レビュー

音声翻訳技術の現状と将来

2012.08.14

 日本選手の活躍で大いに盛り上がったロンドンオリンピックだが、日本が中心となり23カ国・26機関が参加した、興味深い機械翻訳の実証実験がオリンピックに合わせて行われた。翻訳の対象となっている23の言語は、世界人口の95%をカバーしている。この翻訳をスマートフォン(高機能携帯電話)上で行うという実証実験を呼び掛けたのは情報通信研究機構だ。同機構が公開した音声翻訳アプリを使えば、だれでも実証実験に参加できる。5人で同時に会話ができ、23言語のうち17言語は音声翻訳も可能だ。

 同機構は4年前の北京オリンピックの時も、音声翻訳の実証実験を行っているが、4年間におけるこの分野の進歩は著しい(2008年7月23日ニュース「北京五輪で音声翻訳技術の実証実験」参照)。

 一方、オリンピック最中の7月30日(日本時間31日)、米カリフォルニア州サンノゼの連邦地方裁判所で、米アップル社と韓国サムスン電子のスマートフォンが争う注目の訴訟の公判が始まった。相手が知的所有権を侵害していると、お互いに損害賠償を求めている争いだ。アップル社の主張は「サムスン電子のスマートフォンとタブレット(多機能携帯端末)が、アップル社のそれぞれの端末機器の意匠を模倣した」というもので、これに対しサムスン電子は「アップル社がサムスン電子の無線技術特許を侵害している」としている。同種の訴訟は両社が世界各地で繰り広げており、判決次第ではどちらかの社が膨大な損失を被るのは必至といわれている。

 この2つの動きには、実は共通の背景がある。

 6月25日、特許庁は、産業構造審議会知的財産政策部会に「知的財産立国に向けた新たな課題と対応」と題する資料を示した。これを見ると2006-11年の5年間で、国際特許出願件数の上位企業の顔ぶれが大きく変わっているのが分かる。06年はトップにフィリップス、2位に松下電器産業(現パナソニック)、3位のシーメンス以下、10位内の企業は欧州、米国、日本企業で占められていた。しかし、11年はパナソニックが2位に踏みとどまっているものの、1位にZTE、3位に華為技術と中国企業が躍り出ているほか、韓国のLGエレクトロニクスが8位に入っている。

 中国、韓国企業の急速なグローバル化は、携帯電話機、携帯型電子情報端末機の意匠登録数からも明白に読み取れる。日本、米国、欧州、中国、韓国5カ国に意匠登録された数は、最も多かったのが韓国企業で全体の35%を占める。次いで中国企業が29%、欧州企業が14%となっている。個別の企業のランキングでも2位にノキア(フィンランド)が入っているが、1位サムスン電子、3位LG電子(韓国)、4位ZTE、5位上海温泰電子有限公司(中国)と韓国、中国勢の躍進が著しい。

 従来、日本企業の優位が続いていたナノ炭素材料でみても、08-09年を合わせた日本、米国、欧州、中国、韓国5カ国での上位特許出願企業は、1位が鴻海精密工業(台湾)、2位精華大学(中国)、3位サムスン電子の順で、東レ、帝人は4位と5位に甘んじている。日本を除く東アジア勢が日本の出願件数を上回っているのが現状だ。

 もう一つ特許庁の資料が示す重要なデータがある。知的所有権を巡る訴訟の増加だ。サムスン電子だけでなく、日本の企業も米国で数多くの訴訟を抱えており、原告より被告になっている件数の方が多い。例えばソニーは原告となっている訴訟が20なのに対し、被告になっているのが82とはるかに多い。

 要するに日本企業に限らず、グローバル化によって海外での知的所有権を巡る訴訟が増加しており、その中で特に日本、韓国の企業は訴訟を起こされる危険に脅かされながら世界展開を図らざるを得なくなっているということだ。特に中国における知財訴訟の増加傾向は激しく2007年ごろから米国を上回り、さらに増え続ける傾向が見られる。

 ロンドンオリンピックの時期に合わせて始まったスマートフォンを用いた多言語音声翻訳システムの実証実験は、会話という短文を扱っている。簡単な文だから実用に近いものになっているわけだが、将来は通常の文章での多言語音声翻訳も、というのが情報通信研究機構の開発担当者たちの狙い。

 知的所有権を巡る訴訟が今後、増え続け、それに伴って実際に役に立つ多言語翻訳需要も急速に拡大するはず、という見通しが、開発担当者の頭の中にはインプット済み、ということのようだ。

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