レポート

《JST共催》持続可能な生物環境を作ろう サイエンスアゴラ2023オンライン企画「ネイチャーポジティブと科学技術」より

2023.12.22

滝山展代 / サイエンスポータル編集部

 環境破壊などの影響により、生き物の生息環境も悪化している。生物多様性を保全するために必要な取り組みは何か。科学技術振興機構(JST)はNPO法人ETIC.との共催でサイエンスアゴラ2023「ネイチャーポジティブと科学技術」と題したオンライン企画をこのほど開催した。学者・経営者・認定事業者の3者がそれぞれの事例を紹介するとともに、市民参画など社会に反映していく在り方や課題について考えが示された。

生物の激減 これまでの絶滅より早く

 ネイチャーポジティブ(自然再興)とは「自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させること」と定義されている。2030年までに反転、50年までに完全回復を達成することが必要として、22年の国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で設定された。地球はこれまで大きな生物絶滅を5回経験しているが、そのどの絶滅よりも現在の生物の減少速度は速いとされている。

ネイチャーポジティブの概念図、現在、生き物の生息環境は危機的だ。あと数年で生物の数や多様性をプラスに転じさせる必要がある(WWFジャパンサイトより)
ネイチャーポジティブの概念図、現在、生き物の生息環境は危機的だ。あと数年で生物の数や多様性をプラスに転じさせる必要がある(WWFジャパンサイトより)

 このまま生物多様性の損失が続けば、エネルギーや食糧問題、新たなパンデミックの発生、国際秩序が失われるなど人類への脅威にも発展しかねない。今回のオンライン企画ではまず、身近に取り組めるネイチャーポジティブとして3つの事案が示された。

バケツ1杯の水で生物多様性を可視化する

 最初に登壇したのは、東北大学大学院生命科学研究科の近藤倫生教授(生態学)。水や土のサンプリングから生物が残したフンや粘液を基に環境DNAを解析し、どのような生物が生息しているかを明らかにするモニタリング活動を行っている。研究成果は『ANEMONE』というサイトで見ることができる。

 調査は全国861地点(2022年6月1日現在)で実施してきた。活動には研究者だけではなく、市民も参画しているという。例えばバケツ1杯の約2リットルの水を近くの水辺で汲んだり、登山やトレッキングをする人が洞窟や山の土を採取したりして近藤教授のもとに送り、そのサンプルを解析するというシステムだ。

ANEMONEとその前身のJST CRESTプロジェクトにおける調査地点を赤い丸で示した。日本全国で行われていることが分かる(近藤倫生教授提供)
ANEMONEとその前身のJST CRESTプロジェクトにおける調査地点を赤い丸で示した。日本全国で行われていることが分かる(近藤倫生教授提供)

 近藤教授はネイチャーポジティブの実現には「状況把握」「AIなどを用いたモデリング技術による予測」「自然に働きかけて回復させる」という3つの要素が必要だと強調した。その最初のステップである状況把握にANEMONEは役に立つという。

近藤教授が提唱するネイチャーポジティブで必須の3要素(オンライン画面より)
近藤教授が提唱するネイチャーポジティブで必須の3要素(オンライン画面より)

企業経営 持続可能な第一次産業を

 続いて、宮城県南三陸町で林業を行う佐久(さきゅう)の佐藤太一専務が登壇した。佐久はサーモンピンク色をした南三陸杉という地産杉を取り扱っている企業だ。南三陸杉は化粧材として商用利用されているが、持続可能な林業を掲げるため、佐久はFSC認証をとっている。FSC認証とは、環境を保全しながら、経済的にも持続可能な森林管理が行われていることを証明する国際認証の一つ。佐久ではこの認証に基づき、杉林の暗いイメージを払しょくすべく、生物多様性を意識し、地面に近いところに低い植物を植えて日光が差し込むように手入れするなどしている。

佐久が管理している南三陸杉の林。日光が地面まで届くように手入れされている(佐久提供)
佐久が管理している南三陸杉の林。日光が地面まで届くように手入れされている(佐久提供)

 佐藤氏は投資の現場にネイチャーポジティブの考え方が広まることへの期待感を述べた。1次産業企業への投資は何を指標にしたら良いかが分かりづらいが、「ANEMONEのようなデータや定量的な指標があれば安心ではないか」としたうえで、「生物多様性には、温室効果ガスの排出量などのような分かりやすさがない。生産者側にも(投資の基準となる)分かりやすい指標を示す義務が生じてくるだろう」と話した。

漁獲量管理 海の豊かさを守るために

 森と同時に海の豊かさも守らなければネイチャーポジティブは成立しない。海洋生物を守りつつ、我々の食卓に彩を加える海産物を将来にわたって楽しむためには、本来的には「魚が増えた分だけ獲る」のが望ましいが、実際はそうなっていない魚もある。

 この課題への取り組みの一つに、MSC(海洋管理協議会:Marine Stewardship Council)による漁業認証の制度がある。日本事務所であるMSCジャパンから、髙橋麻美漁業担当マネージャーが登壇した。

 MSCは、1997年に英国で設立された後、世界約20カ国に事務所を置き、国際的な認証制度を通じた持続可能な漁業を提唱している。MSCの「海のエコラベル」がついた製品は、海洋資源と環境に配慮した漁業で漁獲された水産物の証しだ。髙橋氏は日本ではマグロ、カツオ、牡蠣、ホタテの漁業者がMSC漁業認証をとっていることを紹介し、「認証取得時に条件付き認証になった項目は取得後も年次監査によって改善の進捗が確認され、継続される仕組みになっている」と強調した。現在の世界の漁獲量のうち、19%がMSCプログラムに参加する漁業のものだ。

持続可能で生態系に配慮した漁業下でとった水産物であることを示すMSC認証のラベル(MSCジャパン提供)
持続可能で生態系に配慮した漁業下でとった水産物であることを示すMSC認証のラベル(MSCジャパン提供)

 ノルウェーやナミビアのように国家による適切な漁業管理が行われていれば水産資源は枯渇しにくい。他方で、日本のように漁業者の「良心」に委ねられてきた国では乱獲の影響による漁獲量の減少が顕著に表れており、その問題に向き合っていく必要がある。

 髙橋氏はMSC認証を取得する漁業者が増え、それを消費者が購入するサイクルができれば「持続可能な漁業が増え、海洋環境もいい状態を保てるはずだ」とする。MSC認証は全世界的なもので、認証のための審査は独立した機関の専門家によって行われ、ステークホルダー(利害関係者)が参加する機会もある。また、漁業認証の規格は様々な立場の専門家が携わり、定期的に見直すことで最新の科学や社会の状況を反映し、実現性と厳格性が担保されているという。

オンラインで登壇した各分野のエキスパート。右上から左回りに近藤倫生教授、髙橋麻美氏、佐藤太一氏、右下はコーディネーターのNPO法人ETIC.のスタッフ(オンライン画面より)
オンラインで登壇した各分野のエキスパート。右上から左回りに近藤倫生教授、髙橋麻美氏、佐藤太一氏、右下はコーディネーターのNPO法人ETIC.のスタッフ(オンライン画面より)

 ネイチャーポジティブについてこれらの紹介を見ると、取り組みは難しいことではない。日々の買い物で環境に配慮した商品かどうかが一目で分かると、ネイチャーポジティブに参加するハードルが下がりそうだ。私たちが意識し、様々な認証マークの製品を購入して応援する少しの行動変容で生物多様性を支えられる。

 コーディネーターを務めたETIC.は社会起業家支援事業などを行っている。サイエンスアゴラ2023オンライン企画は10月26~28日に開かれ、現在、YouTubeの『Science Agora Channel』内で配信されている。

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