レポート

【SDGsを機に飛躍するアカデミア】 第2回人材育成 国際的に注目される地方大学の試み

2023.02.27

茜灯里 / 作家・科学ジャーナリスト

 アカデミア(大学や研究機関)でSDGsを推進する場合は、環境配慮活動とともに、次世代にあたる学生、若手研究者、および連携する地域や企業の人材を育成し、いかに理念を継承し、持続的に取り組んでもらうかが重要になる。

 現在は、全国の大学で、学生がSDGs関連の講義を受けた後に実践できる場を設けたり、一般にも門戸を開いたSDGsに貢献する人材育成プログラムを開講したりしている。「SDGsに貢献する大学」を名乗ってブランディングするためには、独創的かつ実践的な人材育成が不可欠だ。そこでは地方大学の試みも国際的に注目されている。

 今回は、国際協力機構(JICA)が途上国への貢献を評価して国立大学として初めて「JICA-SDGsパートナー」に認定した島根大学と、SDGs教育のために学生が開発したゲームを日本のSDGs推進の代表例として国連が報告した金沢工業大学を紹介する。

金沢工大が開発したSDGsを学べるゲームの数々(金沢工大SDGs推進センター提供)
金沢工大が開発したSDGsを学べるゲームの数々(金沢工大SDGs推進センター提供)

留学生たちが農業などの研究に取り組んだ島根大

 SDGsに貢献する人材育成には、①サステイナビリティ(持続可能な社会)に携わるもの、②D&I(人の多様性を受け入れ、尊重すること)に関するもの、③次世代にあたる若手や学生に対するもの――などがある。いずれも、対象はほとんどが日本人だ。

 島根大は以前から、内戦が続くアフガニスタンや貧困からの脱出に取り組むアフリカ諸国からJICA研修生を受け入れてきた。留学生たちは、大学で主に農業などに関する研究に取り組み、研修終了後は母国の官僚として国づくりに貢献している。

 2020年9月には、開発途上国への人材育成に貢献したことから、国立大学初めてJICA-SDGsパートナー制度(19年7月設置)の認定を受けた。SDGs分野でJICAとパートナーシップを結ぶ大学は、23年1月現在も、島根大、愛媛大、山形大と、私学の佐久大しかない。

 島根大は、途上国出身の留学生に対して、卒業後も援助の手を差し伸べている。まさにSDGs10番「人や国の不平等をなくそう」や、16番「平和と公正をすべての人に」、17番「パートナーシップで目標を達成しよう」を実践している格好だ。

 たとえば、アフガニスタンから来て同大で修学し帰国した者は12年以降、16人いる。しかし、21年8月にタリバンがアフガニスタン政権を再び掌握すると、日本に留学経験がある者は職を失ったり、迫害や逮捕の危険が迫ったりしたという。生物資源科学部の増永二之教授らは、元留学生たちにメールで日本への退避を呼びかけた。大統領府と政府統計局で働いていた30代の男性2人が手を挙げると、増永氏らは大学と交渉し、彼らを研究員として一時的に雇用して在留資格を用意した。現在、元留学生の2人は、家族とともに松江市で暮らしているそうだ。

「JICA-SDGs パートナー」の認定書。島根大は国立大学で初めて認定を受けた(島根大提供)
「JICA-SDGs パートナー」の認定書。島根大は国立大学で初めて認定を受けた(島根大提供)

学生主体のプロジェクトが盛んな金沢工大

 一方、金沢工大は北陸電波学校を前身とする私立大学だ。現在は、情報フロンティア、化学・バイオ、建築を含む4学部12学科と大学院を持つ理系総合大学で、レポートや課題が多いことでも知られている。

 教育では、全学生が1年から4 年次まで必修科目として履修する「プロジェクトデザイン」が特徴的だ。チームで課題に取り組み、リアルに社会と関わりながら、問題解決、結果検証まで行う授業で、課題には金沢市やキャンパスのある野々市市が提供するものもある。

 大学パンフレットにもあるキャッチフレーズは、「なにしろ、プロジェクト好きなもので。」。授業だけでなく、自由研究にあたる学生主体のプロジェクトも盛んだ。大学の専用工具を自由に使ってものづくりができる「夢工房」も設置し、生活支援ロボットや義手、人工衛星などを開発している。「自ら考え行動できる技術者の養成」を標榜し、「本当に就職に強い大学ランキング(東洋経済)」では2017年から6年連続で全国1位となっている。

教材ゲーム開発のベンチャーを立ち上げる

 SDGsにも早くから取り組み、2017年にはSDGsに特化した通年カリキュラムや次世代リーダーの育成などが評価されて「第1回ジャパンSDGsアワード内閣官房長官賞」を受賞した。キーパーソンは、2016年に野村総合研究所から金沢工大教員に転身し、現在はSDGs推進センター長となっている平本督太郎准教授だ。

平本督太郎准教授(金沢工業大提供)
平本督太郎准教授(金沢工業大提供)

 「もともと、シンクタンクでBoPビジネス(途上国の低所得層を対象としたビジネス)を行っていました。課題解決型のビジネスに長年かかわり、SDGsも地球規模の課題を解決するビジネスと捉えています。ボランティアや善意だけでは続きません」

 こう語る平本氏は大学時代に建築家の坂茂氏に師事し、学生のうちから実社会の建築や都市計画に関わった経験から、教育と実践の融合にこだわっている。若者をサポートして能力を引き伸ばして達成を共有すれば、自分自身にも有意義で日本の発展にもつながるという信念を持つ。

 「2016年に入学し平本ゼミに入った男子学生5人が修士修了後、SDGs教材ゲームを開発するベンチャー企業『LODU』(ロデュ)を立ち上げました。最初は何をやりたいのかピンと来ていなかった学生が、『ゲームを作ってみたら』と提案したら途端に目を輝かせたのです。大人の世界のものを勧めても、やらされている感があります。若者のツールで活動しないといけないと思いました」

起業がきっかけ、限界集落に社員全員が移住

 ゲーム以外の分野にゲーム的な要素や考え方を取り入れることは「ゲーミフィケーション」と呼ばれ、生徒の学習意欲や企業の生産性を向上などが期待される。これまでに、クラウドファンディングや文部科学省「SDGs達成の担い手育成(ESD)推進事業」への助成事業の採択などで十数種類のSDGsゲームを開発してきたLODUのメンバーは、2022年、タカラトミーと協働して「Beyond SDGs人生ゲーム」を作成した。プレーヤー同士が協力してSDGsの達成を目指し、理想の未来を実現するゲームだ。希望する全国の小中高校など教育機関に無償配布している。同年12月には、国連開発計画(UNDP)ニューヨーク本部で「日本におけるSDGs推進の代表例」として披露された。

「Beyond SDGs人生ゲーム」でゲームによるSDGs教育を体験する生徒たち(金沢工大提供)
「Beyond SDGs人生ゲーム」でゲームによるSDGs教育を体験する生徒たち(金沢工大提供)

 「学生時代にSDGsゲームを開発して社会に評価された経験から、これで起業したいと思いました。小学校のワークショップで『普段はおとなしい生徒が、ゲームのときは積極的に参加した』などと喜んでもらえたのがやりがいにつながりました。今は、ゲーム配布先の教育機関、約250校が参加する先生がゲームの使用感を共有するコミュニティも運営しています」と、LODUの取締役CFOである青木啓人氏は説明する。

 金沢工大はSDGsの取り組みについて、ビジネス、地域デザイン、教育の3つを重点領域としている。有志学生は石川県白山市の地域創生プロジェクトを行っており、LODUのメンバーも参加していた。しかも、起業をきっかけに同市の限界集落にある1軒の古民家を借りて、社員全員が移住して生活しているという。

かつて北陸鉄道金名線の終着駅だった白山下(石川県白山市)。1987年に廃線となり、現在は旧駅舎を再現した「サイクルステーション白山下」が町おこしイベントなどに活用されている。金沢工大による地域創生プロジェクトもこの地で行っている。
かつて北陸鉄道金名線の終着駅だった白山下(石川県白山市)。1987年に廃線となり、現在は旧駅舎を再現した「サイクルステーション白山下」が町おこしイベントなどに活用されている。金沢工大による地域創生プロジェクトもこの地で行っている。

「学歴はどうでもいい。何をしたかで評価される」

 「SDGsでビジネスをする時は、口だけではないところを見せたいです。白山市では、住民と町おこしイベントをしたり、大学の地域創生プロジェクトを僕らが現地でサポートをしたりしています」と話す代表取締役CEOの島田高行氏は、自分は受験に失敗して金沢工大に来たのだと率直に語る。

 「平本先生に『海外なら学歴はどうでもいい。何をしたかで評価される』と言われて、学生時代はがむしゃらにSDGsゲームの開発や普及に取り組みました。SDGsの概念を学びながら、仲間と協力したり自分で考えて行動したりするので、教育効果が高いです。今は国内だけの活動ですが、いずれはゲーミフィケーションを通じて、アジアで社会に行動を起こせる子供を増やしたり、子供と接する先生の応援をしたりしたいです」

LODUの島田高行代表取締役CEO(左)と青木啓人取締役CFO(右)。(白山市河原山集会所で)
LODUの島田高行代表取締役CEO(左)と青木啓人取締役CFO(右)。(白山市河原山集会所で)

「次世代は、より活発な人物であってほしい」

 卒業後もSDGsビジネスや地域への貢献で活躍する人材を育てた金沢工大から、他の教育機関や若者にアドバイスはあるだろうか。

 「学生がSDGsをどれだけやってくれるかは、本人のやりたいことを引き出すことが大切です。学生だけでは大きな物を生み出すのは難しいので、研究者、企業、自治体と何ができるか模索するのが、教員の仕事です。そこで得られたデータは独自研究にもつながるので、大学組織にも貢献します」と語る平本氏。

 さらに「次世代は、自分たちの世代よりも途上国との連携、グローバルな展開で、自分たちの世代よりも活発にできる人物であってほしいです。若い世代が、SDGsが終了する2030年の次のルール作りにかかわることを期待しています」と若者にエールを送った。

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