エネ)の設備容量(発電能力)を30年に3倍にする」との目標を再確認した。その上で天候などにより左右される再エネの安定性を高めるために、バッテリーなどによる世界の蓄電容量を22年の230ギガ(ギガは10億)ワットから約6.5倍増やすとした。また送電網の整備強化や関連する政策推進なども申し合わせている。
声明はこのほか、核融合エネルギーの研究強化に向けてG7に作業部会を設けるとした。また、世界の温室効果ガス排出量の約16%を占め、温室効果が大きいメタンの排出量削減の重要性も指摘した。これはCO2に限定した削減目標を掲げる中国などを念頭に、メタンなどを含む全温室効果ガスを対象とした次期削減目標を策定するよう求めた形だ。
アンモニア混焼は対策に該当するか
今回のG7環境相会合での合意や共同声明の内容は、法的拘束力はないものの先進各国のエネルギー政策をある程度縛ることになる。特に再エネの導入が進む欧州各国と比べて、日本の再エネ普及は出遅れ感が否めない。さらに、石炭火力依存度が高い日本にとって「石炭火力の35年までの全廃」は容易ではない宿題となる。
エネルギー基本計画は日本の中長期的なエネルギー政策の指針で、エネルギー政策基本法に基づいて政府が策定する。電源構成などさまざまな関連政策の方向性を定めるため、電力会社をはじめ多くの民間企業の投資計画に大きな影響を与える。2021年に閣議決定した現行計画は第6次になる。
第6次計画は2050年の脱炭素社会実現を目指す方針を明記。電源構成のうち再エネ比率を現状より大幅に上乗せして36~38%に拡大。原子力比率を据え置いて20~22%にした。さらに既に世界の潮流として削減が求められていた石炭火力は比率を減らしたものの19%あり、火力全体では41%を占める。
この数値は現行計画による30年度時点の目標だ。先に示したように、発電量に占める石炭火力の割合は22年度実績で約31%もある。今回のG7環境相会合合意の「35年までの全廃」の道筋を今後どう付けるかが問われる。
今回の共同声明にも出てくる石炭火力の排出削減対策について「電力の安定供給」を重視する日本政府は、燃焼時にCO2が出ないアンモニアなどを燃料に混ぜる実証段階の技術が排出削減対策に該当しているとの解釈で、こうした混燃の石炭火力なら使えるとの立場だ。一方、国際環境団体などは「石炭火力の全廃方針を明確に打ち出して石炭火力関係の新技術への投資を再エネに振り向けるべきだ」などと主張している。
「1.5度上昇」が迫るが「現実離れ」の指摘も
世界気象機関(WMO)は3月に「23年の世界の平均気温は産業革命前から約1.45度高かった」とする報告書を公表し、パリ協定が目標にする「1.5度上昇」が間近に迫る状況に警告を発した。
国際エネルギー機関(IEA)によると、21年の世界の石炭火力の発電量は1000万ギガワット時と電源種別で最大だ。温室効果ガス削減の鍵を握るとされる石炭火力の扱いについては、G7のうち今回会合の議長国イタリアのほか、英国、フランス、ドイツ、カナダが30年までの廃止を打ち出し、米国も利用の削減方針を支持する立場だ。G7環境相会合の後、齋藤健経済産業相は報道陣の取材に応じ、石炭火力廃止を巡り「各国で道筋はさまざまだ」とした上で「(G7での)合意内容に沿って取り組む」と述べている。
エネルギー基本計画は3年ごとに内容を検討し、必要なら改定することになっている。15日に始まった第7次計画の内容を議論する会合では冒頭、齋藤経済産業相は「今、日本はエネルギー政策における戦後最大の難所にある」と危機感を示した。人工知能(AI)時代を迎えて大幅な電力需要が予想されている。脱炭素推進のための再エネの大幅普及が求められる一方、岸田文雄政権が掲げる「原発の最大限利用」は国民の批判も少なくなく、原発の再稼働は進まない。全廃のめどが立たない石炭火力利用には国際世論の逆風が吹く。
国民生活や経済の根幹をなすエネルギー。その方向性を定める次期基本計画の議論は難しい舵取りが求められるが、未来に向けた日本の社会・経済構造の在り方が問われる。