レビュー

編集だよりー 2007年6月2日編集だより

2007.06.02

小岩井忠道

 米映画「ミリオンダラー・ベイビー」(クリント・イーストウッド監督)で、女性ボクサー役になりきっていたヒラリー・スワンクが、今度は熱血高校教師として登場—。新作「フリーダム・ライターズ」の試写を日本記者クラブで観た。

 ロス暴動から2年後の1994年から2年ほどの間、ロサンゼルス郡ロングビーチの公立高校で実際にあった、信じがたい話が基になっている。「フリーダム・ライターズ」というのは、その高校に着任したばかりの新人教師エリン・グルーエルが、生徒たちに書かせた日記を本にしたときの題名である。彼女が、1年生から結局4年生まで担任することになるクラスの。

 ヒラリー・スワンクが演じるのは、無論、その新人教師役だ。彼女以上にこの役にふさわしい女優はいるだろうか。そう思わせるようなぴたりとはまった演技に見えた。

 「ホロコーストを知っている人は?」、「アンネ・フランクは?」という質問に、手を挙げる生徒はほとんどいない。高校の内外、家庭にあっても暴力の渦中にいる少年、少女が大半だ。学校側も、このクラスに関しては何かを教えるという努力を放棄している。どうせ、そのうち、学校へ来なくなる生徒たちだから、と。そんな生徒たちに、学ぶことへの関心を持たせるため、主人公がいかに体当たりでのぞみ、それに対し生徒たちがどのように変わっていたかが、見所だ。

 全く授業を聴く気がない生徒たちに質問する場面があった。普通ではだれも聞こうともしないから、教室の両側に並ばせて、「ハイ」という答えを持つ生徒を真ん中のラインまで歩み寄らせる、という形で。

 「身内や友人が一人でも殺されたことがある人は?」。ほとんどが進み出た。「殺されたのが、2人の人は?」。何人かが元の位置に下がる。「3人以上は?」という問いに、なお相当数の生徒たちが、中央に残ったままだった。

 生徒たちの心が徐々に先生に向いてくる。そこで決定的な役割をはたしたのが、先生が自費で用意し、生徒たちに渡した日記帳だった。これまで自分の身に起きたことを何でもいいから書きなさい、と。それを機に、暴力、人種差別といった社会の理不尽さを飽きるほど体験したような少年、少女たちが、見違えるように自分を変えて行く。

 本当に、こんなに変わるものだろうか。フィクションだったら、間違いなくそう思っただろう。しかし、実話だから、信じないわけには行かない。最後に大勢の教え子たちと並んだ実際のグルーエル先生の写真が映し出された。

 会場でもらったパンフレットに、そのグルーエル先生とヒラリー・スワンクが仲良く並んだ写真が載っている。2人の雰囲気がとてもよく似ていた。

 この映画ができる発端は、ロサンゼルス・タイムズ紙の小さな記事だったことを、パンフレットの解説で知る。この記事に関心を持ったプロデューサーが、報道番組で取り上げ、その番組を見たラグラヴェネーズ監督が、映画化を決意したそうだ。

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