レビュー

博士号取得者は中等教育を変えられるか

2008.04.01

 秋田県教育委員会が実施した博士号取得者(ポスドク)の教員特別採用が関心を集めている。

 応募条件は「39歳以下」と「博士」だけで、教職課程修了の有無は問わない。これに海外を含め57人もの応募があったという。

 地元紙「秋田魁新報」のニュースサイトによると、正規職員5人と非常勤講師1人が採用となり、新学期から以下の学校に配置されることになった(カッコ内は年齢)。

 東京大学大学院修了・理学博士(35)=大館鳳鳴高、東京工業大学大学院修了・理学博士(30)=秋田高、東北大学大学院修了・理学博士(30)=大曲農高、東北大学大学院修了・工学博士(36)と大阪市立大学大学院・理学博士(35)=横手清陵学院高。

 また、非常勤講師として採用された一人(40)=東北大学大学院修了は、必要に応じて県内の小中学校と高校に出向くということだ。

 「博士が中等教育の現場にどのような影響を与えるのか。秋田県の試みを、一つのシミュレーションとして大いに注目したい」

 NPO法人サイエンス・コミュニケーションの発行するメールマガジン「SciCom News」(3月31日付)Editorial欄で、榎木英介 氏がこの秋田県の試みを評価している。榎木 氏は自身がかかわった「日本学術会議生物科学学会連合からの研究体制に関する提言」(2003年11月23日)でも、中等教員へのポスドク活用が盛り込まれている事実や、高校の先生から実際に「ぜひポスドクは教育現場に来てほしい」と言われた自身の体験も紹介している。

 他方「生徒が問題を起こしたときの対応、進路指導、その他多数の仕事がある」教育現場に、「あたまでっかちな博士が送り込まれたとしても現場に迷惑がかかるだけではないか、という懸念ももたげる」という思いも表明している。「新聞記者に博士を、という意見と同じで、教育現場においても、必ずしも専門性が生かされるような仕事ばかりではない」。こうした心配は、産業界などから聞かれる博士課程修了者に対する根強い不満を気にしてのことだろう。

 榎木 氏に例示された新聞社は、確かに理工系の人間や科学報道を担う人間が、組織全体の責任を負う指導的立場に立つのは当分、ありそうもないことのように見える。

 株価や為替を初めとする経済にかかわる話、あるいは政治や犯罪、事故がらみの話は、新聞社が毎日、血眼になって探さなくても、ニュースとして向こうからやってくる。それも多くの読者が関心を持つニュースとして。これに対し、科学に関するニュースは異質で、居住まいを正さないと読めないようなものが少なくない(無論、えせ科学のような話は別)。大勢の読者に支えられている新聞の記事としては、主流にはなり得ない宿命にあるようにみえるからだ。

 ただし、これからはどうだろうか。博士号取得者を記者として積極的に採用するくらいでないと新聞社もやって行けない時代になっているかもしれない。初中等教育現場のように。

 秋田県の初中等教育現場に飛び込んだ博士号取得者に対し、研究者の多くは榎木 氏と同様、エールを送ると思われる。そもそも榎木 氏の懸念もこれらポスドクを激励した上での話である。ただ、別の心配をする人はいないだろうか。

 これら博士号取得者が今後、経験を積み、いずれ理科教育だけでなく初中等教育全体のありようにまで能力を発揮したいと考え出した場合、周囲がきちんと対応するだろうか、という。

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