レポート

【SDGsを機に飛躍するアカデミア】 第1回サステイナブルキャンパス 経費削減と学生の実務教育の一挙両得を狙う

2023.02.13

茜灯里 / 作家・科学ジャーナリスト

 2015年に国連総会で向こう15年の国際開発目標として掲げられたSDGsは、今や大学や研究機関にとっても、意識せずには組織運営や研究活動が成り立たないものとなっている。年限である2030年が近づく中、科学技術振興機構(JST)は、22年に「SDGs/ESGに対応した研究開発現場運営に関する調査」を取りまとめた。

 調査報告の中で、特にSDGs以前から先進的な取り組みを進め、SDGsを機に飛躍している好事例とされたアカデミアを訪ね、キーパーソンに話を聞いた。経営層の姿勢と大学全体への気運の広げ方、地域との連携、学生の巻き込みと人材育成、研究・労働環境の改善などの具体的な事例は、アカデミアに限らず、あらゆる組織の運営にヒントを与えてくれそうだ。

 第1回は「サステイナブル(持続可能な)キャンパス」をテーマに、千葉大学と三重大学の取り組みを中心に紹介する。

三重大学上浜キャンパス(津市)内の風車。三重大は2011年度より、キャンパス内のCO2排出量を減らす「スマートキャンパス実証事業」にも取り組んでいる
三重大学上浜キャンパス(津市)内の風車。三重大は2011年度より、キャンパス内のCO2排出量を減らす「スマートキャンパス実証事業」にも取り組んでいる

 サステイナブルキャンパスとは、大学において持続可能な環境配慮型社会の構築に貢献するキャンパス運営をすることだ。キャンパスで省エネルギー化、二酸化炭素(CO2)削減、食品ロスや廃棄物への対策などのハード面と、環境教育・研究の促進、キャンパス運営手法の開発、地域連携、行政への提言などのソフト面の両輪での活動を追い求める。経費削減に加え、学生の実務教育の一挙両得を狙いとしている。

独創的で全国のロールモデルとなった千葉大方式

 日本におけるサステイナブルキャンパスの気運は、SDGs以前より始まっていた。先駆けとなったのが千葉大学だ。

 04年に国立大学の法人化の話が持ち上がると、千葉大の執行部は「予算の効率化」にEMS(環境マネジメントシステム)を取り入れることにした。その際、環境庁職員から教員になった倉阪秀史助教授(当時)やJACO(日本環境認証機構)から来ていた社会人学生の助言もあり、05年に国際的な環境マネジメントシステム規格であるISO14001を取得した。その後、エネルギーマネジメントシステムの国際規格であるISO50001も取得した。

 千葉大のユニークな部分は、EMSの運用は外部に任せると資金が必要なため、『環境ISO学生委員会』が主体となって行う手法を取り入れたことだ。学生にとっても利益があり、EMSの基礎を学びながら環境ISO学生委員会の活動に参加する「環境マネジメントシステム実習」は、1、2年次の授業単位となっている。3 年次も大学のEMSに貢献すると、「千葉大学環境エネルギーマネジメント実務士」の資格が取得でき、就職活動時のアピール材料にもなる。教育と融合した独創的なEMSは「千葉大方式」と呼ばれ、全国のサステイナブルキャンパス運営のロールモデルになった。

千葉大は、04年度に環境マネジメントシステムの運用をはじめ、05年1月に環境マネジメントシステムの国際規格であるISO14001の認証を取得した(千葉大学提供)
千葉大は、04年度に環境マネジメントシステムの運用をはじめ、05年1月に環境マネジメントシステムの国際規格であるISO14001の認証を取得した(千葉大学提供)

地域を巻き込み、「見える化」に主眼を置いた三重大方式

 一方、地域を巻き込む環境配慮活動や「見える化」に主眼を置いてサステイナブルキャンパスを醸成させてきたのが、三重大学だ。中心的な役割を果たしてきた人物が、日本の国立大学初の外国人副学長となった環境地理学者の朴恵淑特命副学長(環境・SDGs担当)だ。朴氏は現在、14年に発足した「全国サステイナブルキャンパス推進協議会(CAS-NET Japan)」の代表理事も務めている。

2022年12月に三重大で行われた「第10回 サステイナブルキャンパス推進協議会(CAS-Net JAPAN)2022年次大会」の参加者たち
2022年12月に三重大で行われた「第10回 サステイナブルキャンパス推進協議会(CAS-Net JAPAN)2022年次大会」の参加者たち

 四日市公害の研究で知られる朴氏は、1995年に助教授として三重大に着任した。同年4月には環境先進県を目指す北川正恭氏が三重県知事となり、「環境行政を手伝ってほしい」と声がかかった。以来、三重大から県内の自治体に数々の環境活動を提言し、実現させている。

 SDGs以前の活動として著名なのが「レジ袋ゼロプロジェクト」だ。日本全国でプラスチックのレジ袋が有料になったのは20年7月だが、三重県では07年9月に伊勢市でレジ袋の無料配布停止・有料化協定が結ばれると、12年4月に県内29市町の全域でレジ袋有料化に成功した。06年6月に約1500人の教職員、学生に対してレジ袋削減のアンケート調査を行って意見を聞き、学内の生協やコンビニでレジ袋有料化を慎重に進めてきたノウハウを、県内自治体に広げた形だ。知事の一声で県内全域に従わせるのではなく、市町村ごとに自治体、市民団体、事業者が集って話し合い、紳士協定を結ぶ方法は「三重モデル」と呼ばれるようになった。朴氏は「三重県では08年からSDGsを行っていた」と胸を張る。

「三重モデル」による全国初の「県内全域のレジ袋有料化」成功の歩み(朴氏提供)
「三重モデル」による全国初の「県内全域のレジ袋有料化」成功の歩み(朴氏提供)

 現在、キャンパスでは、千葉大方式をベースに、独自性も打ち出した「三重大方式」のEMS運用を行っている。

 例えば、三重大は07 年11 月にISO14001を全ての学部・研究科が取得しているが、環境 ISO 学生委員会を大学組織に組み込み、多くの学生が大学のEMSの運営に直接関われるようにした。さらに、大学の教養科目にはISO14001の運用研修があり、修了した学生は教員とともにISO14001の内部監査員の役割を果たしている。学生が研究室を監査することで、教員側も環境を意識した研究テーマを選出したり、研究開発の環境や省エネに対する関心が高まったりするという効果も見られるという。

学生や教職員にインセンティブを付与

 さらに、三重大方式を特徴づけるのが、SDGs活動の「見える化」だ。

 12年から実施されている「MIEUポイントシステム」は、講義室や研究室の消灯、エアコンの適正運用、海岸清掃活動への参加などを自己申告すると、ポイントが付与され、貯めたポイントに応じて生協などで希望する物品と交換できる仕組みになっている。学生や教職員がキャンパス内で実施した環境配慮行動にインセンティブを与えるものだ。後に、亀山市(三重県)でも「環境活動ポイント制度(AKP:オール亀山ポイント)」として応用された。

 ハード面では、京都大学の環境賦課金制度を参考にした「省エネ積立金制度」が、17 年度から導入された。これは、エネルギー使用量の5%の出資を使用者に課すことで、省エネの動機づけにする仕組みだ。

 MIEUポイントも省エネ積立金制度も、工夫をこらした報酬制度が大学の構成員に実効的で持続可能な効果を生んでいる好事例として、高く評価されている。

朴恵淑・三重大特命副学長(環境・SDGs担当)
朴恵淑・三重大特命副学長(環境・SDGs担当)

「新しいことを実現したい時は、組織に対して声を上げよう」

 「インセンティブを用いた環境配慮活動の促進は、『学生は卒業してご褒美がなくなれば、やらなくなる』という批判もあります。けれど、環境配慮活動は、癖になることが大事。きっかけは『頑張ったら報われる』という体験でも、途中で活動そのものの大切さに気づく人がいるはずです。SDGsが自分の中に根を下ろして、インセンティブなしでも行動できるようになれば、その人は成熟社会の一員なったということなのです」と、朴氏は説明する。

 地域との共創や、構成員が進んで環境配慮活動を行うシステムづくりで先駆的な成果をあげる三重大学から、SDGsに貢献する組織づくりのアドバイスはあるだろうか。

 「新しいことを実現したい時は、誰かが組織に対して声を上げなければなりません。『見える化』の時のように、最初は顰蹙(ひんしゅく)も買うこともあります。それでもめげずに、常に発信して仲間を増やし、まだ機が熟していないと思えばタイミングを待つ冷静さも必要です。『やっているよ』と言い続けていれば、誰かが気づいて爆発する時が来ます。学生も『この先生は本気のようだから、自分も加わってみよう』と集います」と語る朴氏は、「結局は、『ここでこの問題をやらなければ、私らしくない』という信念を持つことですよ」と力を込めた。

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