レビュー

編集だよりー 2007年5月12日編集だより

2007.05.12

小岩井忠道

 八丈富士に登った。八丈島自体を訪れるのも初めてだ。昨年、元の会社の先輩、同僚たちがつくるハイキング同好会に入れてもらったのだが、2度ほど東京近辺の山歩きに加わって、思わぬ難題の存在を知る。幹事役を順番に務めなければならないのが、決まりになっているという。事前に下登りをして、集合から解散まで分刻みの予定表をつくり、参加者の把握から丁寧な案内の送付を、などなどである。そもそも登山などこれまでほとんどしたことのない人間にとって、これは相当の難題だ。

 そこで、浮かんだのが八丈島だった。定年後、島に別宅を構えた親しい先輩がいる。まず彼女に参加をお願いし、さらに民宿の手配その他をおんぶすれば、何とかとりあえず一度は幹事の責務は果たせるのでは、と窮余の、かつ身勝手な策に出たというわけだ。離島ということで、当然、事前の下登りは免除してもらう。

 やはり、離島の効果は大きい。参加者はいつもに比べ、激減し、少人数なので事前の案内、現地での移動その他の行動も実に手間がかからなかった。結局、幹事役らしいことは、皆の保険をかけるために、保険会社に足を運んだくらいですみ、逆に参加者に散々世話になりながら、存分に楽しむことができたというわけだ。

 八丈富士というのは、山好きの人の評価は知らないが、実に登りがい、歩きがいのある山だった。複式火山で、火口の縁に沿って山頂にたどり着いた後、そのままの中央火口丘を眺めながら火口を1周できる。空港滑走路、集落や太平洋も時々も下ろしながらの歩行は、なかなかのもの、と初心者ハイカーとしては大いに満足した。

 今でこそおとなしい山になっているが、最後の噴火は、本家の富士山と同じ1707年だと知る。この年には日本最大級の地震「宝永地震」が起きている。駿河トラフから南海トラフが一度に断層運動を起こす、つまり東海地震、東南海地震、南海地震が一度に起きた巨大地震である。富士山の一番最近の噴火と宝永地震が同じ年に起きていることは知っていたが、八丈島まで噴火していたとは、知らなかった。そもそも、八丈島は、駿河トラフ−南海トラフとは、別のプレート境界域に属するのでは…。

 事実、相模灘を縦断する相模トラフから富士山の下で方向を変えて再び海に延びる駿河トラフに連なる一続きのプレート境界(フィリピン海プレートと陸のプレートとの)では、よく知られているように繰り返し巨大地震が起きている。しかし、伊豆諸島の東側を南北に走る太平洋プレートとフィリピン海プレートの境界では、噴火活動は起きているのに巨大地震は起きていない。

 平朝彦・海洋研究開発機構地球深部探査センター長のインタビューを思い出した。巨大地震が起きないプレートもぐり込み場所は「プレートが落下するように急角度で沈み込んでおり、水と岩石が低温で反応して、滑りやすく軟らかくなっているため、摩擦が小さく大きな地震が起きないと考えられる」という。

 八丈富士に登った後、宿の近くの為朝石宮という小さなお宮を見学したところ、急な登り道が丸い石を整然と積み上げられた石段になっていた。流人の石工によって造られた石段だそうだが、この丸い石が「カンラン岩 玄武岩」だと説明文に書いてあった。

 平センター長によると、カンラン岩は水と反応して蛇紋岩になり、蛇紋岩はもろくて崩れやすい性質がある。巨大地震を起こさないプレート沈み込み帯には「蛇紋岩が大量に存在するらしい。摩擦が小さければ、プレートの沈み込みがあっても、巨大地震は起きない」ということだった。

 フムフム、さては八丈島を含む伊豆諸島に火山活動があっても巨大地震は起きていないのも、このカンラン岩のせいか。伊豆諸島の東側を南北に走る海溝(プレート沈み込み帯)に多い蛇紋岩のもとになる…。

 為朝石宮の石段を這うようにして登りながら、考えた。雨の日なら、滑りやすくてとても登る気になれないだろうと思われる丸いカンラン岩から成る。

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