ハイライト

選択と集中やりすぎると論文の質低下(豊田長康 氏 / 鈴鹿医療科学大学学長)

2015.11.25

豊田長康 氏 / 鈴鹿医療科学大学学長

科学技術振興機構主催「サイエンスアゴラ」参加・対話ワークショップ「本音で語る研究費問題」(2015年11月14日、科学と社会ワーキンググループ企画)講演・討論から。

先進国で見劣りする論文数

豊田長康氏
豊田長康 氏

 5月に国立大学協会へ「運営費交付金削減による国立大学への影響・評価に関する研究」というレポートを提出した。トムソン・ロイター社、経済協力開発機構(OECD)、文部科学省科学技術・学術政策研究所などのデータを基に分析した結果を報告したものだ。

 人口百万人当たりで国ごとの論文数を比較してみると、日本が減少しているのが分かる。先進国の中で最低だ。1論文当たりの被引用数も世界平均レベルで、先進国に差をつけられている。ハンガリー、リトアニア、ポーランドといった国と同程度でしかない。

 研究者1人当たりの論文数で見るとどうか。研究時間を考慮した研究者数で比較する必要があるが、日本の総務省統計では単に人数しか把握していない。これでは国際比較はできないので、OECDのようにFTE研究者数と呼ばれる実際の研究時間を考慮したフルタイム換算人数を推定して比較してみた。FTE研究者数と論文数はどの国でも極めて強い相関関係があることが分かる。つまりFTE研究者数が2倍多い国は論文数も同じように2倍になるという明白な関連があるということだ。

 日本の大学の人口当たりFTE研究者数は先進国の最低レベルで、論文数も最低であることが分かる。また、大学への人口当たりの公的研究資金支出と論文数を比較すると、日本は公的研究資金も論文数も先進国中最低だ。人口当たりの博士取得者数も先進国の中で最低となっている。

 大学への人口当たり公的研究資金は、カナダ、フランス、ドイツ、英国、米国、日本の主要6カ国中、最低で、他の5カ国の平均に比べ約半分にとどまる。公的研究資金の国際競争力(主要5カ国平均に対する人口当たりの割合)が低下し始めたのは、1998年。2002年から主要5カ国と比べた人口当たりの論文数割合も低下を続けている。2012年には、主要5カ国平均の45%でしかない。4年のタイムラグ(時間のずれ)を経て、公的研究資金の減少が論文数減少となって影響が現れているということだ。

基盤的研究資金削減の影響大

 国立大学の論文数の推移を大規模8大学(旧7帝大と東京工業大学)、医学部のある大規模大学、医学部のある中規模大学、医学部のない理系の大学、医学部のない総合大学に分けて調べてみた。医学部のない総合大学の論文数が特に低下していることが分かる。

 各大学群における基盤的研究資金、すなわち基盤的収入(運営費交付金プラス授業料収入)から教育経費を引いた額は、全ての大学群でどんどん減っている。ただし、競争的資金がいろいろ出ており多少回復はする。しかし、大規模8大学は外部資金の獲得で完全回復しているものの、それ以外の大学群は、維持か減っている。

 論文数の変化と、FTE研究者数、基盤的研究資金、その他の競争的研究資金、補助金と論文数の増加率との関係を見ると、FTE研究者数、基盤的研究資金の相関は高く、その他の競争的資金、補助金との相関は小さい。つまり、基盤的研究資金を減らして、競争的資金増やしても論文数の増加にはつながらない。基盤的研究資金の削減、FTE研究者数の削減、重点化政策(選択と集中)は、論文生産性を低下させ、国全体の研究面での国際競争力の低下を招くと考えられる。

ワークショップのようす

大学ランキングの低下原因にも

 英国の教育誌「タイムズハイヤーエデュケーション」の大学のランキングで、今年日本の大学の順位が急に下がった。東京大学、京都大学ともランクを落とし、それ以外の200位内に入っていた3大学は200位外に落ちてしまっている。どうして下がったか。一つの理由は論文数の分析をする会社が変わったことが挙げられる。2004-09年はクアクアレリシモンズ(QS)社で、2010-14年はトムソン・ロイター社だったのが、今年からエルゼビア社に変わった。

 タイムズハイヤーエデュケーション社のホームページを見ると、日本の大学は教育と研究に関する評価点数が下がっている。特に論文の被引用数の激減が、全体の評価急落の大きな理由と考えられる。

 大学の評価に当たっては、研究者が多い研究分野ほど全体的に被引用数も増えるため、調整が行われる。研究者の数が少ない分野、現時点では注目されていないような新しい研究分野の論文が不利にならないようにするためだ。こうした分野別調整の結果、世界をリードしている大学の点数は上がりやすい。論文評価のデータがトムソン・ロイター社からエルゼビア社に変わったことで、この分野別調整の仕方も変わり、日本の大学に不利になった可能性が高い。特定の得意分野だけは被引用数が多いものの、研究者の少ない分野を持つ大学は分野別調整をすると点数が低くなってしまい、逆にどの分野でも健闘している大学は点数が上がるからだ。

 また、英語圏と非英語圏で国別の調整も行われているが、これもエルゼビア社に変わったことで日本の大学が不利になったことも考えられる。

少額でも配分先多い研究資金の効果

 競争的資金にもいろいろあり、科学研究費補助金のように同じ競争的資金でも比較的少額をたくさんの人に配分する研究資金の方が、研究費総額で比較すると論文の生産性は高いという結果もみられる。選択と集中によって多額の研究費を支給された研究者は確実に論文を生み出すものの、研究費当たりで論文の数を計算すると、生産性は低い。

 大学よりも公的(政府)研究機関に多くの研究資金を投入している国ほど論文数は少ないという結果も得られている。超大型のプロジェクトを国際協力ではなく一国だけでやりすぎると論文の数も減ってくる。ロシアなど宇宙開発に相当な資金を投入している国は、大学から出る論文の数は少ない。

 広く浅く配分する研究費と、選択と集中で重点的に投じる研究費のバランスが重要で、選択・集中に偏りすぎると競争力は低下する、ということだ。最適なバランスがあると思う。どのあたりが最適かは難しいが、広く浅く配分する方をもうちょっと多くした方がよいのではないか。もちろん総額を減らすとどうにもならない。総額を減らして尻をたたいても研究者が疲弊するだけだ。

(小岩井忠道)

豊田長康 氏
豊田長康氏(とよだ ながやす)

豊田長康(とよだ ながやす)氏プロフィール
大阪大学医学部卒。三重大学医学部教授、三重大学学長、鈴鹿医療科学大学副学長などを歴任、2010年国立大学財務・経営センター理事長。13年から現職。専門は産婦人科学。

関連記事

ページトップへ