レポート

世界防災フォーラム【後編】「アゴラin仙台」、「防災と女性」を生活視点から深く議論

2023.03.22

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト

 「第3回世界防災フォーラム」最終日の12日午後には科学技術振興機構(JST)と東北大学災害科学国際研究所が共催するセッション「サイエンスアゴラin仙台~生活視点の防災と女性」が行われた。女性の防災分野への参画とジェンダーに関する課題を考えるのが狙いだ。日本や世界各国で自然災害の研究や地域防災に関わってきた5人のパネリストがそれぞれに生活視点で続けてきた活動内容などを報告。同研究所特任准教授の中鉢奈津子さんが進行役を務めた。

「危機が発生すると弱い立場の人のリスクが高まる」

 冒頭、企画担当者を代表してJST「科学と社会」推進部部長の荒川敦史さんが挨拶した。荒川さんは「災害は突然起きるリスクで、平時から備えておかなければいけない最優先の社会課題の一つだ。科学技術は災害への耐性を高めるために不可欠だが、科学技術を活用した課題解決には社会の実情に沿った多様な視点が大切だ」と指摘した。

 そして「忘れてはならないのは災害の危機が発生した時は弱い立場の人が被害を受けるリスクが高まること。このことがこのセッションを開催した動機だ。(災害弱者を含む)多様な人たちとの対話と協働をするためにはインクルーシブを考慮し、多様な視点を取り入れる必要がある。日本のほか各国から集まった皆さんが日常の生活視点をベースにした議論をするこのセッションでどのような知見や共同作業が生まれるか楽しみだ」と述べた。

 続いて5人がそれぞれ自己紹介を兼ねて活動内容やセッションのテーマに関連してコメントした。5人は仙台市で科学イベント「サイエンスデイ」などを企画運営しているNPO法人「natural science」理事の大草芳江さん、仙台市職員で「片平地区まちづくり会」の柳谷理紗さん、そして韓国で国際開発コンサル「JHSUSTAIN」創業者兼CEOをしている朴志玹さん、国際NGOバングラデシュ災害対策センター・マネジャーのカビル・ライラさん、ジンバブエ出身で現在京都大学防災研究所博士課程のヌクルベ・ノンブレロ・キセピレさんだ。

進行役の中鉢奈津子さん(右端)を含めた6人によるディスカッションの様子
進行役の中鉢奈津子さん(右端)を含めた6人によるディスカッションの様子
中鉢奈津子さん(左)(東北大学提供)、荒川敦史さん(右)

仙台で科学教育や町づくりの防災活動

 大草さんはまず、東北大学大学院在籍中に共同創設し、現在も所属する「natural science」と「サイエンスデイ」の活動を紹介した。大草さんによると、「natural science」は「科学技術の地産地消」をスローガンに仙台市を中心にサイエンスコミュニティを組織。300以上の機関の2万5000人以上のメンバーで構成し、地域のネットワークを利用して、サイエンスデイを2007年から継続して実施してきた。しっかりした科学教育と日々の科学的活動によって創造的な科学的能力を持った子どもを増やすことを狙っているという。大草さんは「震災時には命に関わる問題として自ら判断する力が重要で、その力は主体性と知的好奇心がなくては育まれない」と指摘している。

 続いて柳谷さんが仙台市内片平地区の防災町づくりの活動を説明した。柳谷さんは仙台市職員として大震災の経験と教訓を残す震災メモリアル事業に携わりながら、学生時代に出会った片平地区の住民として町づくりに携わっている。壇上で大震災当時の地区の様子を見せながら「震災当時の反省を踏まえながら防災の取り組みをしている」と紹介した。

 防災の取り組みとしては女性、障害者、高齢者といった「災害弱者」を取り残さない仕組みづくりを続けている。その経験から「住民自身が地域のリスクを知ること、いざという時に助け合う関係性をつくること。そして適切な情報伝達の三つが大切」と強調している。

左から柳谷理紗さん、大草芳江さん、中鉢奈津子さん(東北大学提供)

途上国女性の劣悪な実態が明確に

 韓国の朴さんは、気候変動により猛暑が増えていることに言及。2018年に4万4000人以上が熱波の被害を受け、145人が死亡したり、深刻な状態になったりしたケースを紹介した。「特に女性労働者が過酷な労働条件の下で自然災害の影響を受けるリスクが高い。女性、ジェンダーの課題に対する配慮や災害対策が緊急的に必要だ」と述べた。そして「女性のための災害の対応教育は社会の安全と災害対策能力を向上させるために考慮されるべきだ」と強調している。朴さんは政府にジェンダーを重視した(災害対策を含む)政策立案を働きかけているという。

 次にコメントしたのはバングラデシュのカビル・ライラさんだ。バングラデシュは地理的、地形的要因から毎年のように洪水や熱帯性低気圧、高潮、塩害、竜巻といったさまざまな自然災害の被害を受けている。1970年にサイクロンが襲った時は早期警報システムが不十分で100万人以上が死亡し、死亡者の男女の比率は1対14だった。2007年の同じような災害でも3400人以上が犠牲になり、男女比は5対1まで下がったが、それでも女性の犠牲者が際立って多いという。

 このためライラさんが所属する組織は災害の影響を受けやすい女性に特化した活動を続けている。「バングラデシュは家父長制の国で、女性の災害を取り巻く状況は他の国より劣悪だ。災害の再建と復興の鍵を握るのは女性だ」と指摘している。

 最後にジンバブエのヌクルベ・ノンブレロ・キセピレさんがコメントした。ノンブレロさんによると、同国でも自然災害が増えて災害リスク軽減が重要課題になっているが、女性や子どもが犠牲になる割合は(成人)男性をより14倍も多い。災害時対応に女性の多くは意思決定プロセスに参加できず、避難所はジェンダーに配慮されておらず、性的暴力を受けるケースもあるという。そして男性優位社会が女性の声を聞き入れない実態があり、文化、伝統、ジェンダー的不平等が災害リスク軽減への阻害になっている、と強調している。

 バングラデシュとジンバブエの報告で、女性が「災害弱者」になっている実態が具体的なデータによって明らかになった。日本ではまだ多くの人が知らない災害における女性差別の実態だ。

左からヌクルベ・ノンブレロ・キセピレさん、カビル・ライラさん、朴志玹さん
左からヌクルベ・ノンブレロ・キセピレさん、カビル・ライラさん、朴志玹さん

「ジェンダー問題には社会の介入が何より必要」

 続くパネルディスカッションでは「活動を通じて感じたジェンダーに関わる防災社会上の課題」と「女性として防災への取り組みを今後どう変えていけるか」の2点について意見交換が続いた。

 これまでの活動を通じて感じたことについて大草さんは「私たちの活動は女性に限っていないが、防災については平時からリスクを想定していることが必要だ。災害時には想定外のことが起きるのでジェンダー、年齢に限らず自分の頭で考え科学的に判断する力を養うことが大事だ」と発言。

 柳谷さんは「避難所運営に関わってきたが、数年前に初めて避難所の床で寝た。暗闇の不特定多数人がいる中で寝ることの不安を実感した。被災地で性被害が発生しているとの調査がある。避難所内の配置やトイレの配置を事前に避難計画で配慮することが必要だ」と語っている。

 朴さんは「ジェンダー問題には社会の介入が何より必要だ」と強調。バングラデシュのライラさんは「13年防災に取り組んできたが、災害の警報を受けても家父長の男性の許可がなければ避難所に行くこともできない。緊急時は多くの女性は子どもの世話をしなければならない。女性には声が、力がないことが最も重要な問題だ」。この発言は衝撃的だった。

 ノンブレロさんも「私の調査で明らかになっているが災害時には女性は脇に置かれてしまう。発展途上国では女性の参画が妨げられる。男性の許可がなければ避難所にも行けないという実態は防災の観点から問題だ」と指摘し、「もっと多くの女性が防災の分野に入ってイニシアティブをとる必要がある」と力を込めて話している。

 女性として活動していることについて、柳谷さんは「自分が女性であるために高齢者やお子さんが不安感を抱かず安心して接してくれ、本音を聞けると感じたことはある。震災の経験を将来につなげるために声高にものを言えない女性や立場の弱い人たちの声を拾っていきたい」と述べた。

 こうしたパネリストのやり取りを通じ、災害が起きると女性の脆弱性が高まることから避難所を計画する際は女性の声を取り入れることが重要、との意見で一致していた。会場からは「(災害時における)ジェンダーの問題を扱う時は第三の性、LGBTの視点も考える必要がある」との指摘があった。登壇者の間でも共有された重要な問題だ。

 進行役を務めた中鉢さんは「災害の問題を考える際は女性をもっと『可視化』していくことが重要だが、ジェンダーの問題は女性だけの問題ではなく多くの他の問題が絡んでいる。関連する問題も含めてより考えを深めていく、そして(関連する問題を)結びつけ、境界を越えてつながっていくことが重要であることがこのセッションではっきりした」などと述べてセッションを終えた。

国連への提言をまとめ、May J.も歌って賑やかに閉幕

 「アゴラin仙台」に続いて大ホールで閉会式が行われた。閉会式には国連事務総長特別代表(防災担当)兼国連防災機関長の水鳥真美さん、東北大学災害国際研究所所長で世界防災フォーラム国内実行委員長の今村文彦さん、世界防災フォーラム代表理事の小野裕一(同研究所教授)さんらが参加した。

 3日間にわたるセッションでの議論は世界に発信する提言の形で集約された。提言は災害リスク軽減を目的とした「国や地域で実施できるメカニズムの強化」「理解しやすい指標づくり」「投資に向けた民間の関与」「都市、農村、土地利用の各計画の連携」「災害リスク軽減を定期的に議論する政府間会合の設置」など20項目に及ぶ。小野さんが全項目を読み上げ、国連を代表する水鳥さんに提言文書を手渡した。

提言を読み上げる小野裕一さん(左)、閉会の挨拶をする今村文彦さん(右)

 国連を代表して水鳥さんは挨拶の中で「一つの災害も無駄にしてはいけない。そこから学んだ教訓を常に次の世代に伝え、そこでまた新たな学びを得ていくことが世界のどこでもあたり前になっていることが重要だ」と述べた。

 そして「気候変動の影響もあって今や世界中が災害に見舞われている。災害によって全ての国の全ての人がリスクにさらされているが、災害弱者と言われる女性、子どもや障害を持っている人、お年寄りはより被害を受けやすい。防災先進国の日本は発展途上国の災害弱者を念頭に全ての国が災害リスクから守られる社会をつくるための国際協力を進めてほしい」と訴えている。

 最後に世界防災フォーラム主催者を代表して今村さんは「12年前の大震災で多くの尊い命、つながり、歴史文化の一部も失ってそれらがいかに大切かを改めて知った。その一方で復興、復旧の中で生まれた新たな絆や世界の人々と教訓を語り継ぐ場も生まれた」「災害は突然姿を変えてやってくる。大切な命や地域を守っていくことを目指していきたい」と述べた。

 閉会式に盛り込まれた音楽イベントには東北大学交響楽団や仙台市立第一中学校合唱団の演奏やコーラスのほか、フリースタイルバスケットボールのパフォーマンスが会場を盛り上げた。さらに歌手のMay J.さんが東日本大震災の後全国で歌われた「花は咲く」など3曲を熱唱し、賑やかに閉幕した。

閉会式音楽イベントで歌う仙台第一中学校合唱団
閉会式音楽イベントで歌う仙台第一中学校合唱団
閉会式後のフォトセッションでの閉会式典参加者。右から4番目が水鳥真美さん
閉会式後のフォトセッションでの閉会式典参加者。右から4番目が水鳥真美さん

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