レビュー

科研費審査システム改革で問われているのは

2016.03.09

小岩井忠道

 文部科学省が、2018年度から実施を目指す科学研究費助成事業(科研費)改革に向けた検討・実施スケジュールを公表した。3月中にパブリックコメントにかける内容を確定し、4〜5月に30日程度のパブリックコメントの実施と、説明会を開催する。改革内容は今年中に確定し、18年度の公募(17年秋)から新しい審査システムに移行する、としている。

 この「科研費審査システム改革2018」の主な狙いは、審査分野の分類表である「系・分野・分科・細目表」と審査方式を見直し、新たな分類表と審査方式を導入することとされている。30年ぶりの抜本的な見直しとあって、研究者の関心がそこに集中するのは当然だろう。例えば、321?432に分かれている細目(学問分野)ごとに審査していた中規模・小規模な研究種目については、審査区分を大くくり化することが検討されている。これまでは細かい分野の中で理解を得られるような申請書の書き方をしていればよかったが、隣の分野の人にも理解できるような書き方をしなければ評価されない、といったことも起こり得る(2015年10月27日レビュー「研究者コミュニティへの影響大 30年ぶりの科研費改革」参照)。

 一定規模以上の申請に対しては、ピアレビュー(研究者、専門家による評価作業)という従来の審査方式と異なる「スタディセクション」(各研究分野の優れた研究者からなるパネルによる審査)など新しい審査方式の導入も、改革の検討項目に含まれている。

 ただ、研究者の関心が審査方式に関わる改革に注がれるのは理解できるとして、研究者以外の人間には、ほかにも目を引く重要な改革目標があるのではないだろうか。「国際ネットワークの形成の観点からの見直しと体制整備」だ。「科研費審査システム改革2018」の基になった科学技術・学術審議会学術分科会の「わが国の学術研究の振興と科研費改革について(中間まとめ)」には、国際共同研究の推進と国際学術ネットワークを形成することの重要性について次のように書かれている。

 「科研費の学術的な妥当性は常に他者との交流・対峙(たいじ)から客観的に検証することが求められ、また一方では、個人の研究の発展やそこから必然的に発展する学際・融合分野の推進のためにも、交流と連携のネットワーク構築は欠かせない」。さらに、「大規模科研費においては、卓越した研究者を中心とする国際共同研究のためのユニットを設けて海外に研究者を派遣したり、海外研究者を招聘(しょうへい)したりすることなどを促し、わが国の学術研究が国際的な研究者コミュニティをリードし、国際社会におけるわが国の存在感を維持・向上することが求められる」と。

 当サイトのインタビュー欄に、マチ・ディルワース沖縄科学技術大学院大学副学長のインタビュー記事「国民への説明責任は共通」が載っている。米国の代表的な研究資金配分機関である全米科学財団(NSF)で長年、プログラムオフィサー(PO)を務めた経歴を持つ方だ。研究助成課題の審査にピアレビュー(研究者、専門家による評価作業)という方式を導入していることは、日米に共通している。他方、最も大きな違いは何か。POの存在と役割が、その一つといえるのではないだろうか。

 ディルワース氏は、NSFで生物基盤部長や国際科学技術室長などの要職を務めた。氏によると、NSFには約500人のPOがいるが、彼らは博士号を持つか、博士と同等の科学の専門家ばかりという。POの役割は、委嘱した外部の研究者や専門家によるピアレビューを含め、応募受理から審査、採択決定まで全ての審査過程を管理するだけではない。新しいプログラムの立ち上げから、研究助成金の年次報告書の審査、追加研究助成金を要請された際の対応など多岐にわたる。

 POの責任の大きさがうかがえる次のようなディルワース氏の言葉がある。「ピアレビューの結果をうのみにせず、PO自身の判断も入れて推薦する課題を選ばなければならない」。その理由は「(ピアレビューをする人たちには)保守的つまり挑戦的でない課題を選びがちという現実がある」ためだという。さらに「プリンシパルインベスティゲーター(PI:研究責任者)の相談に乗るのも大きな仕事の一つ。特に、採択されなかった応募者に審査で難点とされたことを説明し、次回の応募に役立つアドバイスをするのは大切なPOの仕事だ」とも。

 科研費のような競争的研究資金を効果的に支給するには、研究課題の重要性を見極める目利きの存在が重要、という指摘が日本でもよく聞かれる。NSFの場合、大勢のPOがこの役目を担っているということだろう。日米では、目利きになり得る人材の層の厚さが相当違うのではないだろうか。

 ディルワース氏は、インタビュー記事の中で、国際協力重視という米政府、NSFの方針に沿って、シロイヌナズナをモデル植物とした国際植物ゲノムプロジェクトを立ち上げ、まとめ役を担った経験も話している。このような国際プロジェクトをまとめる役割が果たせるような人材は,日本にどれほどいるだろうか。

 「わが国の学術研究の振興と科研費改革について(中間まとめ)」には、日、米、英、ドイツ4カ国の代表的な研究資金配分機関の審査体制を比較した表が付いている。米国(NSF)の欄には、POが果たしている役割が相当詳しく紹介されている。しかし、本文の中でPOに関する記述は見当たらない。この表の日本(科研費)の欄を見ても、審査の流れと仕組みの中にPOの役割をうかがわせる記述もない。

 科研費の審査システムに、POに相当する役割を導入するのは当分無理、ということだろうか。

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