レポート

【SDGsを機に飛躍するアカデミア】第4回多様性と包摂性 個人の力を発揮できるように環境整備

2023.03.31

茜灯里 / 作家・科学ジャーナリスト

 SDGs推進は、自然環境の保全に対する取り組みに注目が行きがちだ。しかし、多様な人材が集まるアカデミアでは、SDGs4「質の高い教育をみんなに」とSDGs5「ジェンダー平等を実現しよう」は最も身近な解決すべき問題である。

 近年は、先進的な企業を中心に、多様性(ダイバーシティ)を認識するだけではなく、いかなる属性も排除されない包摂性(インクルージョン)を持つことで個人の力が発揮できる「環境」を整備すべきだという「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」の考え方が広がっている。もっとも、多くのアカデミアでは工学系学生の男女差、女性研究者の割合、執行部の女性の少なさなど、各ポジションの男女格差の解消に取り組むにとどまり、より幅広いD&I推進までは行き届いていないのが現状だ。

 今回は、性的多様性に対する取り組みで評価されている大阪大学と、障がいを持つ学生(障がい学生)への支援なども充実し、D&I推進に関して国内で最も先進的なアカデミアとして注目されている筑波大学を取り上げる。

障がい学生を支援するピア・チューターの養成講座の様子(筑波大提供)
障がい学生を支援するピア・チューターの養成講座の様子(筑波大提供)

性的指向と性自認の多様性を重視する大阪大

 大阪大では、性的多様性を表す言葉としてSOGIを採用している。SOGIとはSexual Orientation(性的指向)とGender Identity(性自認)の英語の頭文字をとった言葉で、(1)どの性別の人を好きになるか(性的指向)と自分自身の性別をどう認識するか(性自認)は別の概念である、(2)性的指向も性自認もグラデーションであり、マジョリティ・マイノリティの二分割はできない――という考え方に基づいている。性的マイノリティだけでなく、多数派も含めたあらゆる人の性の在りようを示すSOGIという文言を選択したという。

 17年に公表した『大阪大学SOGI基本方針』では、日本ではまだ珍しかったSOGIの概念と全構成員(学生・教職員など)を対象とした点に注目が集まった。20年には「SOGIアライ宣言」を行い、すべての人の性的指向・性自認の多様性を尊重し、支援する人(アライ)となることを宣言した。21年にはさらに発展させて「大阪大学ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)推進宣言」を行っている。

 学内の具体的な環境整備には、入学願書に基づいて作成された学籍情報を入学後に自認する性別や通称氏名に変更できたり、性別を問わず使用できるトイレをジェンダー啓発の意図を込めて「ALL GENDERトイレ」と名付けて設置したりしていることが挙げられる。

 これらの取り組みは外部機関にも評価されている。大阪大は、職場における性的マイノリティへの取組みの評価指標である「PRIDE指標」で、19年から4年連続で最高評価のゴールドを受賞している。

 同指標は、16年にwork with Pride(一般社団法人、当時は任意団体)が策定したもので、Policy (行動宣言)、Representation(当事者コミュニティ)、Inspiration(啓発活動)、Development(人事制度・プログラム)、Engagement/Empowerment(社会貢献・渉外活動)について、評価基準に沿って審査される。7回目となる22年は842の企業・団体が応募し、ゴールドが318、シルバーが51、ブロンズが29、認定無しが4だった。大学機関ではこれまでに筑波大、龍谷大、早稲田大もゴールドを受賞したことがあるが、応募開始時からゴールドを連続受賞しているのは大阪大だけだ。

「PRIDE指標2022」のゴールド表彰状を掲げる大阪大の西尾章治郎総長(大阪大提供)
「PRIDE指標2022」のゴールド表彰状を掲げる大阪大の西尾章治郎総長(大阪大提供)

障がい学生を支える独創的制度を設けた筑波大

 一方、筑波大は、芸術、障害科学など総合大学の中でもユニークな学群・学類(学部や学科に相当)を持つ背景から、多様性を認める素地があり、学生のニーズに対応することでD&Iに関する支援、教育、研究が醸成されてきた。特に独創的なのが、障がい学生を支える「ピア・チューター制度」だ。

 筑波大は以前から障がい学生が多く在籍し、かつては級友やボランティアが自主的に支援してきた。この伝統を受け継ぎつつ、授業としてピア・チューター養成講座にあたる「障害学生支援技術」(1単位)を開設。一定の訓練を受けた学生が大学の委嘱を受け、謝金も得ながら障がい学生を支援する同制度を設けた。

 さらに、障がい学生自身も養成講座を受講し、ピア・チューターとして支援チームの運営やピア・チューター養成に積極的に参加したり、支援者は障がい学生と共に大学生活を送ることでダイバーシティについて学んだりすることで、教育的な効果も期待できるという。

 筑波大の障がい学生は、企業のインターンシップにも積極的に参加している。23年度からは障がい者の法定雇用率も上がる。就職に関して追い風が吹いている状況だが、23年1月に企業から大学教員に転じた梅田惠教授・ヒューマンエンパワーメント推進局業務推進マネージャーは「障がい者だから雇われるのではなく、障がいの有無に関係なく各個人が能力を発揮できる職場環境であってほしいです。筑波大の障がい学生は自立している人が多いですし、ピア・チューターとの関係も支援する側とされる側の垣根を越えて、互いの多様性の理解につながっています。社会に出る前に人との接点をより多く持ち、D&Iの素養を身につけてもらえれば」と思いを述べる。

障がい学生に対してノートテイクの支援をするピア・チューター(筑波大提供)
障がい学生に対してノートテイクの支援をするピア・チューター(筑波大提供)

女性研究者支援からダイバーシティ推進へ

 筑波大のダイバーシティ推進は、09年度に「持続可能な女性研究者支援、筑波大スタイル」が科学技術振興調整費(女性研究者支援モデル育成事業)として採択されて以来、取り組みが加速した。翌年には、現在のBHE(ヒューマンエンパワーメント推進局)の前身となるDACセンター(ダイバーシティ・アクセシビリティ・キャリアセンター)も設けた。

 女性に対する支援は、14年に近隣の研究機関や企業とともに「つくば女性研究者支援協議会」が発足し、16年にはJST「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ(牽引型)」の上位層育成プログラムの採択をきっかけに、学内の女性研究者ネットワーク「Sirius(シリウス)」が誕生した。約120人の登録者がフラットに本音を言い合える場は、大学の子育て支援などに対する数々の提言も生んだ。シリウスは、メンバー同士の共同研究に発展したり、筑波大が行っている女子中高生の理系進路選択を支援する「リケジョサイエンス合宿」やコロナ禍でオンライン開催された「リケジョサイエンスフォーラム」の中心的な役割を担ったりもしている。

 BHEディレクターの樋熊亜衣氏によると、合宿やフォーラムには保護者も参加できるという「ひと工夫」があるという。樋熊氏は「今でも女子が理系に進むことに不安を感じる親御さんはいます。リケジョサイエンス合宿は、保護者のアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)と取り除く役割も果たしています」と語る。

2022年の「リケジョサイエンスフォーラム」の参加者たち。女子中高生とその保護者の計246名が参加した(筑波大提供)
2022年の「リケジョサイエンスフォーラム」の参加者たち。女子中高生とその保護者の計246名が参加した(筑波大提供)

男や女ではなく「人」と大きく捉える

 もっとも、学内には女性だけを対象にした制度はほとんどない。たとえば、16年度から実施している「育児・介護などのライフイベントとの両立のための研究継続・復帰支援事業」の対象は性別不問だ。執行部は、女性だけに向けての支援ではなく、マジョリティの男性を含めて一人一人が活躍する制度にすることで、反発もなくなると考えているという。

 学生担当副学長兼BHE長で日本画家の太田圭氏は、「美術の世界では、男や女ではなく『絵を描いている人』と認識します。あくまで『人』と大きく捉えます。よい作品に、作った人の性は関係ありません。学内でも、評価の基準は個人です。たとえば役職では女性も平等に選ばれますが、優先はされません」と説明する。

 D&Iにいち早く取り組んで成果を上げている筑波大から、他のアカデミアや組織にアドバイスはあるだろうか。

 太田氏は「D&Iの理解には時間がかかります。慌てず焦らず諦めずの精神で、個人が基準であること、リスペクトし合うことの基本に立ち返ってください。我々も、D&Iを考えられる人材を、個人という点から周囲という面へ、他大や地域へ、世界へと広げていきます」と力を込めた。

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